第43話 俺にとっての最善手は 後半
~Side ドットレス~
「あっつ!?髪焼けてるじゃん!?」
焼肉のような臭い。全方位から飛来する魔法の弾丸を必死に躱していく。
今は火力は必要ないため、称号は『平行世界の記憶を持つ者』にしてAGIを上げている。こいつらも同士討ちをかなりする。それでも物量に押し潰されそうなのを死に物狂いで避けていく。
今回の作戦はこうだ。元々西から無秩序に兎猫が襲い来たから、領民は魔王のいる東に逃げざるを得なかった。
だから、先に脅威を東と西に用意することにした。ブライエンを東に配置して、爆発を起こさせることで何かが起きていると思わせる。そこで西から兎猫の群れを引き連れて俺が現れれば、皆は北か南に逃げるしかない。こうなるとすぐに行き止まりになる北より、領民は南に逃げるらしいから、指揮がなくとも避難誘導ができる、というシナリオだ。
ここで俺がやられて兎猫が無秩序になると、一部の領民が東に逃げるかもしれない。それはシャルとの約束に反する。だから俺は、第一段階から全力で当たらなければならない。
「ハゲ森、家なし、更地は許してな!」
さすがに、休みなしで回避し続けるのは無理だ。なので森では幹を、町に入ってからは家々を盾に、『呼吸法』で息をつきながら誘導していく。じゃなきゃシステム的にも集中力的にもスタミナが保たない。
穴だらけにされた家が、また1つ倒壊する。しかしそれ以外には東の森から聞こえる爆音以外、人の声などの音は聞こえない。
「……信じるぞ」
作戦は上手くいっている。いっているはずだ。もぬけの殻となった領地で俺はそう信じた。
~Side ルシア~
「ッ、このっ」
「──ぁ──ぁ──ぁ──」
レイピアの剣閃が空を斬る。天使が
横から爆風が吹き荒れる。ブライエン様がまた大地を爆破したようだが、ゾンビを捕らえることはできていない。
ブライエン様も素早い敵は苦手なようで、その上この後に魔王という大物との戦闘が控えている以上更なる魔力の無駄使いもできないために、状況は膠着していた。
「時間稼ぎだな」
「時間稼ぎですか?」
「ああ。こいつら、隙を見せても攻撃してこない。厄介だぞ、思ったよりも知恵が回る」
どこまでも厄介な。あの呻き声も笑っているように聞こえてきて、死んだ山賊風情に馬鹿にされていると考えると頭がカッとなる。
「落ち着け」
「……はい」
思わず1歩が出そうになるところを、ブライエン様に制される。
どうすればいいの?このままじゃあもうすぐに魔王が──
「『
その時、どこからか旋律が流れてくる。振動が耳朶を打ち、それを認識した直後、段々と体に力が湧いてくる。疲労感も解けていき、体が明らかに軽くなった。
「ぬあああああああッ!」
一体誰が、私がそんな些末事を考える間に、ブライエン様は強引にゾンビへと肉薄し、その体を一刀両断、勢い余って転倒した。
ハッとする。何をやっているの私は。これは好機、先に目の前の敵を倒すのが先でしょう!
駆ける。ゾンビは味方が1体倒されて動揺したか、まだ気付いていな──いや、こちらを見た!
ゾンビが後ろに下がる。斬りつけるために振り上げた聖剣は、このままじゃ届かない。
だから、聖剣を持ち替える。順手から逆手に、まるでナイフのような持ち方で切っ先を前に突っ込む。
聖剣は容易くゾンビの眉間を貫き、ゾンビは倒れて動かなくなった。
「はぁっ、はぁっ、ふぅ」
一瞬の判断を下すなんて、初めての経験だった。演奏のお陰で回復は早いけれど、思ったよりも疲れてしまった。
「──できるじゃないか」
ブライエン様がそう言う。褒められたことは嬉しいが、何の事を指しているのかと考える刹那に、曲が止んでこの場にもう1人が現れた。
~Side ラートリア~
余計なお世話だったでしょうか?攻めあぐねているように見えたので、咄嗟に『
「リアさんか」
「はい、ブライエンさん。領民の誘導とゾンビ討伐お疲れ様です」
「労いはいらん、まだ前座だ。前座でこの様だが」
「それは相手が悪かっただけかと──ルシア様もお疲れ様です。ご自分の戦い方を見つけられたのですね」
「え?」
「え?」
ルシア様が首を傾げました。てっきり、聖剣を突き刺して倒していたので、天使様の言った通りになったのかと思いましたが……
「いえ、その。以前天使様が仰っていまして。レイピアと言いますか、フェンサーは速さと突きで勝負していくのがセオリーなのに、ルシア様は騎士に拘りすぎて普通の剣のように扱っていると。それではいつか聖剣が折れてしまうのではと」
「え……」
ちなみにその次は「折るぐらいだったら俺が貰いたいなぁ」でしたが、それは言いません。
ルシア様が慌ててご自身の聖剣の剣身を検分していきます……余計なことを言ってしまったでしょうか?
