第39話 誘拐令嬢

冬。都合3ヶ月眠っていたことになっている俺は、外に出るときに心配はされたが、気分転換がしたいという言葉は認められた。


「さて、さっさと見つけますかね」


今頃、彼女は俺を探して領内を右往左往していることだろう。だがちょっと意趣返しを含めて、俺はコソコソと隠れながら道を進んでいく。今度は俺から声をかけてやろうと思ってだ。


収穫祭ではあれだけ多くあった屋台が僅かしか残っていないのは、現代のように耐寒整備がされていないからだろう。


「ん?ドレスちゃんじゃねえか。体はもう大丈夫なのか?」


それでも店がないわけではない。店主の1人が俺に声をかけた。


「お久しぶりです。覚えてたんですね」

「そりゃあ当たり前よぉ。リアさんから体が弱くて寝込んでるとか聞いたぜ?もう大丈夫なんかい?」

「うーん、今の時期はちょっと安定しないかもですね。でも気分転換したくて」

「かぁ、それでもこんな日は外に出るもんじゃねえよ。ドレスちゃんはあれだろ?呪いかなんかで靴も履けないんだろ?」

「うーん、まあ慣れましたし」


最初は悴んで痛かったが、慣れとは素晴らしい。

しかしそれが、店主さんには薄幸に見えたようで。


「泣かせるねぇ。ほらこれと、これ。あとこれも持っていきな!食べると元気が出るよ!」

「え、いいんですか?」

「あたぼうよ!また元気になって顔を見せてくれよ!」

「ありがとうございます!」


いくつか果物を貰ってしまった。田舎ならではの人情というか、本当に人が温かい。

その後も他の店の前も通っていくと、似たような展開に。強制売却しないようにストレージに仕舞わず持ち歩いていたあら、まるで競うように色々押しつけられてしまった。ありがたくいただきます。


ただどうしようか。さすがに持って帰るべきか。少しは領主の館の今リアにも分けた方がいいだろうか。山のように積み重なったお土産はかなりのバランス力を要求してくる。


「せめて誰か袋でもくれたらよかったのに……いや、安価なビニール袋なんてそれこそ現代ぐらいか。紙袋もないんだろうなぁ」


微妙に世知辛い世の中に溜息を吐く。白い息となったそれを目で追っていた、その時だった。


「──見つけた」

「あ、見つかった」


長い銀髪を靡かせて、隙間から螺旋を描くように横に突き出る獣耳。正面から見ても分かるほどにモフモフな尻尾。

秋から探していたもう1人の探し人、ルシア・オリーヴがそこにいた。


「やっほ、探してたよ」

「え、探して──いえ、あなた厄災姫よね?」

「そう呼ばれたことは君以外からはないなぁ。ドットレス、最近は縮めてドレスちゃんと呼ばれてるね」


やっぱり第一印象って大事なんだなって思う。1周目はこんな季節で取っ組み合いをしたんだっけ?

それよりも、と俺はルシアの腰を見る。

そこには1本の剣が提げられていた。鞘が細い。レイピアの類いだろうか?1周目での記憶が曖昧だったが、やっぱり・・・・ルシアは剣を持っていた。


「言葉遊びのつもり?悪いけど公爵の命令よ、あなたを連れ帰らせてもらうわ」

「えー?あと1年ぐらい待って欲しいんだけどなぁ」


好奇心で、ここで「はい」を選択したらどうなるのか気になったが、そうなると後の展開が全く予想できなくなるため自重する。2周目で会ってたら同行したかもしれん。惜しい。


