第50話 終幕、しかし
「……これは」
俺は顔を顰める。なるほど、堕天のデメリットってこういうものかと。
──==──=───=──=──
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ウィンドウが文字化けしてるじゃねーか!?枠も何だかブレブレで明滅してるし!?
えー、堕天するとウィンドウ使えないの?いやいや、その辺りの検証は後回しだ、まずは魔王を討つ。
いつの間にか背中には真っ黒な翼が生えていて、邪魔では?と思うと、予想に反してこの翼は高性能で、飛べはしないが滑空ならできる。しかも人体に元はない器官のはずなのに動かし方がスムーズ。見直したよ……いや、ここは四天王キモいと言うべきか?
変化はもう1つ。何だか体中が燃えるように暑くて、というか手先足先は実際に燃えてるのだが、これは獲得した技能の影響だろう。
「試しに、一発!」
魔王の馬の脳天に拳を叩き込むと、予想以上の火力が出た。まさか魔王の体が沈むとは。
「これは、いける!」
このままマウントポジションで殴り続ければと考えるが、そこまでは甘くなかった。狼が弾幕をバラ撒きながら噛み付いてきたので、氷の塊に降り立つ。
瞬間、翼から何かが射出された。白い羽だ。それは何かを探すようにぐるりと1回転すると、魔王へと直撃する。
『■!』
ダメージはなさそうだがこれは……命中した部分が凍り付いていた。
これがもう1つの技能か?そんなことを考えて一瞬足を止めていると、水面が突然盛り上がり始める。魔王が前脚を持ち上げ、そのまま踏み潰しにきた。
ヤバい、突然の水面の上昇に持って行かれて空中は逃げ道がない──いや、翼で滑空して──
『コケエエェェエエェエェェェエ!』
鳥の鳴き声がしたかと思えば、魔王の蹄はもう目前に迫っていた。
死ぬ!?そう思った瞬間、蹄に炎の球が直撃し、爆発。爆風に煽られた俺はコースから少しズレ、翼を掠めるだけで済んだ。
代わりに、魔王が水面を踏み潰して発生した大波に岸まで流されてしまうが。
「ぺっ、ぺっ……ん?」
そこでふと、BGMが変わったのに気付く。これは、マルクトの大河か?でも何だか、ラスボス風にアレンジされている。体には光のオーラが上っているから、これは『
「いいね、気分上がってきた」
やっぱり最後はド派手に、命削るような火力重視で攻め潰すのが王道だよなぁ!
何かを感じたのか、それとも単にHPトリガーか、魔王の行動も少し変化する。馬の口に紫色の光が灯る。しかし発射されたレーザーの軌道は魔王の足下で──はあ!?
馬が頭を持ち上げることでレーザーも持ち上がる。それは避けたが狙いではなかっただろう。結果、魔王は川を割った。できあがった陸の道を、魔王は俺めがけて直進する。
『『『■■! ■■! ■■■■■!』』』
「ラブコールはせめて人の言葉で頼むよ!」
地響きと地鳴りを引き連れて魔王が俺の横を疾走する。
陸はダメだ、高低差や速度差があってダメージを与えにくい。俺はなるべく川辺へと立ち回って、時には潜って魔王を川の中へと誘導する。
待て、演奏は何サイクル終わった?マズいマズい、時間がない──
「ああああああッ!」
仕方ない、こうなったら足を砕く!水中に踏み込まれた前脚を、少し攻めて3連打。魔王の股下を走り抜けて別の脚にも攻撃していく。合間に挟まれるブレスは隙間を強引に狙って飛び込む。
唯一俺ではどうしようもない鳥の鳴き声は、ブライエンとカッツェがカバーしてくれている。ただブライエンの攻撃で辺りが燎原と化していて、川辺だからかダメージはなくとも【熱傷】のカウントが増えていそうだ。文字化けしてわからないが。
「らああああッ、っし!」
『『『■■■■■■■■■■■■■■!?』』』
砕ける手応え。皮膚が割れている部分を狙ってみればこの通り、俺でも砕くことができた。魔王が跪く。
翻弄しているように見えるって?これでも綱渡りの連続だ。一秒一秒で決断を迫られている。俺のHPは掠り傷でも死にそうなレッドゾーンなのは変わらない。
『■■■■■■■■!? ■■■■!?』
『■■■■!? ■■!? ■■■■■■!?』
『■■■■■!? ■■■!?』
