第34話 威力偵察

ついに秋になった。

収穫祭の準備で忙しない領内の人の流れをすり抜けながら、俺は東の森へと向かっていた。


今回のボス戦に関して、俺は今リアに参加を要請はしていない。今回はあくまで偵察目的で、倒せたら倒す程度でしか考えていないからだ。代わりに領民の避難誘導をお願いしたが、これは1周目とほぼ同じ役回りであり、どこまで効果があるかは……あまり期待できないだろう。


それでもやると言った今リアには脱帽だ。


起きてすぐに向かったせいか、思ったよりも早くに東の森へと到達した。しかしあるはずの小屋が見つからない。今リアが空に浮かんでいたとか言っていたから、上を探せば簡単に見つかると思っていたから、見つからないと少し焦る。


どこを見ても同じようにしか見えない森の木々を必死に見分けて、恐らくこの辺りのはずという所に辿り着いた称号を『堕落の種子』に変更してみたが、靄すら見ることができない。レベルが足りないのだろうか……そんな時だった。




──経過を集計しています──

     ──集計完了。パターンC’を適応──

──クライマックスを開始します──




始まりを告げる機械音が聞こえてくる。瞬間に微かな振動が足まで届き、嫌なほど執拗に続いていた。


「西の森か……」


1周目では、シャルが召喚した大量の兎猫を誘導しながら、ブライエンとタイマンをしていたか。

2周目では工房には一切立ち寄っていないため、ブライエンがどう行動に出るかは謎だが、来てくれるだろうという予想はある。

ならば俺のできることはそれまでの時間稼ぎといったところか。




──ポツリポツリと、森に人が現れ始めた。やはり誘導は難しかったようで、その数は増える一方。

それと同時に、子ども特有の高い声も森に反響しながら耳に入ってきていた。


「──ルマン!ゲルマン!どうしたの!?はなしきいてよ!?」


ドス黒い、正体が分からないほどの瘴気をまき散らしながら走る影と、それを追いかける幼女リアの姿が、木々の合間から一瞬だけ見えたと思えば、俺はその2人を追いかけていた。

どこからか、言いようのない不安を感じているのを自覚する。急き立てられるように俺の足も速まっていく。人影と幼女リアの距離は徐々に離されていたが、俺ならギリギリ追いつけた。


人影に足をかけて転ばせると、幼女リアが俺に気付く。


「あ、ドレスちゃん!ゲルマンがおかしいの!たすけて!」

『邪魔をするなよ役立たず!俺に関わるな足手まとい!お前のせいで俺は苦労してるんだ!』

「本当にどうしたんだゲルマン?普段ならそんなこと言わないだろ」

『うるさい!うるさい!うるさい!』


人影がゲルマンの声で暴言を喚き散らす。起き上がってまた逃げようとするのに俺は飛びつき、再び押し倒そうと試みたが、体格差が大きすぎるため、簡単に振り払われてしまった。


「ど、どうしちゃったんだろゲルマン……わたしがわがままばかりいったから──」

「違う。絶対にリアのせいじゃない」


走り去っていくゲルマンの背を呆然と見ながら呟く幼女リアに、俺は被せ気味に否定した。


「え?」

「ゲルマンは、その、ちょっと調子が悪いんだ。だから怒ってるだけで、リアのせいじゃないよ」

「本当?」

「ああ本当だよ。だから──」

「きゃあああああああああ!?」


その先の言葉は悲鳴にかき消された。

悲鳴の上がった方を見れば、領民達が俺たちの方へドタバタと走ってきている。人が多くて向こう側が見えないが、恐らくゾンビが現れたのだろう。そして領民達は、そのゾンビ共に追い立てられているという状況か。


