第37話 ラストサイクルは工房で、ビネガー領で
「わぁ!リアにおねえちゃんといもうとちゃんができた!」
そう無邪気に喜んで今リアに抱きつくのは、小屋でのリハーサルを終えて工房に遊びに来ていた幼女リアだ。
その横にはこちらをじっと観察するゲルマンの姿と、手紙に目を通すブライエンの姿があった。
「──話は分かった。ドットレスという娘が、そこのお前でいいんだな?」
「ドットレスです。よろしくお願いします」
ブライエンの巨体からジロリと見下ろされる。
その大きさも相まってか、すごい威圧感だ。冷や汗を抑え、なるべく自然な笑顔を装いながら俺は頭を下げた。
今回はこういう方針だ。今リアは領主の館へ、俺は工房へ入り、両方向から働きかけをしていくのだ。
領主の館なら貴族ならではのアプローチが使えるかもしれないし、俺が工房に入ったのはブライエンと聖剣のことを調べるためである。
不本意だが、今回は俺は自分が大人ではなく、見た目通りの少し大人びた幼女として振る舞う予定だ。いや、今まで大人だと主張してもあまりそうは取られていなかったけども。
「そうか。手紙には体が弱いとある。工房の手伝いは体力との勝負だが、それでもいいんだな?」
「はい。今は調子がいいので、大丈夫です!」
収穫祭直前だけは普通に行動したり目覚めが飛び飛びになったり、こうなるのはもう、こういう設定というか体質でゴリ押すしかないだろう。被虐で虚弱な体質……まあいいか。
「そうか」
一方のブライエンの返答は淡泊なその一言のみ。そのまましばらく無言の見つめ合いが続くと、ブライエンの横から手紙を覗いていた、ゲルマンの母のエレーナが言う。
「あらあら、それじゃあお部屋の用意をしないとね。掃除してくるわ」
「あ、手伝います!」
「リアさんはお客さんだからいいのよ。あ、それならお茶を淹れてくれるかしら?」
「わかりました!」
緊張故か、元気に返事した今リアは工房の奥へと向かおうとする、が。
「あら?リアさん、キッチンの場所知ってるの?」
「え!?あ、えーっと、分からないですはい!」
「そうよねぇ。ゲルマン、教えてあげて」
「うっす。こっちっす」
「あ、リアもいくー!」
と言って、ゾロゾロと作業場から4人が去っていく。
……あれ?ブライエンと2人きりになってしまったぞ?
おーい!?俺の予定ではこの状況は収穫祭の直前とか、それとも季節のどこかで作るのであって、こんな初っ端からやるつもりは全くなかったんだが!?
待って!?本当に待って!?こんな堅物感出してる人とぶっつけ一対一で会話とかキツすぎるんだが!?
「えっと……」
何を話せばいいのか。言葉にならない、思考にすらならない断片が脳内で渦巻き、右も左も分からなくなってくる。
「…………」
ブライエンも無言。気まずい空気が工房を占める。己のコミュ弱が恨めしいっ。
果たして、先にこの空気を割ったのはブライエンだった。
「……まあいいだろう。特段今の時期に工房で手伝いが要るようなことはない」
「え、あ、はい」
「そうだな、ステージの設営補助に、領民への労いの用意。それぐらいならお前でもできるな?」
「はい、頑張ります!」
「付いてこい」
さっきの間は何だったのか、ブライエンは工房の外へと出て行く。
行き先はそう遠くない、工房が面している領内中央の、最も広い広場だ。
そこは館から工房へと行く途中にも見たが、多くの人々がステージを組み立てていた。
その内の1人に、ブライエンは声をかける。
──あ。
「少しいいか?」
「へい。あ、ブライエンさん!どうしやした?」
「今日からこの娘が設営の補助に入る。重い物は持てないだろうから、簡単な配達でも手伝わせてやれ」
「ふぅん?」
「っ」
声をかけられた男性が、俺の顔を覗く。
この人には見覚えがある。2周目で、ゾンビから逃げて、最後には食われた人だ。
「娘っ子ですかい。見習いのガキ達がやってるようなお使いで?」