『『『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!』』』
3つの口に再び、紫色の光が灯る。しかしその溜めがいつもよりも長い。こういうのは大技と決まっているから──
「ブライエン!ルシア!カッツェ!妨害いけるか!?全力で!」
「承知した、後は任せたぞ!『
「リアのお陰でもう1度!『
「カッツェの全魔力にゃにょにゃああああああ!」
水の触手が狼の口を縛った。鳥の嘴を巨大な氷塊が塞いだ。馬の口の中へ火種が1つ飛び込んだ。
直後、魔王の体が泡立つように蠢き、一斉に皮膚が破裂する。絶叫する魔王は声を失い、藻掻き苦しんでいた。
そうして開いた魔王の体内に、キラリと光るものが見えた。
「あれか!」
見た目はゾンビの持っていた黒曜石のようなあれだ。しかし大きさは比べものにならない。間違いなくあれが中心で心臓で急所だ、核とでも呼ぼうか、あれを砕けば──
「ぐっ!?」
突然、背中から強い追い風が吹く。それは支援かと思ったが違う。
魔王の口に吸い込まれている。それは俺たちだけではなく、大地を割り、川を持ち上げ、森を砕いて無差別に呑み込んでいく。少しずつ、少しずつ、魔王の体が修復されていく。核が隠されていく。
ここがラストシーンだ。ここで決めれば勝利、出来なければ敗北の分水嶺。
どうする?妨害で3人は使ったからここは俺しか動けない。でも俺が近づけるか?樹木も岩塊も吸い込むのでは俺も──
「いや、やるんだ!俺は──」
吸い込む風に乗って走る。浮き上がる岩を伝っていく。少しの跳躍なら翼の操作で抵抗できる。だから速く、早く、あの核が塞がれる前に。腕を伸ばして距離を稼いで、それはもう指先に──
「──ぁ」
速度が突然0になった。鳥の最後の抵抗だ。鳴き声こそなく、効果もきっと弱かったのだろうが、それは俺にとって致命的な行動だった。
遠ざかる。指先に触れていた硬さが遠ざかる。これで、終わり?ダメだ、こんな終わりなんて認めない、何がある?まだ使ってない手札は──
そうだ詠唱!MPは半減されたが、それでも1発は使える!でも何に?俺の用意したのは攻撃魔法じゃない、どうすれば──
あるじゃないか、アレが。
「描け風よ、道を示せよ、我は最速に挑む者」
指先に2つの
「願うものは唯一つ、何者にも追いつけぬ風をここに」
指先にまた2つの魔法陣が出現する。そして同様にまた1つが消え、1つは残った。
「全てを置き去りにする風をここに、時も空も、星さえも!」
新たな魔法陣が2つ追加される。1つはまるで前2つと三つ葉のように重なり合い、もう1つはそれらを囲うように描かれて、解き放たれる瞬間を今か今かと待っている。
これが俺の解答だ。詠唱1つに魔法を1つ用意してもよかったが、途中で『魔法詠唱』に設定できる技能は1つではないことに気が付いた。
結果生まれたのが、3枠使ってのちょっとした大魔法である。
仕組みは簡単だ、1度目の『魔法詠唱』で『魔法陣構築』を2つ指定。風の魔法陣と、詠唱を接続させる魔法陣を設定。2度目の『魔法詠唱』も同様にし、3度目の『魔法詠唱』で風の魔法陣を2つ指定する。
接続の魔法陣でMP1消費、風の魔法陣1つでMP2消費で計10MP消費だ。
魔法陣はMPを注ぐまでは発動しないというのもこれを成す上で重要な点だろう。
だがこれは発射台だ。元は俺が一気に距離を縮めるために作った魔法だが、別に俺以外を飛ばせないとは言っていない。
左手で操作していたステータスウィンドウ。予想通りこちらも文字化けしていて酷い有様だったが、アイコンの配置などは変わっていない。
ならばと俺は所持アイテムの欄を急いだ。俺は全てを強制売却するからアイテムはないはず?違う1つだけ、アイテムがある、それは──
「ほら、返すぞイーゼル!」
右手の先に出現した『《遺物》銘潰しのリュート』を指で弾く。瞬間、魔法が発動し、リュートは一直線に核へと直撃した。
そこからの光景は、まるで走馬灯のようにスローモーションだった。
無理な使用に耐久値が足りず、砕けてしまったリュート。しかしその先に、確かに入った核のヒビは、少しずつ広がっていき、やがて砕けた。
直後に、魔王の動きがピタリと止まる。吸い込む力も失われて、俺は多少無様ながらも着地した。
