第45話 本剣から拒否られてても拾得物を所有できますか?

「あら?ギリギリだったみたいね?」


魔女は遠くの森から天使と聖剣使いと魔王の戦いを眺める。


「いいわ?約束だものね?蘇生の手伝いをしてあげる?」

「にぇ、にぇ……」


魔女の足下には疲弊した黒猫。そしてもう1人の幼子がいた。


「あの、あのね、きつねさん」

「私のこと?」


魔女の視線に、幼子はビクリと後退りながらも頷いた。


「みんな、だいじょうぶかな?」

「どうかしら?全滅?生存?神のみぞ知るかしら?」

「きつねさんはつよいの?」

「魔女だもの?強いかもしれないわ?」

「わ、まじょさんなんだ」

「怖い?」

「こわい!」


そう言いながらも幼子は平気そうだ。


「まじょさんはたたかわないの?」

「戦ってるのよ?見えない?」

「うーん?」


幼子は首を傾げるが、魔女は何もせず覗いているように見えて、その足元、地中を走る龍脈の膨大な魔素を緻密に操作していた。

それを知っているのは他に黒猫のみだが、黒猫はぐったりと地に伏すのみである。


「でも……」

「助けが欲しいのかしら?」

「リアおねえちゃんも、ドレスちゃんも、向こうにいるの」

「そうね?」

「だめ?」


幼子は上目遣いで魔女を見る。並の一人ならば老若男女問わず破壊力のあるその仕草だが、魔女には


「ダメね?」

「そんなぁ」

「私は動かないわ?」

「どうしても?」

「そうね?」

「リア、いっしょうのおねがいでも?」

「ごめんなさいね?」


魔女は無慈悲だったが、幼子の一生のお願いは別のところに突き刺さった。


「にゃぁ、助けてあげてもいいんじゃにゃいかにゃ?」

「眷属風情が私に意見するの?」

「カッツェはもうカバラ侯爵の眷属じゃにゃいにょにゃ」

「脱走した獣が偉く聞こえるわね?」


魔女が黒猫に手を翳す。黒猫はビクリと体を縮めたが、すぐに毅然と魔女を睨み返した。


「ま、また叩かれても、変えにゃいにょにゃ」

「…………」


凄まじい圧が周りに撒き散らされる。幼子は魔女から数歩遠ざかり、黒猫は地に爪を立てて耐えた。


「自分だけがマモノの実を食べていた罪悪感?」

「そうにゃ。でもそれだけじゃにゃいにゃ」

「私の願いは何も聞いてくれなかったのに?」

「殺すにょも、奪うにょも、近付けるにょも、論外にゃ!」

「ふうん?」

「カッツェ達は仲間にゃかまにゃ。ラートリア様とゲルマン様を入れて6匹だけにょ仲間にゃかまにゃにょにゃ。仲間にゃかまは、助けるもにょにゃ!」

「この光景はあなたの怠慢なのに?」


瞬間、魔女から放たれる圧が増大する。それはすぐに消えたが、黒猫はその光景に驚いた。

しかし何かを言おうとしたが、そうすると命の危機を感じそうになったため止める。


「……好きになさい?」

「……そうさせてもらうにゃ」


黒猫は魔女の元から立ち去った。恐る恐ると幼子は魔女に近付き、服の裾をつまんだ。


「もう何も喋らなくていいわ?大人しくなさい?」


幼子はコクリと頷き、しかし魔女の裾をつまんだままだった。


「……いいわね?」


その言葉の真意を、誰も知らない。






危なかった。マジであと1秒遅かったらルシアは食われてたな。

それにしても、ルシアは心が折れたんだな。聖剣は何故か落ちてたし、視界左上に増えたルシアのHPバーはそんなに減ってないのに座り込んでるし。


だったらこの聖剣、俺のものにできないかな?聖剣って名前がもうゲーマー魂をくすぐるのだが。


「痛っ、冗談だから」


聖剣を握る右手に痛み。まるで氷を握っているような冷たい痛みが間断なく襲う中、たまにこうして強くなるのだ。悴むとか通り越して右手はもう真っ白である。

これは所有者として認められてないということだろうか。ダメージはないのだが、【火傷】のスタックがグングンと上昇していく──凍傷も火傷カウントなんだ。


────────────────


【状態異常:火傷】


体を守る皮膚に傷害がある状態。

スタック値が500以上になると【熱傷】へと変化する。

HPが回復することで快復する。


────────────────


医学的なことはわからんが、まあこの分だとすぐに【熱傷】に進化しそうだ。


チラリとルシアを見る。呆然と俺を見ている様子は使い物になりそうにない。頬が赤い気もするが……いや、気のせいだろう。もしくは戦場の高揚とか命の危機的な何かだ。


「悪いな、もうちょい使われてくれ──って」

『『『■■■■■■キュエエルノ■■■■■■ナホキュァッ!』』』


真後ろから色々な属性の弾丸が飛来する。そうだ、こいつらも連れてきているのだから、俺はまだ油断ができない。

一方、魔王は兎猫の登場に歓喜し食らい始めた。


「天使様!?あの、それらは──」


今リアが俺の登場に気が付く。俺はルシアを巻き込まないよう距離を取りながら今リアに告げた。


「『悲哀の調エレジー』中止してリアはスタミナ回復!合図したら『マルクトの大河』で『悠々自適な解放の調ディベルティメント』お願い!しばらくルシアに付いていて!」

「あ、はい!」

「ブライエンさん!休憩いる?しばらく俺1人で受け持ってもいいけど?あと工房壊しちゃったごめんね」

「構うな、俺はまだいけ──待て、どういうことだ?」

「オーケーよろしく!」


誤魔化す。

俺は魔王の周りをぐるりと走りながら、時折聖剣でチクチク刺していった。

基本的にはヒットアンドアウェイだ。魔王も無抵抗ではなく、突き刺しや噛み付き、踏み潰しに蹴り飛ばし、繰り出してはみても中々当たらない。

さすが聖剣、魔王の苦しみ様から、俺が素手で殴るよりもガンガンとダメージが入っているように感じる。兎猫たちもただ食われるのではなく魔法を俺に撃ってくるので、射線上に魔王を置けば、それは魔王に当たる。