「自分の立場が分かってるの?放置してたらこの領が滅ぶかもしれないのよ?」

「……それは俺じゃなくて別の存在に言って欲しいな」

「はあ?」


一応システム的には2年滞在したビネガー領において、魔王以外に災害のようなものはなかったので。

まあルシアからしたら、はぐらかされているように感じるのだろうけど。


「どんな噂があろうとも、所詮はやっぱり子どもね。あなたに拒否権なんてないわ」

「こっちも、面識のない公爵程度・・に指図される謂われはないんだけど」


うーん、まだ俺の中に蟠りが残っていたのか?どうしても喧嘩腰になってしまう。

……落ち着こう。この展開は俺の望むものではない。


にじりにじりと距離を詰めてくるルシアを前に軽く呼吸を数回繰り返して落ち着かせて、俺はそのまま館への歩みを再開した。


「──って、ちょっと!話が終わってないんだけど!?」

「この山が見えない?俺の保護者様にお裾分けしてから話聞くから、それでいい?」

「はあ!?ああ、もう、逃げないように付いていくわよ!」


何だかんだこちらを優先させてくれる真っ直ぐさはとてもありがたいが、俺はこれからルシアに騙し討ちをする予定である。先に謝っておくよ、心の中でだけだが。




「え……天、使……?」

「改めて、準神天使のドットレスだ。保護者も来たし話を聞こうか?」


ちょっと意地が悪かったかもしれない。

館の応接室。リーヴェにお土産の半分をお裾分けしてから今リアを呼んでもらって、称号を『平行世界の記憶を持つ者』に変えてエンジェルヘイローを見せてしまえば、頭を抱えて吠えるルシアの出来上がりである。


「予想できるわけないでしょこんなの!?」

「あ、はは……」


今リアは同情的な視線を向けていたが、特に何も言わなかった。


「まあ黙ってたことは謝ってもいいけど、この通り面識もない公爵家の命令を受けるわけにもいかないんだよね。それでもと言うなら神様通して欲しいな」

「出来るわけないじゃない!?あ、ですか!?」

「ああ別に敬語は要らないよ、喋りやすい方でお願いする」

「……わかったわ」


圧倒的天上人ムーヴに俺のテンションが少し上がってくるのに対し、ルシアは複雑な表情で頷いた。


「まあ悪ふざけはここまでにして」

「え、悪ふざけ?」

「あ、準神天使なのは変わらないからね」

「そうよね!?」


ルシアがキレキャラにクラスチェンジしそうだ、早く話を始めよう。

俺はそれまでのニヤニヤした顔を整えてルシアを見る。雰囲気が変わったのを悟ったのか、ルシアも真剣な表情になった。


「ルシア・オリーヴ、そちらに協力して欲しいことがある」

「こちらの要望には応えられず、そちらの要望には応じて欲しいと?」

「その点は申し訳ないと思っているが、そもそも今回の件で俺はこのビネガー領から外に出ることはできないんだ」


試したことはないけど、それを言うと話がこじれるので言わない。


「それが神からの任務だと?」

「そう捉えてもらって構わないよ──単刀直入に言おう。来年の秋、収穫祭の直前に魔王が出現する。その討伐に力を貸して欲しい。そちらの持っている聖剣を使ってだ」

「魔王?」


ルシアは怪訝な顔をする。


「それって、神話のあの?」

「正確にはその本体ではなく残りカスのようなものらしいが、それでも十分に脅威だ。強さとしては聖剣使いが1人、『制限解除』とやらをしてなんとかってところか」

「……それ、私に死ねって言ってる?」


ルシアがそう尋ねると、何も知らなかった今リアがギョッとする。

それに気付いたが、一旦スルーさせてもらう。


「逆だな。俺は誰も死なせたくないんだ。聖剣使い1人なら命と引き換えかもしれないが、2人いれば死ななくて済むかもしれない。そこに天使を1人加えればなんとかなりそうな気がしないか?」

