第36話 お主も悪よのぅ

9月6日。もうすぐGDOが配信されて1週間となる、そんな朝。


「うぅ……これが二日酔いって奴かぁ?」

「そんな訳ないでしょうが」


『ネバーランド』のソファの上で俺はグロッキーになっていた。

ここにお酒などのアルコールの類いは存在しないため、酒に酔うことも二日酔いになることもないのだが、気分としてはまだ知らないその感覚に近いのではないかと思う。


原因は分かっている。昨晩のラスト、魔王との戦いで本気を出したからだ。分不相応な『ゾーン』に入ればこうなるのは、初日の兎狩りでもあったが、魔王戦で潜った深さはその時の比ではない。


当然代償もその分大きくなるわけで、頭痛は人生でのワースト2を更新し、加えて倦怠感と吐き気も襲ってきている──一番辛いのが吐き気かもしれん。だって吐いても楽にならないから。


こんな状態になっても強制ログアウトが作動しないのは、結構ザルなのではと疑っていたり。


「それでどうすんの?今日は休む?」

「……いや、いく。今いいとこなんだよ」


子ども達がGDOにログインしている中、残って俺の様子を見ていた琥珀が尋ねるが、俺はそれを否定する。

首を横に振ろうとして、視界のブレで吐き気がまた込み上げてきて、起き上がろうとした体がまた脱力する。


「うぅっ……」

「いいとこなのは分かるっすけど、せめてもう少し休んだらどうっすか?」


同じく俺を見ていた天人が言う。


「今ログインしたって何もできないっすよ。3サイクル目は始まってないんすよね?」

「……そうだな。区切りでログアウトすれば時間経過しないのは、気付いて良かった」


再びバッドエンドで終わってしまった2周目。そして3周目を促すウィンドウに反応できず、悶えながらウィンドウの下を眺めていたのだが、そんな表記があったことに気付いてログアウトしてきたのだ。

