第35話 負けイベは、覆さねば……
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魔王の初手は嘴の突き刺しだった。
動きは速いが、先の突進のように目で追えないレベルではない。俺は躱しながら、称号を『ミニマリスト』に変更する。
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続いて反対側から狼が顎門を開いて襲いくるが、これは下に潜り込んで逆立ちの要領で顎を蹴り上げる。
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苦悶の声。体重差がありすぎて弾き飛ばしたりはしなかったが、ほんの僅かであってもダメージは確実に入っている。
真上から前脚が降ってくるのを転がって回避。震動で体が浮き上がり、それを馬頭が大きく口を開いて飲み込もうとするのを、ガチンと閉じる音は背後、歯を蹴って脱出する。
着地した瞬間に魔王はターンして後ろ蹴りを繰り出してくる。ズオッと空気が唸り、地面が抉れるのは、前に跳んで転んで回避した。
嘴による突き刺し、狼の噛み付き、前脚による踏み潰し、馬頭の丸呑み、威力高めの後ろ蹴り。
絶え間なく不規則に襲い来るこれらの攻撃パターンだが、図体が大きい分予備動作もわかりやすく、また相手は的が小さい俺に苦戦しているが、俺は逆に的が大きい分攻撃がしやすい。
『ミニマリスト』の効果は与ダメージの上昇。これは攻撃力やら防御力やらのダメージ計算が終わった後に直接数字を加えて計算するため、端的に言えば防御無視でダメージを与えられる。
それも補正は中なので、多分1撃あたり50ダメージは増えてるのではないだろうか。HPが135しかない俺には十分驚異的な数字だ。
思ったより余裕か?そんな甘い考えが過ぎるが──いやいや、自惚れるな。
相手はラスボスの魔王。そんな100や1000などのチンケな体力はしていないはずだ。
大事なのはとにかく手数だ。攻撃回数が増えれば増えるほど単純にダメージは多くなる。攻撃認定されるレベルの攻撃をとにかく繰り出すのだ。
魔王の巨体を掻い潜ってワンツー、走りながらローキック、カウンターでアッパーカット。とにかく
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魔王も段々と苛ついてるようで、ダンダンと地団駄を踏んでいる。
何気に一番怖い攻撃がこれだったりする。ただの一踏みでも俺は余裕で即死する上に、予備動作なんてほとんどない。地団駄を踏まれる時に、当たらずとも近くの地上にいると強制的に浮かされるのもダメだ。
──あ。
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体から赤い霧が登っていく。ステータスが喰われ、新たに烙印が追加される。
ダメだ、短期決戦が必要なのに、俺の火力じゃあとても間に合いそうにない。今のところダメージは受けていないが、受けていないだけで届かない。
どうする?『堕天』を切るか?いや、まだ早すぎ──
思考と選択、そして一瞬の隙。その瞬間魔王は、4本の足に力を溜め、大きく跳び上がった。
「ッ!?マズ──」
急いで落下地点から遠くへ遠くへ、とにかく走る。
背後から轟音、津波のようなうねり、強打、そして衝撃と共に俺は吹き飛ばされる。
地面を転がる中、頭上を木っ端となった木々が飛んでいく。
HPはたった1撃でレッドゾーンに──いや、赤くても残っただけ奇跡だろう。
しかし魔王に容赦はない。大きく胸を反らす動作に頭は警鐘を鳴らした。
「う、うご──」
HPが急激に減少したことで【眩暈】の状態異常のままだが、ふらつく頭に怒鳴り散らして、瓦礫の後ろに這いつくばったのはギリギリに間に合った。
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魔王の口から撒き散らされる紫色の憎悪の奔流。それは扇状に、範囲内の生命を枯らしていく。
ブレス攻撃。ゲームではお馴染みの高威力広範囲攻撃だが、立て続けの高威力広範囲攻撃など殺意しか感じない。
壁にしていた瓦礫が灰となって崩れ落ちる。真っ新な荒野となった戦場で、HP危険域の俺は憤怒に燃える魔王の巨体と対峙する。
圧倒的で、無慈悲で、絶望的な壁が立ちはだかる。
「……負けイベだと?」
弱音のような言葉が口を突いた。
一度圧倒的な理不尽を叩きつけてプレイヤーを負けさせるイベント、通称『負けイベ』というものがある。これはシナリオの盛り上がりのために、一度負けた相手に終盤で勝つために、挿入されることが多い。
しかし俺は、これが大嫌いだった。当然だろう?運営の都合で?シナリオの盛り上がりのために負けてくれだと?
