第44話 最悪の不意討ちのような

~Side ルシア~


■■■■■キュエルエ

■■■■■キュエルエ

■■■■エフォリ ■■■■■アプックリ

「────」


木々よりも高い視点から、魔王が私達を睥睨していた。


声すらも出ない。体がピクリとも動かせない。目が離せない。頭が全ての感覚を受け付けない。


拾わなきゃ 何を? 足下の どうするの? 抗わなきゃ 何から? 私は──


「ぐうぅぁあああ!」

「援護します!『悲哀の調エレジー』」


雄叫びを上げて魔王へと突撃するブライエン様。暗い演奏を始めるリア。演奏の効果で脱力感を覚えるが、それは私たちよりも魔王の方に影響が大きいようで、演奏と同時に魔王の体がふらつく。


「はあぁぁ!」

『『『■■■リアエ!? ■■■■エキュエ!?』』』


そこへブライエン様が炎をまとった斬撃を浴びせます。魔王は苦しんでいるようで、意外といけるのかと期待が首をもたげて──


直後、魔王に薙ぎ払われ、木々を圧し折りながら吹き飛ぶブライエン様に足が竦む。

幸いブライエン様は炎の中から復活するし、黒煙を上げる傷が塞がる様子はないけれど、たった1度の反応・・はそれだけで絶望的に見えた。


今度は魔王が動く。バチバチと紫の雷を纏って、人の胸板のような体を反らして──


『『『■■■■■■テルキュァッ■■■■■■ティィィィィ!!!』』』

「ッッッッッッ!?」


酷い、まるで裸で雪山に放り出されたような悪寒が全身を貫く。私はそこで限界だった。

トサリと、その場に座り込んでしまう。


これが、魔王?神話の、魔王?無理、無理よこんなの、人にどうこうできる相手じゃ──


「チッ」


ふと、舌打ちの音を耳が拾った。

いつの間にか隣まで戻ってきていたブライエン様のだ。ブライエン様は聖剣を正面に構えて口を開く。


「『ΦθολατεΧΡυλε──」

「!?ダメです!」

「ッ」


何かを唱え始めたブライエン様を、慌てて止めたリア。


「何故止める!」

「聖剣の解放はしてはいけません!誰も死なせないために、天使様はこの3年間を準備してきたんです!」

「ならばこの場をどうするつもりだ!ッ!」


突然、ブライエン様に襟首を掴まれます。そしてそのまま引きずられるように動かれると、私たちがいたところを魔王が疾走していった。


──あ、聖剣が、森の中へ──


魔王に蹴り飛ばされ吹き飛ぶ聖剣を、私は視線で追うことしかできない。


「直ぐに天使様が来ます!まずは私たちは、それまで耐えればいいんです!」

「ひ弱な天使が1人加わってどうにかなる状況ではないぞ!?」

「お願いします!どうか信じてください!」

「──少しだけだ!遅ければ勝手に動く!」

「ありがとうございます!」

「はあぁぁぁぁ!」


どうして?ブライエン様も、それよりもリアも、どうして立ち向かえるの?


「ルシア・オリーヴ!」

「っ」

「戦えないのなら立ち去れ!」


それはブライエン様からの戦力外通告。


……仕方、ないわよね?だって戦えないのだもの。私は悪くないわよね?聖剣の能力も使えないような弱い騎士は結局、英雄譚のような活躍なんて、所詮ただの、分不相応な夢で──


そう考えたらどうしてか体が軽くなった。どうしてか目が熱くて、視界が歪んでいるけれど、私はヨロヨロと立ち上がって、魔王に背を向けて走り出した。


否、距離を、取ってしまった。


■■■■■■■イコロァッドト!?』

■■■■■■ハエクスリィ ■■■■■■キュエルエェ

■■■■■■■イテァッアルウ! ■■■■■■■イテァッアルウ!』

『『『■■■■■■■イテァッアルウ■■■■■リィィィィ■■■■■■ィィィィィィ!!!』』』


何でだろ、悪い予感はどうしてこうも当たるんだろ。

すごい振動が足を掬って、振り向けばすぐそこに、魔王の口が迫ってきていた。


……その時がとても遅く感じる。あれ?私ってこんなに速かった?いや違う、これが走馬灯っていうものなのかしら。


そっか、私、ここで死んじゃうんだ。魔王に食べられたら、私は死後の世界に行けるのかしら?


あーあ、最期まで一人前の聖剣使いになれなかったなぁ。お父様、お母様、ごめんなさい。ルシアは責任を果たせませんでした。

シャルロッテお姉様、エミリア、もっと仲良くしたかったなぁ。


──魔王の歯がしっかり見える。糸を引く涎が見える。

これ以上は何も見たくなくて、私は目を閉じた。




「あっぶねぇ!?」




ぐいっと強い力で引っ張られた。続いて誰かの焦った声と、ズダダダという不思議な音。そして、


『『『■■■■■エフテァッ!? ■■■■■■エイチャテァ■■■ッリィ!?』』』


魔王の悲鳴。

何が起きたか分からなくて目を開ければ、そこには──


「怪我は、ないな!ならセーフ!」


頭上には天使の証たる光輪を戴き、その手には美しく光る細身な聖剣を握り、その目は悪戯気に歪んだ幼子。


「あ、落ちてたから聖剣借りてるんで、よろ!」


言葉は軽薄。しかし私はそこに、英雄の姿を見た。

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