体が傾ぎ、首をワルザー川へと打ち付ける魔王は、それ以降、ピクリとも動かなかった。
────────────────
『魔王 イゼルシュレット・エゼ』を討伐しました。
キャラ経験値を0獲得しました。
ジョブ経験値を76獲得しました。
アーツ経験値を0獲得しました。
職業『音楽家志し』がLv:10になりました。
SPを1獲得しました。
技能『観察』がレベル4になりました。
技能『軽業』がレベル4になりました。
技能『跳躍』がレベル3になりました。
技能『疾走』がレベル2になりました。
技能『呼吸法』がレベル3になりました。
技能『思考加速』がレベル3になりました。
技能『格闘術』を獲得しました。
技能『腕力強化』を獲得しました。
技能『脚力強化』を獲得しました。
技能『火傷耐性』を獲得しました。
技能『直感』を獲得しました。
技能『根性』を獲得しました。
技能『音楽家の心得』を獲得しました。
称号『振り切る者』を獲得しました。
称号『掻い潜る者』を獲得しました。
称号『魔王を知る者』を獲得しました。
称号『魔王を打ち倒す者』を獲得しました。
称号『禁忌兵装を知る者』を獲得しました。
称号『異名多き者』を獲得しました。
LUCが1になりました。
【※注意※】
楽器を使用していないため、アーツ経験値が獲得できません。
楽器を装備していないため、獲得できるジョブ経験値に制限があります。
────────────────
「────~~~~~~~~~ッ、しゃあああああああああああああああああッ!!!」
理解が現実に追いつかなくて、その後理解に体が追いつかなくて、そして俺は空高く拳を掲げた。
「お、終わったにょにゃ?」
「はぁぁぁぁ……」
「まさか、生き延びるとは……」
各々が戦闘態勢を解き、座り込んだり倒れ込む中。
「ってそうだシャル!シャルは──」
「いるわ?討伐ご苦労様ね?」
「うおぉ!?」
気を抜いていたため、突然真後ろから聞こえたシャルの言葉に俺は跳び上がる。
「時間ギリギリね?もう少しで水の泡だったわ?」
「そ、そりゃあよかった……早く頼む」
想像以上にギリギリだったことに改めて安堵していると、俺の構築したものよりも遙かに複雑で巨大な魔法陣をシャルが魔王に向ける。
すると魔王の遺体がどんどん小さくなっていく。そしてそれはやがて、
……あれ?1人?
「ゲルマン!」
「うぅ……」
ブライエンが傷つく体を押して、横たわるゲルマンに歩み寄る。ゲルマンは呻き声を出して、見たところ胸も上下しているから、生きているのだろう。
しかし──
「なあ、シャル、他の動物達はどうした」
「さあ?どうなったかしら?」
「俺はさ、全員の蘇生をお願いして、シャルは約束したよな。おい、騙しても嘘は吐かないんじゃなかったのかよ」
こいつ、ここで嘘を吐いたのか!?期待していた分シャルに怒鳴るが、シャルは涼しい顔だ。
「嘘は吐いてないわ?騙してもないわ?」
「あ?」
「死が確定してから5分以内と言ったわ?言ったわよね?」
「ああそうだ。それは間に合った──」
「お客人、違うにょにゃ」
問いただす俺を、カッツェが止めた。その姿はいつもの黒猫に戻っている。
「イーゼルも、ハンドも、ハンスも、死んだにょはもっとずっと前にゃにょにゃ」
「は?」
「あにょ日、カッツェ達が小屋を見つけて、山賊を追い出して、そにょ夜にょことだったにゃ」
何だ、それは。それはユニーククエストの開始よりも遙かに前の時点じゃないか。
じゃあ俺が出会った動物達は、既に山賊のようにゾンビだったとでも言うつもりか?
「……ふざけんなよ」
「そにょ怒りだけで救われるにょにゃ」
……そうか、カッツェが刺し違えてでもという覚悟を見せていたのは、自分だけ生き残った負い目だったのか。死を弄ばれた怒りだったのか。
何だこの終わりは、後味の悪い──
「まあ見えないだけでそこにいるのだけれど?それよりもいいのかしら?」
「何がだよ」
「こっちも見えていないのかしら?」
シャルが指を差す。そこにいるのは今リアだけだが──
「ッ!?リア!?」
今リアの体が、少しずつ薄くなっていた。
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