一息つけるのは助かる。


「まあ、欲を言えば、クエストの一時中断とかできたらいいよなぁ」

「そうっすね。これからまた3日使うと考えると、リアルで丸々10日も1つのクエストに拘束されるのは、ユニークだとしてもちょっと嫌っす」

「提案してみたら?今度生放送あるみたいだし」

「え、何それ」


琥珀の気になるワードに、俺は頭を少し動かして琥珀を見上げた。


「ハジメが帰ってくる少し前くらい?公式サイトでお知らせが出てたよ。えっと、15日の19時からだって」

「来週か。でも配信してまだ2週間って時期だろ?何やるんだ?」

「んーっと……イベント告知としか書いてないねぇ」


手元にサイト画面を開いてスクロールしていた琥珀だが、最後には肩を竦めた。


「イベントねぇ。それって全開拓地合同のって認識でいいのかね」

「まあ公式サイトにあるんだから、全てのプレイヤーが関わるのは確かだろうけど」

「気になるのは鯖分けっすね。今が98鯖あって、プレイヤーが確か6万っすか?これを混ぜるのかそのままなのかっすね」

「混ぜるだろ。もし開拓地間での競争要素とかあったら、俺らみたいな少人数は不利だぞ」

「そうなったら、おいら達はともかく子ども達が心配っすね。『ネバーランド』関係者以外と接触するのは初めてっすし」


うーむ……と3人の声が揃って考えてしまう、が。


「……まあ詳しいことはその生放送で分かるだろ」

「あ、ハジメが考えるのを放棄したっす」

「ハジメ脳筋化が進んでない?」

「脳筋じゃねえし。俺は考えて戦う知略派だし」

「はいはい」


こんな無駄話をしている内に気分も治まってきたようだ。

俺は伸びをした後、起き上がってウィンドウを操作する。


「もう大丈夫なの?」

「まだちょっとフワフワするけど、序盤は戦闘とかもないし、誤差範囲だろ」

「あー、うん。ハジメが平気ならいいんだけど」

「おいら達も潜るっすかね。子ども達を東兄妹だけに任せきるのも悪いっすし」

「そっか──俺もなるべく早く、帰れる手段を見つけるよ」

「なるはやでお願いするっすよー」

「わーったわーった。それじゃ──」

「「「外部アクセス、ログイン、〈Grimm Dreamers Online〉!」」」


『ネバーランド』から3人のアバターが今日も旅立つ。




ついにラストチャンスの3周目。泣いても笑っても最後であり、2度ともバッドエンドだった俺にはもう後がない状態である。

だが何となくの道筋は見えた。あとはそのために行動するのみだ。


「ぁ──お疲れ様でした、天使様」

「お疲れリア。まあ山場はこれからなんだけどね」


何度も見てきた収穫祭前日のビネガー男爵領。隣には今リアがいて、今度は逃げられず普通に挨拶をしてくれる。

俺はそれに答えながら、早速今リアを引っ張って目的の場所へと向かう。


「天使様?どこへ?」

「ちょっと時間がないから説明は後で──あ、そうだ」


俺が考えているルート、そのために必要な要素がまだ未確定であったことを思い出し、俺は今リアに尋ねた。


「リアってさ、メイドやってた経験ってあったりする?」




「──収穫祭でお忙しい中、お手間を割いていただいてありがとうございます。旅の楽士をしています、リアと申します」


一直線で領主の館へ向かった俺たちは、門番にどうしてもとお願いをして、リーヴェに取り次いでもらった。

実はあまり話したことのなかった門番だが、幸いにも突然の訪問であっても平民であっても話を通して貰うことができ、俺と今リアは応接室にいる。


対面にはリーヴェが座っている。恰好はさすがにメイド服ではなく、貴族らしく滑らかな素材で作られた衣服を着ている。その後ろには、これまた実は全く話したことのないメイドさんが立っている。


俺は今リアの隣に立っている。いや、リーヴェの性格的に俺もソファに座っても問題はないと思うが、念のためだ。


リアと名乗ると、リーヴェは軽く目を見開いたが、すぐに何もなかったように振る舞った。


「リアさん、ですか。それで、当家に何の御用でしょうか」

(すっげ、これがあのリーヴェさん?)


口には出さないが俺は驚いていた。2周目ではメイド服を着て家事をこなす優しいお母さんといった雰囲気だったのに対し、今は貴族夫人としての責務を全うするべく、あのシャルを彷彿とさせるような貼り付けられた笑顔を見せる姿があった。


今リアが手を強く握りしめる。きっと初めて見るのであろう母親の姿に緊張しているのがよくわかった。


「──ビネガー男爵家が使用人を募集していると伺いました。是非私を、ここで働かせていただけませんでしょうか」


……いやぁ、これを今リアにお願いしたらすごく驚かれたなぁ。

2周目でリーヴェの側付きの使用人がいないと聞いていたし、領主の館で暮らしていて幼女リアに付けられた使用人がいないことにも気になっていた。


男爵家だから応募してくる人が少ないのか、選抜しているのかはわからないが、この枠を使えるのなら是非使いたい。


「なるほど。簡潔なお話、ありがとうございます。確かに当家は使用人の募集をしてはいますが、誰でもよいというわけではありません。リアさんは何ができるのでしょうか?」

「掃除、炊事、洗濯、接客、一通りは出来ると思います。宿屋で働いていた経験も、奉納ギルドで働いていた経験もありますので」


ギルド云々はいつぞや、ビネガー男爵領に着く前に聞いていたが宿屋は初耳である。

もしかして、2周目では宿屋で過ごしてたのかな?


