第40話 願いを2つ
不安になろうがなるまいが、やらなきゃいけないことはあまり変わらない。
ルシアを引き連れて領主の館から工房に戻った俺は、とりあえずルシアとブライエンを引き合わせた。称号は適当に戻しているため、エンジェルヘイローは出ていない。
ルシアが頼み込む際に魔王云々をぶちまけるハプニングはあったが、思ったよりもあっさりブライエンが引き受けてくれたため、問題は解決すると期待したいが……まあ様子見だな。
そんなこんなでルシアは工房の新たな臨時バイトとなり、冬は終わり、春になった。
「来たわね?」
「まーな」
西の森での密会。こう言えばこの光景もロマンチックに聞こえてくるから不思議だ。
実態は、友人に土下座で借金をお願いするのとそう変わりないのだが。
「それで、秋にお願いしたことは叶えてもらえるのか?」
「短気?損気?せっかちね?」
「頼めそうなのがシャルしかいないんだよ」
「まあまあの口説き文句ね?」
コロコロと笑うシャルにハラハラしっぱなしの俺。主導権を渡すのは、やはり慣れない。
「『魔王化の阻止』に?『素体となった者全員の蘇生』?贅沢な願いよね?」
「贅沢って……誰かにお願いして悲劇が回避できるならするだろ?」
「普段と違いすぎることはできないって言ったと思うわ?言ったわよね?言ったかしら?」
「それは聞いたよ」
「そもそも?私はお願いを魔女に訴える権利を与えただけよ?私に聞く義務はないのよ?」
「それも、わかってる」
ファイトの3つある絶対命令権みたく、魔力で縛っているというわけでもないのだし。
「それでも、せめて可否だけは聞いておきたいんだ」
「ふぅん?」
笑みを止め、ジロリと俺を睥睨するシャル。その重圧に目を逸らしたくなるのを奥歯を噛んで抑えこみ、ジッと向き合う。
「──阻止は無理ね?私には不可能だし?できてもやらない状況ね?」
「そっか……蘇生は?」
「条件付きかしら?」
「っし、本当だな!?」
「私は騙しても嘘は吐かないわ?」
心の中でガッツポーズ。そもそも不可能なら方針を捨てざるを得なかったが、秋の時点で断られていなかったので可能性はあると思っていた。それでも嬉しい。
しかし条件か……
「条件って?」
「蘇生は専門外なのよね?」
「専門とかあるのか」
「そうね?」
シャルが指を4つ立てる。
「まず準備に10分はかかると思うわ?この間は他に何もできないわね?」
「ふむ」
「次に時間ね?私では死が確定してから5分以内でないと難しいわ?」
「時間制限もあり、と」
「それに保持限界もあるわね?準備が終わってから10分以内に行使しないと暴発するわ?」
「暴発」
「ええ、盛大にね?小さな領は滅ぼせると思うわ?保持している間も私は何もできないわね?」
「え、どんなやり方すんの?」
「最後にこんな大技、日に何度も使えないわ?やるなら1度だけがいいわね?」
最後に無視されたが……まあいい。とりあえずの条件はわかった。
準備に10分。死んでから5分以内。準備が終わってから10分以内。チャンスは1度。
この条件だと、そうだな……
「終盤に10分魔王相手に耐久して、その後10分以内に魔王を討伐すればいいのか」
意外と余裕あるか?魔王を瀕死にして動きを封じて、あとは10分待つとかでもいいわけだし。
そんな楽観的な考えをしていた俺だが、すぐにシャルの言葉に声を漏らした。
「まあ?やるとは言ってないのだけれど?」
「あ……でもそれなら、何で教えてくれたんだ?自分の手札だろ?」
「手札を知る?知らない?どうでもいいわね?これは2つ目のお願いよ?」
つまり、勝手に2つ目のお願いと見做して、それを叶えたというつもりか。
「どうすればやってくれる?」
「どうして助けるのかしら?天使の任務には関係ない部分でしょう?」
「クリアだけならな──まあ、自己満足だよ」
メタ的な、ゲーマー的な理由なら、遺物の性能だ。クエストの結果に応じて変化とあったから、より良いエンドを迎えればきっと報酬はいいものになるだろうという期待がある。
ただ、個人的には──
「誰かの犠牲の下でこの平和は成り立ちましたーとか。あの死があって結果が美しくなるとか乗り越えていきますとか。好きじゃないんだよねそういうの。幼稚な考えでも、全員無事な大団円って終わりが、俺は一番好きなんだ」
結局は、自己満足となる。しかも質の悪いワガママだ。
「寒い正義感?」
「正義とか気持ち悪いものじゃない。別に見ず知らずの人が死のうがどうなろうが、俺は特に何もしないけど、知人は不幸にしたくないだろ?」
もしかしたら。
2周目の俺のように領民を見捨てるなり、なんなら囮にするなり、非道な方法を選ぶ道もあったかもしれない。
でも、俺は関わってしまった。認識してしまった。だったら、後味が悪くない方を選びたい。
「本気?」
「バカと思うだろ?」
「そうね?」
認めやがったぞこいつ。
「私にはどうでもいいわね?」
「そう」
「聞いてみたけど、手伝う気も起きないわ?」
「……そっか」
「私、嘘は嫌いなのよね?」
「?ッ」
見下ろすときも、問答するときも、からかうときも、結局はいつものように俺ではない何かを見つめていたシャルと、間違いなく視線がぶつかったと思った。
「身の程を弁えない大言壮語?根拠もない自信過剰?大嫌いだわ?」
「……」
「だから、自分の言葉ぐらいは証明なさい?」
「それは?」
「私は同じようにするわ?同じように領を襲うわ?その上で被害を0になさい?人命、後遺症、そういうのでいいわ?」
「領民の死者を0にってか?それなら元からそのつもりだ──それができたら?」
「蘇生、手を貸してもいいわ?」
「!ほ、本当だな!?全員だよな!?」
「3つ目のお願いね?」
シャルが頷く。視線はまた、どこかを見つめていた。
これは大きい。大きい一歩だ。こうなれば──
「ああ十分だ!ありがとう!」
「喜ぶのね?もう頼まれても遊んであげないけど?」
「いや、それはしないってば」
「冗談よ?もう言葉は要らないわ?去りなさいな?これ以上は殺しに動くわ?」
「あ、ああ。ここで死んだら終わりだしな……じゃあな」
目的は達した。願いも使い切った。
なら後は、シャルの機嫌が変わらない内に退散するのみ。俺は足早に西の森から立ち去った。
ドットレスは気付いていなかった。
魔女の提示した条件で、最も重要なのは時間でも回数でも制限でもない。
「私は何もできない」という発言にこそ注意するべきだったのだ。
何もできないとは即ち、どんな行動も、支援も、
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