「ああ。それでいいな?」
「あ、はい。ドットレスと言います、よろしくお願いします!」
「なんでぇ、しっかりしてるじゃないの。いくつだい?」
「にじゅ──えと、6つです」
勢いで21と答えそうになったが、それは幼女ロールする意味がない。
確か今の幼女リアが7つなので、俺はそれの1つ下を言った。
「6つ!俺の倅と同じかよ!かーっ、うちのガキもこれぐらい大人しかったらなぁ!」
「あ、あはは……」
「っとすまねえ。俺はウィドってんだ。ここの監督をやってんで、何かあれば俺に言ってくれ」
「よろしくお願いします、ウィドさん」
「はっはぁ!よろしくな嬢ちゃん!」
ウィドさんが差し出した右手を握手する。ゴツゴツする固い手だった。
当然のことだが、村や町に住む人の数は両手に収まるようなものではない。
当然のことだが、住人というのは1人1人に名前があって、1人1人の姿は違う。
当然のことだが、人というのは誰だって感情を持っているのであって、何も感じない物ではない。
だがこれらをVRに再現するには、無限とも思えるようなリソースと不可能とも思える計算速度が必要となる。
故に今までのVRでは、NPCというのは町に10人しかいなかったり、モブには名前が与えられていなかったり、皆姿が同じだったり、機械的な受け答えしか出来なかったりしていた。
しかしGDOはそれらを過去の物にしていた。
「ドレスちゃん!今日もありがとうね、お菓子食べていくかい?」
「ありがとうございますクルゼさん、いただきます」
「助かったー!これでお腹を空かせなくて済むよ!」
「今日はゼンガさんが好きなお肉が多めだそうですよ」
「ドレスちゃーん!こっちにもくれー!あと笑ってくれー!それで午後も働けるんだー!」
「ガトラさーん、昼から飲み過ぎはダメですよー!」
「あらドレスちゃん、この間リアさんに会ったよ。あの人に拾ってもらって、ドレスちゃんは幸せだねぇ」
「リピエさん。俺も幸運だと思ってますよ」
2周目では魔王に食われる
これらの中には、ウィドのように2周目で俺が見殺しにした人も当然いる。その選択に間違いはなかったと思っていても、後悔が心に暗雲を呼ぶ。
……そのための3周目だ。今度は絶対に、領民に被害は出させずに、魔王を討伐して、それで終わらせるんだ。
あっという間に4日が過ぎた。この間、俺はビネガー領をひたすらに走り回った。
RPGではよくあるお使いクエストだ。「○○に何々を持って行って」という、ある意味で一番分かりやすい類いにクエストだが、ひたすらにこなした。
システム的に正式なクエストではないため報酬はないが、『呼吸法』はレベル2に上がったし、新たに『疾走』という技能も生えたし、職業レベルも上がって9になった。
────────────────
技能『疾走』(1/10)
スタミナを消費する移動時の速度にプラス補正(極小)。
俺はいつか風になる!
────────────────
何よりも、俺は領民達に覚えられたと思っていいだろう。行く先々でドレス呼びをされたのだ。
もしかしたら、領民達に顔を覚えて貰うことが、魔王出現時の避難に使えるかもしれない。だから俺は頑張った。今リアの名前も度々出したし、今リア自身も領内で買い物をしているのを見かけたりした。
まあ今リアには1年時間があるから、ゆっくり覚えて貰えばいいだろう。
「ふぅ……」
『ネバーランド』にログアウトした俺は一息吐く。こちらの体には疲労は持ち越されないが、それでも気分的に息を吐きたかった。
「……始まるのか、明日から」
明日のログインで収穫祭の本番が始まり、冬、春、夏を巡って、明後日に魔王討伐だ。
これが最後。最後のチャンスなんだ。今までの記憶を隅から思い出せ。
全ては、それに掛かっている。
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