「リアは今すぐ森から出るんだ。いいね?」

「ドレスちゃんは?ゲルマンは?」

「すぐに連れて追いかけるから。走れ!」

「!」


疲れているだろうに、体に鞭打って幼女リアが走っていく。ゾンビの注意が幼女リアに向く前にヘイトを稼ごうと群衆の方へ向き直って──




何かが、上に、いる




理屈とか、根拠とか、全くない。このユニーククエストでは、まるで本能に訴えるような直感を感じることは何度もあった。

でもこれは、今までの比ではなかった。


俺も、領民達も、そしてゾンビ達も、皆がある一点を見上げていた。

いつの間にか現れていた、よく見覚えのある、宙に浮かぶ木造の小屋。それがまるで卵の殻のようにヒビ割れていた。


ヒビ割れが広がるにつれて、ドクン、ドクンと、心臓の鼓動のような音が聞こえてくるのは、きっと幻聴ではないだろう。

広がっていく亀裂の中から、何か赤い光が俺の目を射貫いた。


■■■■エフォリ ■■■■■アプックリ


錆びた鉄にヤスリをかけるような、それでいて黒板を爪で引っ掻くような、ザリザリとした耳障りな声だった。それだけで周りの領民達は足が震え、その場にへたり落ちる者もいた。


■■■■エフォリ ■■■■■アプックリ


やがて小屋が瓦礫となって降り注ぐ。宙に残された黒いソレは、丸めた体を徐々に戻していく。

……なるほど、今リアに聞いていた通りの姿だ。馬頭のケンタウロス。人要素はそのムキムキな胸板と両腕のみだが、その両手は牙の鋭い狼と、嘴の鋭い鳥になっている。


■■■■エフォリ ■■■■■アプックリ


ズシンという音と衝撃と共に、ソレは頭を持ち上げ俺たちを睥睨した。

……小屋より一回り大きいくらいを想像してたけど、頭のてっぺんは樹木を優に越えていた。


魔王の3つの首がたわみ、地上へ向け下ろされる。そして宙に釣り上げられる人影。そこにはゾンビも、まだ無事な領民もいて──

次の瞬間には、その全ては丸呑みにされた。領民達から悲鳴が上がる。


■■■■エフォリ! ■■■■■アプックリ!』

■■■■■■イエイクァッ! ■■■■■■イエイクァッ!』

■■■■■■■■バッタシホクアッ! ■■■■■■■■ホジェシホクアッ!』

『『『■■■■■■エキュクァッ■■■■ジジャア■■■■■■ァァァァァァ■■■■ァァァル!!!』』』


産声を上げた絶望から紫電のオーラが迸る。それは同時に開戦の狼煙であり、蹂躙の号砲であり、滅亡への足音であった。


────────────────


『魔王 イゼルシュレット・エゼ』と会敵しました。

【被食の烙印】が付与されました。


────────────────


ウィンドウが表示されたお陰で、ハッと俺は正気を取り戻した。

リアル過ぎる没入感も考え物だ、お陰で動きが止まってしまった。


悲鳴、懇願、逃避、慟哭、そして足音と嚥下音──少なくとも聞いていて精神衛生上よろしくない音から耳を塞いで、バクバクと跳ねる胸を押さえながら、なるべく1歩引いた立場で、画面の向こう側を眺めるようなつもりで状況の確認に努める。


まずは出しっぱなしのウィンドウからだ急げ。

まず魔王の名前は『イゼルシュレット・エゼ』……語感的にドイツ語か?ドイツ語は勉強してないから意味はわからないけど、最初のイゼルはきっと、ロバのイーゼルから来ているんだろう。


