第41話 『騎士』に憧れる騎士
春の終わりのゾンビ戦。今リアにも出動願って、少し本気で倒しに行ったのだが、結局2体目を倒す前に逃げられてしまった。火力が、火力がぁッ、欲しいッ……!
まあそれは関係なく季節は進んで、いよいよ最後の準備期間となる。
カラリとした夏の日。
シャルの陰謀によって集められた騎士達が領内や森を巡回する中、俺は工房の裏庭で2人の手合わせを見ていた。
「はああぁ!」
気迫の乗った声と共にルシアが袈裟斬りを放つ。鞘に入った剣とはいえ、当たれば怪我でもするだろう。
しかしそれを相手、ブライエンは剣先を鞘で弾く。ガゴッ、と木材同士がぶつかる鈍い音が鳴り、ルシアが体勢を崩した。
その隙を逃さず、ブライエンが拳をルシアの鳩尾に叩き込んだ。
「~~ッ!」
見た目程威力はなかったのか、ルシアは蹲るだけで済んだ。
「も、もう一度──」
「いや、ここで小休止だ。休め」
それだけ言い残して、ブライエンは工房の中へ戻っていく。
「……はい」
渋々とルシアは従い、隅のベンチ──俺の隣に腰掛けた。
「おつかれ」
「えぇ……不甲斐ないところを見せたわね」
肩で息をしながらも姿勢は正すルシアは、悔しそうに顔を歪めた。
「見るのは今日が初めてだけど、いつもこんな感じ?」
1周目では騎士達の指揮をしていたルシアだが、この周ではブライエンとの稽古に集中して指揮権は別の人に渡している。
そのブライエンも、工房を休業にしてルシアに付き合っているため、思ったよりも真剣度合いは高いようだ。
ただまあ、力量差は明らかで、疲労を隠しきれていないルシアに対し、ブライエンは涼しい顔をしている。
夏場の運動のため汗はかいているにはかいているが、それだって明らかにルシアと差があった。
「そうね。かれこれ師事して半年になるけれど、一度も勝てたことがないわ。さすがブライエン様よね」
「さすが?」
「12人の聖剣使いの中でブライエン様は最強なのよ。侯爵家領主になるのに誰も異議を唱えなかったのに、どうしてこんなところにいるのかしらね」
その表情は心底不思議そうで、本気で言っているのが伺い知れる。
俺はそれに内心うわぁと思いながら返す。
「それよりもやりたいことがあったんだろ」
「領主になるよりも?」
「こんな工房を開くくらいだぞ?本気で職人がやりたかったんだろ。領主やるよりも」
「釣り合わないじゃない。領主と職人の人生なんて、比べるのも烏滸がましいぐらいよ?」
「金だけならそうかもな」
中世の貴族らしい考え方だ。財力を人生にとって最高の価値基準とする考え方。貴族でなければ人ではないと言いたげな考え方──これは言い過ぎか。
まあ、ある意味わかりやすくていいが。
「ルシアはないのか?やりたいこととか」
「私のやりたいこと?それはもちろん──」
ルシアは立ち上がり、腰に提げていたレイピアを抜剣。その切っ先を天に突き、高らかに宣言する。
「国のため、民のため、聖剣使いとして邪悪を祓うことこそ、私のやりたいことよ!」
…………鳥肌立った。感嘆、ではなく寒気で。
正直もう距離を起きたい気持ちが大きくなってきているが、それではマズイので話を続ける。
「……それ以外は?」
「え?それ以外は……強くなること?」
「さっきの続きじゃねえか……趣味とかないのか?」
「趣味?この子を磨くのは好きよ?」
怖いんだけど!?何でそんなに
「……え、何?聖剣って洗脳機能でもあるの?」
「はあ!?あ、あ、あるわけないでしょう!?」
しまった言葉にしてしまった。ルシアは愕然とした表情で俺を見ている。聖剣を握る手が震えていた。
……いいや、開き直ってしまえ。
「いやだってさ、プライベートな面が全く見えないじゃん。ルシアが何かをしてるって絵が浮かんでこないんだよ」
「不要よそんなもの!神話の英雄も、物語の騎士も、そんな時間なんてないわ!」
「んなわけあるか。というか神話に物語なんて、本気でそれを目指してるのかよ」
「天使ともあろう者の発言とは思えないわね」
「役割でしか人を認識できないのかお前は」
頭痛くなってきた。こんなに相性が悪い相手なんて初めてだぞ?引き入れたの間違えたか……?
