第38話 俺、ドレスちゃん、今あなたの後ろにいるの
収穫祭の当日。今度は2周目のように寝過ごして終わることはなく、俺はステージの上にいた。
1周目では「何であそこに孤児が?」みたいな目で見られていたが、今回は観客の中には「ドレスちゃーん!」と声をかけてくれる人までいる様子。たった4日でこの幼女アバターはすっかり受け入れられていた。
声をかけてくれる人には手を振って返しながら、俺は観客達を目をこらして見ていく。
……いた。探していた2人はどちらも観衆の後ろの方にいる。
1人は相変わらず何を考えているか分からない微笑で漫然と場を眺めているが、もう1人は何だかすごい顔で俺を見ていた。1周目でもあんな感じだったのかね。
うーん、こんなステージ上だと接触するのはちょっと難しいよなぁ……それまではいてくれるといいんだけど。
まあ1人はともかく、もう1人の方は最悪冬に会えるし、後回しでいいか。
「むふふー」
俺の隣に座っている幼女リアは楽しそうに足をパタパタしている。確かステージで演奏するのはこれが最初だと言っていたか。緊張よりも先に高揚が出てくるのはさすがと言うべきか。
もう片方のラートリアはガチガチになっているが。
「……大丈夫?」
幼女リアの反対側に座る今リアに小声で尋ねる。今リアはハッとして、これまた小さくか細く応えた。
「あ、いえ、あの、その、ビネガー領を出てからこんな人前で演奏をしたことがなかったなぁと、思いまして」
「リーヴェさんから話を持ちかけられた時は平気だったのに」
「聞くと見るとでは大違いと言いますか……」
「今になって実感が湧いてきたってところか」
そう、今回の俺たちはただのお客さんとしてではなく、参加者としてステージ上にいるのだ。
どういうことかって?それはもうすぐ説明があるだろう。
ステージ中央にブライエンとエレーナがやってくる。エレーナは俺たち同様席に着いたが、ブライエンはそのままマイクもなしに、司会を進行させていく。
「──今年も、この季節がやってきた。このビネガー男爵領は雨が少ない故、ワルザー川の恵みで生きている。つまりこの実りはかの大河に許された繁栄なのだ──皆よ、今年も実りを祝い、大河に感謝を!これより祭りを始める!」
1周目と同じ文言でブライエンが収穫祭の開始を宣言する。しかし1周目と違い、この続きがあった。
「今年の1番手は彼女達に任せようと思う。ここ数日のみでも皆随分と世話になっただろう。今は奥様の使用人、元は旅の楽士をされていたリアさんと、その旅で拾われたドットレスだ」
どよめきと拍手が巻き起こる。俺との会話で少し解けていた緊張が戻ってきて、ガチガチになりながらも前にやってくる今リアと、その後ろを付いていく俺。
「え、えと──」
あ、ダメそうだ。何を喋るかも飛んでいる様子。
これがトップバッターはマズいよなぁ……仕方ないため、俺から口を開くことにした。
「これまで領内を走り回らせていただきました!ドットレスです!」
「「「ドレスちゃーん!」」」
何だこれ、俺はいつの間にかアイドルになっていた?まあいいか。
「森で俺を拾ってくれた、リアさんです!」
「あ、えと、リアです!こうして皆さんに挨拶ができたこと、嬉しく思います!」
「硬い!」
観客から笑いが漏れる。
「えと、ではお聞きください!私たちの『マルクトの大河』を!」
とりあえず一旦締めて、今リアがヴァイオリンを構える。
あれだけ緊張していたものだが、ヴァイオリンを肩に乗せた瞬間からガラリと今リアの雰囲気が変わるのが分かる。それは隣にいた俺だけではなく観衆も同様だろう。
俺もリュートを出した。まあメインの今リアと違って、俺は単音を1つ1つ丁寧に出すのが仕事だが。
演奏が始まる。それは何だかんだでまだ2度しか聞いたことのない今リアの演奏で、改めて聴けば『ネバーランド』の琥珀に匹敵するような鳥肌の立つ演奏だった。
聞き惚れそうになるのを叱咤して手を動かし続ける。何なら俺がこの演奏を汚しているようにも感じてくるが、そこは堂々とするしかない。
──あれ?そう言えばこの曲って、尺が──
あっという間に演奏が終わる。今リアと俺がお辞儀をしたことで観衆は我に返り、スタンディングオベーションで応えてくれた。
