第49話 堕天使に捧ぐ調べ
~Side ドットレス~
「……やるしかないか?」
俺に残された選択肢は唯1つ、『堕落の種子』──つまり、堕天だ。
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技能『堕落の種子』(1/1)
【状態異常:堕落】時に、条件を満たした場合に自動発動。
一度発動すると、再発動までにプレイ時間で168時間が必要。
LUCを3減少させて技能を2つ得る。
この時にSPを消費せず、一部の獲得条件を無視する。
それでも、穢れた希望ならば、必ずや──
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ステータスを確認すれば、【■■濃染】のスタックは958と、もうすぐ1000になりそうだ。
使用条件に【堕落】であることがあるから、まずはこのスタック値を上げなければならない。
簡単な話だ、それしか道はないのだから、進めばいいのだ。それなのに──
「……ビビってるのか?」
いざ決断の時が来たというのに、心は足を重くする。
あれだけ堕天に前向きであったのに、いざその時になるとデメリットが目に付く。
態々シャルが尋ねてきたのも引っかかる。
……やっぱり、他の道があるはずだ、それを──
「うるせぇよ黙れや」
弱気な心を言葉で殴る。
他の道を探している間に死人が出ない保証がどこにある?
お前は何のためにこの攻略法を選んだ?
やれ。
「……ルシア」
「っ、な、何?」
何故かルシアが俺から1歩距離を取ったが、それを問い詰める時間はない。
「細くても脆くてもいい。魔王までの道を作れるか?」
「はあ!?」
ルシアだけでなく周りの3人もギョッとした顔をする。
「あんた、何する──」
「やれるか、やれないか、答えろ」
「っ、で、出来るわ。でも、道なんて上等なものは私の残り魔力じゃあ──」
「一瞬でも体が浮くならそれでいい。頼む」
「ああもう!人の話は最後まで聞きなさい!」
文句を言いながらもルシアは聖剣を、遠くの魔王を貫くように中段に構える。
「『
ルシアが唱えながら聖剣を突く。瞬間、可視化できる程の魔素が魔王の下まで届き、水面を凍らせた。
「カッツェ!引き上げよろしく!」
それだけ言い残して走る。弾幕を掻い潜り、早々に割れる道を飛び移り、走る。
足が痛い。当然だ、ただでさえ裸足で森を走る中、今は氷の道を走るのだ、とうに傷だらけだ。
頭が痛い。当然だ、とうにゾーンに入っている上、それでも処理がギリギリなぐらいに弾幕は密になっていく。
それでも、届いた。クールタイムが終わり、目前の馬がレーザーを正面に構える中、俺は構わず前へ走る。
発射のタイミングに集中。最早痛いを通り越して吐き気が催されるが、必死に飲み込んで前へ──ここ!
称号を変更し、レーザーが撃たれる直前に俺は川へと飛び込んだ。
体は沈み、流れに容易に持っていかれ抗えないが、問題ない。
魔王のの4本ある脚の内、唯一砕かれヒビ割れて大きくなった左の前脚。そのヒビに手をかけて、目が見えないまま俺はその断面に齧り付いた。
火力が足りない?問題ない、今の俺は『ミニマリスト』だ。
『『『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!?』』』
傷を抉られた魔王の悲鳴が水中でも聞こえる。
それにしてもマズい。まるでゴム、いやそれ以上の硬さを持つ弾力あるナニカだ。反射的に吐き出しそうなのを抑え込んで無理矢理飲み込んで──
「ごぼぼぼぼぼぼ!?」
ムリムリムリ、胃が拒否して我慢できずにすぐ吐いた。
でもそれで十分だ。
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状態異常【■■濃染】が【堕落】へと変化しました。
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水でぼやける視界の中、明瞭に表示されたウィンドウに嗤う。
さっすが。あの時も食べてた時に一気に上昇したから、もしかしたらと思ったけど、やり損じゃなかった。
そこでぐっと体が引っ張られ、空中へと飛ばされる。襟首には水の触手が。カッツェの魔法だ。
眼下に魔王を見据える。今からお前を倒してやる──音も要らず色も要らない、そんな極限集中の状態の中で、不思議なことに、次に何をすればいいかが自然に分かった。
両手を合わせる。手を開けばそこには黒くて小さな種が。それを己の口の中に放り込み、噛み砕いた。
~Side ラートリア~
その光景はとても神秘的でした。
水上に打ち上げられた天使様が空に両手を掲げると、そこに何か小さな、矛盾した表現ですが黒い光が生まれました。
その光は一瞬消えたかと思うと、天使様を覆い隠すほどに膨張し、そして粒子となって消えていきます。
後に残されたのは、小さな体には不揃いの大きな黒い翼を背負い、そして見慣れた神々しい白い輪ではなく、禍々しい気配を放つ黒い輪を頭上に戴いた天使様でした。
「堕天使、だと……」
ブライエンさんが愕然と呟きました。
堕天使。神話ではそれらは神々の責務を放棄し、人間に堕ちた天使のこと。魔女と同じく、世間では決して好かれる存在ではありませんが、しかし私には、とてもそんな姿には見えませんでした。
天使様──いえ、もう天使ではないのかもしれませんが、このまま──天使様が翼を打って体勢を変えて急降下、魔王の馬の頭を思い切り殴りつけます。
『■■■!?』
目を疑いました。今までよろめくことはあっても地に伏すことはなかった魔王の頭が、水面に叩きつけられていたのです。
……よく見れば、天使様の体が燃え上がっているようにも見えます。あの力が振るえるのは、そう長くはないのかもしれません。
ならば私は、それを支えたい!
弾幕は天使様に集中しているお陰で、完全に傍観者となってしまった私たちですが、やれることはあるのです。
「ブライエンさん、私を絶対に守ってもらえますか?演奏を止める訳にはいきませんから」
「……何をするつもりだ?」
「私の、役目を」
「わかった」
ブライエンさんは深くは聞きませんでした。私はそれに感謝して、両手に意識を集中します。
合間の時間はできる限り短く、手早く移行するのが必要です。慎重に、演奏をフェードアウトして──
「いきます、『
「ッ、お前、それは──」
「構いません!」
あの頃は言えなかった、使えることも教えたくなかったこれを、奏でることに躊躇いはありません。
魔王が発生させた大波に流される天使様を見据えて、奏でます。
さあ、天使様。受け取ってください。
これが私の、最後の『マルクトの大河』です。
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