第42話 俺にとっての最善手は 前半

~Side ドットレス~


「──起きたか」


目覚めて瞼を開ければ、秋特有の波状の雲が窓から見えた。何て言うんだっけあれ、うろこ雲?いわし雲?魚系だった気はするんだけど、忘れた。


「いやいや、雲はどうでもいいや」


今は1分1秒が惜しい。俺はベッドから跳ね起きると駆け足で工房を出ていった。

目指すは、西の森だ。




生者なのにゾンビのように目が虚ろなのは、どういったことだろうか。

西の森には多くの騎士達が集っていたのだが、何らかの魔法にかけられているのか、意識が定まっていないように見える。

その足下には、角兎の死骸がチラホラと見えた。


「ゾンビはここにもいたのか……」

「生きてるわ?死者は質が低いもの?」


もはや当然のように背後に気配なく現れるシャルだが、この登場は予想通りで、驚くことはなかった。


「邪魔はしないでちょうだい?減ると大変よ?」

「そんなつもりはないよ」


他人と知人なら知人を優先するし、この人らの犠牲で知り合いが助かるのなら俺は迷わずその手段を選ぶだろう。

でも思うところがないわけではない。犠牲が少ない方がいいのは当然だと思うし、徒に人死にを出したいわけでもない。

必要な犠牲を当然と思うつもりは、ない。



──経過を集計しています──

    ──集計完了。パターンB’2を適応──

──クライマックスを開始します──



「時間ね?」


機械音と同タイミングでシャルが手を掲げる。

すると木々の幹に、幾何学的な模様が浮かび上がり、ドサリドサリと騎士達が倒れ、装備品も含めて形が崩れていく。


俺はその光景から視線を外さない。かっこよく言えば犠牲を忘れないように、といったところだが、この直後のイベントに遅れないためでもある。


大地から湧き出るように生まれる新たな影。兎のような、猫のような、命を受けた黒い影は、あっという間に地面を覆い尽くしていく。


「見ているわ?」

「見ていろよ。約束を忘れるなよ?」

「覚えているわ?」


シャルが手を下ろす。「待て」を解かれた兎猫達は一斉に飛びかかった。




~Side ラートリア~


「──行ってしまうのね、リア」

「……はい、お世話になりました、奥様」


背に見送りに来たお母様の声がかけられます。


数奇なことに、押しかけてかれこれ1年経った実家での使用人生活でしたが、それも今日で終わりとなります。

思えばこの1年間はとても短かったように感じます。それだけ充実していたという証拠でしょう。

使用人の退職に貴族の奥方が見送りに来るというのは、まあお母様らしいと言えばいいでしょう。小さい私では知らなかったような面が多々見られ、それでも同じままな点もあって……


……これ以上の長居は危険ですね。無心に、何も考えてはいけないのです。


「……では、お元気で」


声は震わせずにできたと思います。あと数歩前に進めば外です。それで、この生活は終わりです。

だから──だから──


「リア!」


聞こえていません。聞こえていませんから。玄関のノブを掴んで、ひねって、押し開けて──


ガチャリと扉は開きました。しかしそれは私の力によるものではなく、


「……奥様、お戯れを」

「リア、リアなのでしょう?私の可愛いラートリア」

「……違いますよ、奥様」


後ろからお母様に抱き締められていました。首の後ろに重みを感じて、胸の奥が軋みます。


「放してください」

「どこに行くの?」

「ドレスさんを迎えに行って、また旅に出るんです」

「まだお金は稼げていないでしょう?」

「そうですね」

「それでも行くの?」

「行かなきゃならないんです」

「……そう」


お母様が離れていきます。


「またいつでもいらっしゃい。あなたならどんな時でも歓迎するわ」

「ありがとうございます……お母様」


最後の言葉は小さく言ったから、きっとお母様に聞こえてはいないだろうけれど。

最後に見た、泣くのを我慢して笑うお母様は、とても美しく思いました。


突然、東の森・・・から大きな爆発音が聞こえ、黒煙が上がります。


「始まったのですね」


私は私の役割を果たすために、東へと走りました。




~Side ルシア~


「あの小娘の話では、この辺りだったな」

「そう、ですね」


ブライエン様と私は、あの天使の言葉通りに東の森を歩き回っていた。

今日が神話の魔王が顕現する日だということだが、当日になってもその気配は感じられない。私を撒くために適当なことを言ったのかと疑うが、ブライエン様はどうやら信じておられるようだ。


「1つ、伺っても?」

「何だ」

「何故、あの天使を信じられるのですか?」

「疑う理由がない」


迷いなくブライエン様は言い切った。


「嘘にしては荒唐無稽に過ぎるだろう。宗教家の類いにも見えん。一応保護者を通じて身分も保証されている。前科がないならば信じてみるのが先だろう」

「そう、ですか」

「珍しいな、お前が自称といえど天使相手にそんな発言をするとは」

「……色々と、分からなくなっていまして」


夏にブライエン様から言われてから、何が正しいのかわからなくなった。

間違ってはいないはず。私が今までやってきたことは間違っていないはず。それなのに何故、こうも考えがまとまらないの?


「それでいい」


そんな私の内心を見透かすように、ブライエン様は現状を肯定した。


「盲信している時よりは幾分マシだ」

「盲信……」

「英雄とは想像よりもいいものではない。騎士とは期待よりも崇高なものではない。聖剣とは伝承ほど優れたものではない」

「それは、違うのでは?」

「捉え方は人それぞれだろう──さて」


ブライエン様が背負っていた鞘から聖剣を抜剣した。

普段は彫刻刀のような扱いをされている聖剣は、赤熱して熱気を振りまいている。

その大剣を両手に握り──


「ふんっ!」


地面に深く突き刺した。大地が煮えたぎり、膨らみ──


「下がれ!」


掛け声と同時にブライエン様が聖剣を引き抜く。私が後ろに下がるのと、大地が爆ぜたのは、ほぼ同時だった。


「ッ、ブライエン様!」


ブライエン様が大爆発に巻き込まれた、その事実に血の気が引いていく。そして直立する炭の棒を見て私は意識が遠くなりかけた。

その前に炭が激しく燃え上がり、無事なブライエン様が現れなければ倒れていたかもしれない。


「そ、それがブライエン様の聖剣の力ですか!?」

「そんなものだ。さあ、1発では足りないだろう、もう1度行くぞ」


蘇生という奇跡をさも当然のように行うブライエン様に、改めて敬意を抱く。やはり私には、聖剣を見くびるようなことはできそうにない。


……聖剣。腰の左に提げられた聖剣を撫でる。

この子にも、奇跡のような能力があるのだろう。私にはそれを引き出す義務がある。

引き出さなければ、ならないのだ。


「っと、来たようだな」

「ッ、魔王ですか!?」

「いや違う。盗賊の成れの果てのようだ」


ブライエン様が指差す先、そこに見窄らしい姿の、生気を感じない2つの人影を見る。

あれが、天使の言っていたゾンビか。私も抜剣し、切っ先を向けた。


「魔王の降臨も近い。手早く片付けるぞ」

「はい!」

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