「むしろ天使1人で十分じゃないの?」

「言っとくが俺は弱いぞ!想像してる100倍は弱いからな!」

「え、見かけ倒しなの……」

「ぶっ」


あ、今リアが笑いやがった。俺がジト目で後ろを振り向くと、今リアは頭を下げた。


「す、すみません。ですが天使様には技がありますから」

「慰めとフォローどーも」


それでもソロ討伐できないのは2周目で証明されている。1人でなんとかできるなら、とうにそうしている。


「まあそれは置いておいて。ブライエンへの説得は必ず成功させる。まあ最悪、魔王と会敵させれば戦ってくれる気もするが」

「ちょっと」

「で、どう?報酬とかは用意できないけど」

「……どこまで力になれるかわからないけど」

「謙遜すんなよ、聖剣使いだろ?」


受け答えから、交渉成立を予想した俺は軽い口調で俺はルシアに問うたが、対照的にルシアは表情を暗くする。


「……確かに聖剣使いではあるのだけど……」


そう言って、ルシアは鞘から剣を引き抜いた。

氷のように青く透明な剣身が美しい、芸術品のようなレイピアだった──嫌な予感がする。


「偽物?」

「本物よ!?代々オリーヴ侯爵家に伝わる本物、なんだけれど……」

「けれど?」

「……のよね」

「は?」


何かをボソリと呟いたルシアに、俺は素で聞き返してしまう。

聞き返されたルシアは、一度唇を噛んで、自棄のように言い放った。


「だから!私は聖剣の力が使えないのよ!」

「はあ!?」


完全に予想外の事態に、俺は声を荒げてしまった。


「で、でも聖剣使いじゃないと倒せないのよね?だったらこのルシア・オリーヴが力を貸してあげても──」

「待て待て待て待て!死体が増えるだけじゃねーか!早まるな!」


閑話休題。

深呼吸。


「──もう1度確認するけど、本物なんだよな?その聖剣」

「ええ。銘は『絶対零度之聖剣オートクレール』。我が先祖オリヴィエが振るった由緒正しき聖剣よ」


デュランダルに続いてオートクレールか。シャルルマーニュの英雄が何でブレーメンに関わるのかわからないけど、今はそこは関係ないか。


「聖剣使いって、聖剣を棒きれみたく振るえればそう名乗れるの?」

「そんな訳ないでしょ!聖剣に選ばれた者が聖剣使いよ」

「選ばれるっていうのは?選ばれたなら能力使えるんじゃないの?」

「……お父様以外に、この子を鞘から抜けたのが私だけだったのよ」

「そういう基準……?」


いやまあ、抜剣できないのは問題だと思うけど。

鞘に戻した聖剣を撫でるルシアを眺めながら考える。


しかし俺の予想では、1周目の魔王はルシアが討伐したのだと考えていたのだ。

なのに能力が使えないとはどういうことか。


火事場の馬鹿力?終盤に覚醒して、命を賭して魔王を討つ?物語にはなりそうだが。

だが俺が欲しいのはそんな悲劇ではない。


「同じ聖剣使いとして、ブライエンが教えてくれたりしないかねぇ」

「そうねぇ。第一目的が難しい以上、第二目的を主眼に動いた方がいいわよね」


ちょっとした願望を口に出すと、ルシアが変なことを言い出した。


「あ?第一第二って?」

「あなたを連れ帰るのが第一目的」


ルシアが指を立てていく。


「第二目的は、ブライエン様への師事よ。元は抜剣できるだけで十分とお父様は考えていたようだけど、どうせビネガー男爵領に滞在するならと言われたのよね」


1周目ではそんな話全く出てこなかったが?というか第一第二ってまさか優先度じゃないよな?ただのナンバリングだよな?同時進行できるものだよな?


尋ねてみても、ルシアはきょとんとして。


「え?問題って1つずつ片付けるものでしょ?」


と宣った。

……ひょっとして、ルシア・オリーヴはアホの子か?真っ直ぐな性格だから、騎士のように厳しく育てられたと思っていたが、甘やかされてきただけか?


どうしよう、先行きが不安になってきた。




「そうだリア、ちょっと確認したいんだけど、1回だけ──」

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