いやいや落ち着け落ち着け。逆に考えろ、ここが一番の山場だぞ。
ルシアが戦力になるのは1周目の結果からわかっている。いっそこの考え方が治らなくてもいい。
聖剣さえ使えるようになればいいのだから。
「──人の家で口論は止せ」
何を話すか、必死に考えていた俺だったが、裏庭に戻ってきたブライエンの声に視線を動かす。
ブライエンは、いつぞや見たトレーと湯気の立つコップを持ってきていた。
「茶だ。熱いが飲め」
「いただきます」
俺は素直に受け取る──うん、暑い日にあえて熱いものっていうのもいいな。
一方でルシアはブライエンに抗議する。
「またですか!?このような雑事はオーランド侯爵家当主様がすることではないでしょう!?」
「今の俺は平民だぞ、ルシア・オリーヴ」
「だから違いますって!?」
あー、うん。1周目の冬のやり取りだなぁ、と。それ程日は経っていないが、懐かしくそのやり取りを俺は眺める。
「そも、俺に師事すると決めたのなら、師の言うことには従え」
「あるべき姿の話をしているのです!当主には当主のなす事が、使用人には使用人の仕事があるのです!当主が奪ってはなりません!」
「半年もいるならお前も気付け。うちに使用人はいない」
「それも問題です!」
食って掛かるルシアを、まるで相手にせず茶を啜るブライエン。
──そうだ、ちょうど良かった。
「なあブライエン」
「何だ」
「ルシアが聖剣の力を使えない理由って、心当たりないか?」
瞬間、あれ程大騒ぎしていたルシアもピタリと黙り、俺をジッと睨んだ。
「何故俺に訊く?」
「ブライエンも聖剣使いだからな、何か知ってるかと」
「……本当はルシアに尋ねさせたかったのだがな」
おや?ブライエンがそう言うってことは、ルシアはそもそも訊いたことがないのか?自分の問題なのに──いや、むしろだからか。
「あー……どうせ自分の努力不足とかで完結させてそうだな」
「なッ」
「潔癖が過ぎる。それは美徳でもあるが、過ぎれば判断を濁らせる毒だ。疑わないのもマズい」
「!?」
俺が発言したときは再び熱り立とうとしたルシアだが、ブライエンに追撃され目を見開く。
その様子をチラリと見て、ブライエンは続ける。
「確かに芯というのは大事なものだ。折れない強さとは望んでも得にくいものではある。だが周りに余裕がなければ傷だらけだ。長生きはできんだろう」
「…………」
「納得はいかないか。ならば1つだけ問おう」
ブライエンはルシアと正対する。ルシアが見上げ、ブライエンは問うた。
「もしもお前よりも聖剣に相応しい者が現れたら、お前は聖剣を渡すのか?」
「────え?」
「お前の理想に聖剣は、本当に必要か?」
「それ、は──」
「お前の理想は、たとえ握るのが楽器の弓でも、石のナイフでも、変わらないのではないか?」
ルシアが困惑しているのが、仕草はなくともわかった。
返答は容易なはずなのに、どうしてか答えられない。言葉がつっかえるその様子に、俺は少し安心した。
これで即答していたら狂信者だ、全力で逃げ出すね。
「以前、俺はお前に聖剣に向き合えと言ったな」
「……はい」
「同じことをもう一度だけ言ってやる。聖剣に向き合え。答えはそこからしか見つからない」
「……わかりました」
思ったよりもブライエンがいい指導者をしていて安心した。あとはルシアの問題だ、俺が踏み込むことではない。
俺ができることは1つだ。
「休憩は終わりかな?そしたらブライエン、俺と手合わせしてくれよ。2人を見てたらやりたくなった」
「素手で、か?」
「十分十分」
「怪我しても知らんぞ」
ブライエンが大剣を構える。俺は笑い、遠慮せず殴りかかるのだった。
準備期間が終わる。体感で1月の物語が終わる。
決着は目前だ。
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