「それこそ気付いて欲しかったのだがな……」
「あ、あぁ……」
ブライエンさんが珍しく苦笑しています。
どうやら本当に余計なことを言ってしまったようですね……ここ3年間でも、奉納ギルドで働いているときも私は気付かず余計なことをしてしまうキライがありました。難しいものです。
「い、いえ、確かにブライエン様の聖剣と比べて私のは細くしなりますから、負担のかかるやり方でしたね……」
ルシア様は肩を落として、恥ずかしそうに聖剣のキヨンで顔を隠しました。
些細な気恥ずかしさ、ちょっとした罪悪感、僅かな徒労感。それらによって場がほんの少し静まりました。だからこそ、その声が聞こえたのでしょう。
「──ルマン!きゃあっ!」
「「「ッ!」」」
私たちは一斉に声のする方を向きました。
この展開を予想していた私と、さすがのブライエンさんはすぐに走り出し、一瞬遅れてルシア様も動きます。
『足りない……何でだよ、何で誰もいねぇんだよ!お前のせいだ!苦しいのも嫌なのも面倒なのも!見捨てておけばよかったんだ!』
「ゲ……ル──」
「何をしているかゲルマン!」
その光景に目を疑いました。ゲルマンが幼い私を押し倒し、首を締めていたのです。すぐにブライエンさんが蹴り飛ばして解放されましたが、幼い私はまだ苦しそうに咳き込んでいます。
「大丈夫ですか!?」
「リア……リアああぁぁ」
私を見ると、服にしがみついて泣きじゃくる幼い私の頭を撫でながら、私は親子の様子を警戒します。
ブライエンさんも聞いていたはずですが、それでも目にするのはまた違うのか、戸惑いが隠せていません。
「ゲルマン、お前は──」
『痛ぇだろうがクソ親父!邪魔すんじゃねぇよ!』
「目を覚ませ!何をしているのかわからないのか!」
『黙れ黙れ黙れ!いつもいつも面倒事は俺らに押し付けやがって!贄が足りねぇんだよぉ!足手まといを殺して何が悪いんだ!可愛い妹分だろうが!』
「お前──」
『邪魔だ面倒くせぇ足りない腹減ったうるせぇ殺せ黙れ来るな来い黙れ面倒事ばかり望んでない黙れ贄貴族が黙れ黙れ黙れ黙れぇあああぁぁァァァッ!』
その悍ましい光景は私も、この場の誰も知らないものでした。
……いえ、違います。これは、あの頃の──
絶叫するゲルマンは膝から崩れ落ちると、体が黒く塗りつぶされていきます。黒くなればなるほどに叫びは小さくなり、やがて真っ黒になると沈黙、炭のように崩れました。
怖気が走りました。それは収まることなく、むしろ段々と強くなります。
別に過去の記憶を思い出したわけでも、天使様を思い出したわけでもなく、ただただ、ふと上を皆が見上げます。
「ぁ──」
ルシア様の手から聖剣が落ちます。
宙に浮かぶ山小屋は見た目が変わらずも、発する雰囲気は全く別物で、しかし目が離せません。
小屋にヒビが入りました。瓦礫が落ちて、赤い瞳が私達を見ました。
そこからは、記憶通りです。
「天使様……」
震える体を奥歯を噛み締めて抑え、できるだけ意識を強く睨みつけます。
魔王が降臨して──
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