ただまあ、ダメージディーラーは圧倒的にブライエンだが。轟炎と共に振り下ろされる大剣の1撃は極めて重く、当てる毎に魔王は絶叫していた。


ダメージを与えることで、魔王のヘイトがルシアから俺たちに移る。ブライエンにヘイトが偏りすぎないよう、隙を見せたらこちらが攻撃。こっちを見たらブライエンが攻撃。交互に攻撃を加えていく。


こうなると、次の魔王の行動は──予想通り。


魔王は脚に力を溜めて、大きく跳び上がった。


「ブライエンは2人を守って!」

「お前は!」

「俺は平気!」


着地の瞬間に注視する。タイミングは2周目で何となく掴んだ。上空からのブレスは、ない。

助走をつける。走って、走って、着地の瞬間に跳ぶ!

魔王の口に紫色の光がチラリと見える中、俺は顎下から聖剣を突き刺した。


『■■■!? ■■■■!? ■■!?』

「痛っ!?」


刺突とブレス妨害による自爆で、魔王は声にならない悲鳴を上げるが、その際口から紫色の液体が飛散し、垂れてきたものが俺にも付着。瞬間激痛と共にダメージが入り、【火傷】が【熱傷】へと変化した。


「薬品か何かかよお前のブレスは!っと」


聖剣を引き抜き、首筋を聖剣で引っかけながら落下。着地地点が明らかにヤバそうな紫色の水溜まりであったため、脚を蹴って回避。草原を転がった。


ちょうどブライエンが炎の中から復活する。ブライエンは地面を爆破して衝撃を弱めたらしいが、それでもダメージは消しきれず1度死んだ。まあ今リアとルシアは無傷で守り切ったので漢である。


兎猫たちは全滅していた。


「……そろそろ限界か」


いよいよ右手の感覚が消えて、指も開きにくくなってきた。これ以上は右手が落ちそうだ、そろそろ返さないと。


「ブライエン、少しの間1人で頼める?」

「善処しよう」


善処と言いながらも頼もしい返答だ。ブライエンにバトンタッチし、俺はルシアへと近寄る。

と言っても、正直に返すのではルシアが戦力になるかわからない。どう煽ればいいか……よし。


「で?いつまでいるの?」

「え?」

「俺は聖剣が使えるルシアを呼んだけどさ、聖剣を落として呆然としてるルシアはただの足手まといなんだけど」

「天使様」


今リアが庇うように俺を呼ぶが、俺は視線で制した。


「前にブライエンが聞いてたよな?聖剣に相応しい奴が現れたら、ルシアは聖剣を譲るのかって話」

「そ、それは……」


ふむ、こちらの方向だと逆効果か?なら──


「……なんてな」

「え?」

「見てくれよ、俺の右手」


そう言って俺はルシアに真っ白な右手を突き出した。あ、ヤバい、新たに【凍結】の状態異常が追加された。早く引き取ってくれー。


「聖剣を握って数分でこんななんだよ。これ明確に俺拒否られてるよな?」

「ちょ、は、早く放しなさいよ!?」

「指が凍って放せねぇんだよ!手伝ってくれ」

「手伝うって、私に右手を落とせって言ってる?」

「まだその段階じゃないだろ!?ほらあるだろ、選ばれた者としかできない意思疎通的なサムシングとかさ」

「何言ってるの?」


ルシアが俺を狂人のように見てくるが、俺からしたら噴飯ものである。


「何言ってる、じゃねえよ!ルシアお前、気付いてないのか!?」

「な、何がよ?」

「持ち主を選ぶ剣だぞ?意思があると考えるのが普通だろうが!?」


多分、その時のルシアの表情を俺は忘れないと思う。

完全に虚を突かれたような、ポカンとした間抜け面に、俺は場を弁えず殴りたくなった。


「……そう、なの?」

「あのさ……喋る剣というか、物が意思を持つとかって話、知らない?」

「……そういう童話はあるけど」

「何で騎士物語とか英雄譚とかに憧れた奴が童話を無視するんだよ……とにかく、ほら手伝え。時間ないんだ」

「わ、わかったわよ」


そう言って、ルシアは恐る恐ると俺の右手に触れた。氷った手に温もりが沁みる……ではなく。


「冷たくないか?」

「え?そういえば全然──」


ルシアの手が聖剣の柄に触れると、俺を蝕んでいた冷気の放出が止まった。そのまま左手で飴細工のようなキヨンを掴んで右手から引っこ抜く。


「ほら、持ってみろ。そんで話しかけてみたら?」


左手で右手を温めながら俺はルシアに言ってみる。

ルシアは何かを感じるのか、剣身を額に当てて目を閉じる。


ブライエンの引き起こす爆音と、魔王の絶叫と怒号の中、そろそろ戦線に復帰するべきかとタイミングを俺が図っていると、ルシアが目を開き聖剣を一振りした。


瞬間、肌を刺すような冷気が辺り一帯を支配する。その結果が全てであり、それ以上を語る必要はない。


俺は笑って、ルシアに問いかけた。


「レイピアの使い方、見てただろうな?」

「ええ、できるか分からないけど」

「なら思うようにやれ。何だかんだで最後は上手くいくだろ」

「なんて無責任。いいわ、無様晒した分巻き返してあげる」

「上等」

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