「──ふざけんなクソが」
己の弱気を、そして見下してくる魔王を、そしてどうせ見ていてニヤニヤしているだろう富岳院さんを罵倒する。
それは時としてエンドコンテンツよりも高難易度となる負けイベへの挑戦。
でも負けイベに遭遇したゲーマーは普通どうする?負けイベ前のセーブに飛んで、強さをカンストさせてからもう一度挑んでみるだろう?
じゃあ前のセーブがないなら?戻れないなら?鍛える時間がなければ?
全力で足掻く、一択だろうが。
上等だ、やってやろうじゃないか。本来ここで切るつもりのない札を切ることを決意した。
深呼吸。
意識は曖昧に広く、しかして指先まで明瞭に鋭く。
深呼吸。
分不相応な脳の発火に、湧き出る苦情は押し流して。
深呼吸──集中────
先の攻撃が有効と認識したか、魔王が再びその四の脚に力をこめ、跳躍した。
落下地点は多分──いや違うな。
魔王が上空で胸を反らす挙動が見えた。
「おい、ブレス2連続は反則だろうが」
しかし悪態は口のみ。体は既に動いている。
さすがの魔王も、空中で体の向きを変えることはできない。ブレスは確かに広範囲の攻撃だが、指向性がある──つまり、回避が出来る。
上は気にせずひたすらに前へ!そうすれば紫の吐息は吹き荒れても、こちらにダメージはない。
今度は魔王の落下だ。これはブレスとは違って辺り一帯への全体攻撃だ。
チャンスは魔王が落下してきた瞬間。その瞬間を見逃さないよう、落ちてくる魔王を目で追っていく。
何をするかって?とある配管工とその仲間達がレースするゲームのレインボーなロードでもあるだろう?
波打つ道は、ジャンプ台であると。
賢しい者は言う。津波はただの波ではなく、壁が迫ってくるのと同じだと。
だが現象としてそれは規模の大きな波の運動であり、つまり上への力が発生するわけであり──
魔王が地面を踏み砕く。二度の衝撃で割れて浮き上がった大地が土煙と共に迫り来るが、それよりも速く訪れる揺れは──今!
上に持ち上げられる瞬間に跳躍。弾かれたように飛び上がった体は土砂からも容易く逃れ、馬頭にまで到達し──
「っしゃあアァマウントポジションは最強おおオォォォォ!」
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ゴワゴワのたてがみを握りしめ、反動で勢いを付けながら何度も何度も馬頭に拳を振り下ろした。
まるで岩を殴っているような硬さだが、反応から確実にダメージはある。
当然魔王も無抵抗ではない。首を大きく振り回したり、地面を転がったりと俺を振り落とそうと暴れ回る。
「ッ、チィッ、狙えるか?」
俺だってただ適当に殴っていたわけではない。本命の狙いは魔王の目。それは生物が鍛えられない弱点の1つであり、運が良ければ1つだけでも潰すことはできるだろう。
「まだ遠いか?もう少し寄って──」
しかし、タイミングを計ることは出来なかった。
体から赤い煙が立ち上る。ステータスが吸われ、ついに握力に限界が訪れた。
マズい、今のHPだと落ちただけでお陀仏だ。握力もだが、腕も酷使しすぎて震えが来てる。
終わり?いや、まだ──
「いっ、けえええぇぇぇ!」
馬の顔を蹴り上げて無理矢理体を動かす。両手は組んで高く挙げ、眼球に向かって思い切り振り下ろした。
そこから起きたのは一瞬だった。角膜の弾力に俺の攻撃は受け止められてしまったが、魔王は絶叫。反射で瞼が閉じて俺の手と腕を押し潰した。
そのまま俺は為す術もなく落下。HPが砕け散る。
視界が消える直前に、暴れる魔王にどこかから飛来した大きな炎が着弾し、爆発していた。
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技能『思考加速』を獲得しました。
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結末が確定しました。
2周目の総合評価:バッドエンド
3周目を開始しますか?
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