第48話 絶望の象徴と足手纏いな天使

最初に異変に気が付いたのは魔女だった。


「──不遜ね?気に入らないわ?」


シャルが服から褐色の腕を取り出し投げる。それは瞬時に炭と化し、ボロボロと崩れた。


「ひぅっ、な、なに?」

「気にしなくていいわ?」

「あぅ」


その様子に幼子一瞬怯えるが、魔女は幼子の頭頂を小突いて黙らせる。それでも幼いながらに何かを感じるのか、震える体を魔女の衣服を強く抱きしめることで誤魔化していた。


「ふふ?」


魔女は笑う。約束故に、手元には複雑な魔法陣がいくつも現れては消え、また現れては消えを繰り返すが、魔女としてはこれを使おうが使うまいがどちらでもよかった。


「どうするのかしら?」


ワルザー川を見やる魔女の視線は愉悦に満ちていた。




次に確信はなくとも、違和感に気付いたのは南に避難していた領民たちだった。


「……なあ、何だか寒くないか?」

「あぁ?そりゃあ秋だし外だし、寒いに決まってるだろ」

「そうじゃなくて──」

「きゃああ!」


甲高い女性の悲鳴に、領民たちの緊張が一気に高まる。


「アレン!アレン返事して!アレン!」

「ねぇ、家の子が突然倒れて、目を覚まさないの!」

「家の婆さんもだ!何が起きてる!?」


子どもや老人など、体が弱い者が突然倒れて意識を失っていた。


「落ち着きなさい!倒れた者は集めて、冷えないように毛布を!」


メイド服の夫人が、テキパキと指示を下す。それを受けて領主が資材を集めに動く──逆に見えるが、指摘する者はいない。


「リア……」


夫人の不安げな呟きは、誰にも届かなかった。




森が死んだ。突然森の木々が萎れ始めて、枝が自重に耐えられずに落ちた。

川が死んだ。突然川の魚たちが腹を見せて浮かんできた。腐るにしても速すぎる。

地中や水中に生きる虫や微生物も死滅した。それらの命は、ある一点に集中している。

即ち──




ゾクリとした寒気を背筋に感じて、俺は跳ねるように立ち上がった。

何だ?悪寒は治ることなくむしろ強くなり、否応なく体を震わせる。

攻撃を加え続けていたブライエン達も感じているのか、魔王から距離を取り始めた。


そうだ、魔王だ。いよいよ死に体となっている魔王だが、この期に及んでまだ何かあるのか……?


答えはその直後に分かった。

全員のHPバーの長さが突然半分になる。魔王の体が再び大きくなり始める。3対の瞳に剣呑な光が灯り、少しずつ、少しずつ、俺の方へと体を伸ばし始めた。


「ッ、ルシア、川を凍結させろ!」

「え、ええ!」


ルシアが聖剣を川辺に刺し、一気に広範囲を凍結させる。しかし、


「え、思ったよりも狭い!どうして!?」


ルシアの驚愕に俺は歯噛みする。

何かが起きた、それによって全員がHPだけではなく他のステータスも、恐らく半減している。


吸収されたのか?魔王は凍結した水も構わず動き、表面には大きな亀裂が入っている。


「大きさよりも強度優先!嫌な予感がする、魔王を自由にするな!リアは『悲哀の調エレジー』を!カッツェは些細なものでいいから、長く効く行動阻害の魔法を!」


とにかく嫌な予感を打ち払いたくて、俺はデバフ中心の指示を出す。しかし氷が硬くなろうとも、演奏が始まろうとも、水の紐が巻き付こうとも、氷の亀裂は大きく広がり続ける。


『『『■■■■■■!!!』』』


ついに氷が完全に砕け、水の紐が千切れる。演奏はまだ有効だが、まるで意に返さず魔王は上陸しようと動く。1歩進む度に大波が発生し、遠距離の妨害もままならない。


どうする?何ができる?あの魔王が上陸したら、いよいよ手が付けられなくなる。できるだけ川の中で仕留めたいが──


『『『■■■■■■■■■■!!!』』』


最早何かの言語ではなく、金切りのような複雑怪奇な音となった声と共に3つの口に紫色の光が満ちる。


ブレスか、取り敢えず避けようと考えていると、放たれたのは今までのブレスとはまるで異なるものだった。


馬から放たれる1本の極太のレーザーのようなブレス。狼と鳥から交互に放たれる、異常に数の多い雹のような吹雪のような、弾幕形のブレス。


それらが容赦なく襲いかかる。

レーザーは幸い簡単に連射できるようではないが……いや、そんなもの何の慰めにもならない。


「ブライエン庇え!急げえええぇェッ!」


俺を狙ったレーザーを避けられたのは、正直運が良かったと思う。だが弾幕は俺だけではなくブライエンやルシア、リアにカッツェにも降り注いだ。


「う、オオオオオオォォッッ!」


ブライエンは聖剣と、己の身を盾にして皆を庇う。しかしそれも長くは保たないだろう。1発1発の威力は低くとも夥しい数が命中すれば死ぬ。

ブライエンは復活してもその間は皆の盾がなくなる。そうなれば──


弾幕を回避しながら必死に頭を回す。

何か、何かないか?何でもいい、手は──


「──あ」


気付いてしまった。この場の足手纏いは俺だけだ。回避盾なんて偉そうなことを考えておきながら、この位置では魔王に接近することも叶わない。いや、接近してもどこまでできるか。


今のままでは、ダメだ。


「……やるしかないか?」

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