「あ、ありがとうございます!」
今リアは改めて礼を述べ、俺たちは舞台から退場した。
なぜなら今リアはリーヴェの使用人である。領主の館は貴族のパーティーを同時期にやっているようで、今リアはそちらに行かなければならない。
この話だって、日課の演奏を偶々耳にしたリーヴェが盛り上げてきなさいと無理を言った結果だし。
代わりと言ってはアレだが、俺はこっちの収穫祭に参加だ。まあ貴族のパーティーに見窄らしいのがいたら興醒めだろうしね。
ステージから降りた俺は今リアと別れて、観衆を迂回して後ろの方を目指す。
まず接触するのは、こっちからだ。
「──あら?来たのね?」
「まーね」
まずは1人目、カバラ侯爵夫人ことシャルだ。背後から近付いたにも関わらず普通に反応してみせたのは強者感がある。
「シャルも一応貴族じゃないのか?貴族は領主の館でパーティーするものだと思ってたんだけど」
「社交に興味はないわね?私はスタンドラの貴族よ?」
「ん?ミューベンの貴族じゃなかったんだ」
むしろ意外だ。他国、というか他の公爵派閥の貴族が所詮は男爵の祭りに参加するなんて。
いや違うか。この時から魔王の下見をしていたと考えるのが自然だな。
「そうだ、その魔王だけど」
「何かしら?」
「前回、初めて戦ってみたけど、あれちゃんと弱体化されてるの?」
「そうね?そうだわ?どう思うかしら?」
「まあソロ討伐はさせないっていう強い意志は感じたけど」
多分、どんな準備をしていっても、俺1人で討伐するのは不可能なんだろうなとは感じた。まあもしかしたら方法はあるのかもしれないけど、それを探す時間はない。
「そうだ、俺がやられた後はどうなったんだ?1周目も2周目も」
「詳しいことは知らないわ?私はこの領の息女を逃がすだけだもの?」
「あー、リアには聞いてたけど、本当にお前が助けたんだな」
「領地は潰しても家を潰すつもりはないものね?子どもは守るものよ?」
すげえ、初めてシャルがまともなこと言ってるのを聞いた気がする。前半はともかく。
「ただ、そうね?どれが1周目でどれが2周目かは分からないのだけど?」
「うん」
「天使様が炎の聖剣使いを
「うん?」
とりあえず1周目でも2周目でも魔王が討伐されているということは、やはり倒す手段があるということで安心できる。
ただ、俺が炎の聖剣使いを殺した?
「え、炎の聖剣使いって、あのステージで司会やってるブライエンのことだよな?」
「顔も名前も知らないわ?興味ないものね?」
うわー、こいつ魔女だ。
「で、俺が殺したの?」
「自滅かしら?『制限解除』なんて自滅だもの?」
「『制限解除』……」
そう言えば、1周目最後のブライエンは、最後によく分からない詠唱をしたと思ったら力が爆発的に向上したな。あれ自滅技なのか。
……ん?待てよ?1周目はそこでブライエンが落ちたとして、誰が魔王を倒したんだ?
シャルは聖剣使いって言ってたし……もしかして?
「あれ、今この領って聖剣使いが2人いる?」
「そうね?奇遇ね?幸運ね?運命だったりして?」
ここで誰か聞いても意味はないんだろうな。ブライエンのことも知らなかったし。
……いや、多分あいつか。
「そうか──ところで今回も春は西の森にいるのか?」
「そうね?デートのお誘いかしら?嬉しいわ?」
「違うわい!?ほら、前回で残ってる2回のお願いの件だよ」
「デートのお誘いね?」
「違うっての!?1つ今使うな。頼みたいのは──」
俺はシャルに頼みを伝えた。
「できるか?」
「面倒ね?叶えたいとは思わないわ?」
「そこを頼む。2回分使ってくれて構わないから」
「色気もない話ね?まあいいわ?考えてあげるわ?春にいらっしゃいな?」
「それでも助かる。ありがとう」
シャルはそれきり返事はしなかった。俺はその場をそっと立ち去る。
そして目星を付けていたもう1人を探したが、見つけることはできなかった。
「仕方ない、秋のフェーズはここで終わりだな」
最低限やっておきたいことはできた。ならこれで今回は終わりだ。
俺は意識を緩め、残りの収穫祭を楽しむべく、大通りを歩き始めた。
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