「奉納ギルドで。それは素晴らしいですね。神官の経験が?」

「いえ、旅をしながらでしたので、受付や資料整理などの短期的な仕事のみを。あ、このメダルが一応の証明です」


そう言って今リアは服の内ポケットからそれを取り出した。

串の刺さった銀色の団子?のようなデザインのメダルだったが、それを見せられたリーヴェは固まっていた。


「──やはり……」

「あの……?」

「あ、ああいえ、確認できました。戻してもらって結構です」

「はい」

「奉納ギルドでの経験があるのならこちらとしても是非はありませんが、ならば何故家に?それがあれば例え平民でも、能力次第では伯爵家も狙えるでしょうに」


え、ギルド職員ってそんなに位が高いの?ちょっと甘く見てたわ。

不信に様子を伺うリーヴェだったが、果たして今リアは──


「そうですね……」


と間を置いて、俺を見た。え、俺?

まさか俺からお願いされたからとバラす気か!?細かいところは今リアに丸投げしたけどそれはマズいですよ!?

声を上げて制止すべきか、一瞬の逡巡の間に、今リアが続きを述べた。


「できるだけ早く、この子を買い戻したくて」


……ん?


「買い戻す、ですか?」

「はい。この子は半年程前に壊れた馬車に放置されていたのを拾ったのです。奴隷紋や拘束具の類いはありませんが、隷属契約は有効のようでして」


んん?


「経験上、このような奴隷はかなり高額な値段が付けられていることが多いです。孤児ですが見目が綺麗な少女なので、大金貨300枚を下回ることはないと思います」


えっと、ラートリアさん……?


「確かに、最低でもそれぐらいはするでしょうね」

「はい。ですが共に旅をしている間に情が湧いてしまいまして。私たちは南東からワルザー川を越えて来たのですが、この辺りはビネガー男爵領が最も栄えていますし、北のミューベン公爵領はさすがに恐れ多いので……」

「なるほど、そういうことでしたか」


あのラートリアが息をするように嘘を並べている!?

いや待て、俺今リアに奴隷のことって話したっけ?流れで『被虐体質』は教えた記憶はあるんだけど、どうだっけ?覚えてないな……


難しい顔をしていると、リーヴェがこちらを見ていることに気付いた。とりあえずニコーっと笑って返しておく。リーヴェも笑った。よし、幼女の笑顔強い。


「──話はわかりました。リアさん、あなたを雇いましょう」

「あ、ありがとうございます!」

「そちらの子も家で預かりましょう。その方がやりやすいでしょう?」

「助かります!重ね重ねありがとうございます──」


さて、そろそろだろう。今リアのシナリオに乗っからせてもらおう。


「わ、わた──んんっ、俺も手伝う!」


台詞の前半を気にしてはいけない。ちょっと幼女のロールプレイをしようとして羞恥心に負けただけだ。いいね?

それはともかく、突然発言した俺に、2人は驚いていた。


「てん、ドットレスさ、んんっ、気持ちは嬉しい、けど、大丈夫、だよ?」


今リアがテンパって敬語とラフな言葉の狭間を漂っている。


「そうよ?子どもなんだから、リアお姉ちゃんに任せなさい?家にも同じくらいの年の女の子がいるのよ。新しいお友達と一緒に遊びたくなーい?」


一方のリーヴェはさすがである。誘導の仕方が巧みだ、並の子どもならこれに流されるだろう。

しかし俺は中身は大人である。


「いや!俺もリアを手伝うんだ!」


やべえ、駄々っ子ロールもめちゃくちゃ恥ずかしいんだけど。こんなのしたことねえよ、されることは『ネバーランド』で多々あったけど。ありがとう、お陰で真似できるよ。


「す、すみません……」

「いいのよ、いい子じゃない。でも困ったわね、小さい子でもできることなんて……」


今リアもリーヴェも困っているようだ。そこで俺は手を挙げて主張する。


「ここって、リアのヴァイオリンみたいな楽器を作ってるんだろ!それの手伝いがしたい!」


2人は顔を見合わせ、リーヴェが「仕方ないわね」と笑った。

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