『被食の烙印』は恐らくこのボス戦のギミックだろう──説明を読もうとウィンドウに伸ばしかけた指を引っ込め、俺は飛びかかってきたゾンビの腕を屈んで避けた。


いつの間にか俺は囲まれていた。見える範囲に無事な領民はもういないようで、意味のある声はもう聞こえない。

幸いと言うべきか、魔王はゾンビも捕食するし、手近なゾンビから食らっていくようだから、まだ俺と魔王には距離があるし注意も向いていない。


「今のうちに減らしますか、ね!」


襲ってくるゾンビを誘導して、足をかけて反対側にぶつけて、隙を作って攻撃する。


山賊ゾンビと違って、新規のゾンビは動きが遅い。動きが遅いならそれは、テラレプスに包囲されるよりも簡単な状況だ。


他に何の要因もなければ、の話だが。


────【被食の烙印】が疼く────


そんな表記が見えた瞬間、突然体が重くなった。


「なっあぶっ!?」


こちらに倒れ込んでくるゾンビを転がって避ける。

何が起こったか。確認のため素早く周囲を見渡せば、ゾンビからも、そして俺からも、赤い煙が薄く立ち上って、それが魔王の口に吸い込まれていた。


そして煙が見えなくなっても吸い込む動作を止めない魔王が胸を反らして、再び紫電のオーラを纏い──


『『『■■ハァ■■■エクス■■■■■■リィィィィィ!!!』』』

「うわっ!?」


再び、咆哮。風圧を伴うそれは容易に俺たちを吹き飛ばした。


────────────────


【被食の烙印】が付与されました。


────────────────


そしておかわり。いや、追加か?ステータスを見ればスタックが2になっていた。

タイミング的に体が重くなった原因はこいつのはずだ。ゾンビ達の動きも鈍くなっている。

演出的にも、恐らく──


────────────────


【状態異常:被食の烙印】


魔王の供物と見做された状態。

戦闘時間が5分経過毎に魔王との距離が30m以内の場合、スタック値に応じたHP最大値、MP最大値、全ステータスが吸収される。

戦闘時間が5分経過毎に魔王との距離が30mを超えている者が1人でもいる場合、魔王との距離に応じてヘイト増大(極大)。

魔王は5分経過毎に、全体へ【被食の烙印】を付与する。


────────────────


予想よりも面倒な状態異常だった。ただ吸収される条件と、一部とはいえ魔王の行動がわかるのはありがたい。というか離れているほどにヘイト増大って。魔王からは逃げられないってか?

でも正直なところ、5分の時間と30mなんて距離を意識しながら戦うのは難しいのだが……


ギミック的には短期決戦推奨ってところか?


「……ひたすらにゾンビが邪魔だな」


赤い煙はゾンビからも出ていた。つまりゾンビも吸収していると考えた方がいいだろう。

「減少する」ではなく「吸収される」という文言である以上、魔王が強くなっていくと考えた方が自然だし。


なので俺は、当然のようにゾンビの数を減らすために、藻掻いているゾンビに止めを刺した。


瞬間、悪寒。魔王の3対の目が俺を見据えていた。

マズった。理由はないが確信し、俺は慌てて横に飛び──


『『『■■スラ■■■ディエ■■■■■■ェェェェェェ!!!』』』


木々を薙ぎ倒しながら、魔王が突進していた・・・・


ふざけんな、速すぎる!目で追えなかったぞ!?馬だからか!?その巨体でそのスピードは普通に脅威なんだが!?


魔王の狼の口にはくの字に折れたゾンビが。ついさっき俺がトドメを刺したゾンビだ。


「……あれか?狙った獲物は逃がさないし、獲物を勝手に狩るのは許さないって?」


ゾンビを丸呑みにした魔王は、また最初のように近くのゾンビを貪っていく。


「随分と食い意地が張るようになったなぁイーゼル?」


軽口で心を落ち着かせる。さすがにあれは特殊行動のはずだ、通常攻撃があのレベルだと、入念に罠とか準備しないと倒せない。


かと言って、魔王がゾンビを食べきるまで待つのは時間がかかりすぎる。烙印がいくつになるかなんてわからない。結局ゾンビを減らさないことには何もならない。


「……よし」


あの勢いは時短に使えそうだよな?


俺は魔王から遠そうなゾンビを転ばせ、首を攻撃して倒す。

そして倒した瞬間にその場を離れれば──


『『『■■■■イェェイ■■■■■■■ホォォォォォォ!』』』


魔王が飛んでくる。でもいいのか?そんな勢いじゃあ──


■■■■イエイク ■■■■■■イエイテアッ!?』


せっかくの食糧を踏み潰しちまうよなぁ?

魔王は自分で蹴飛ばしたゾンビを喰おうと右往左往して暴れるが、やがてピタリと止まって、6の瞳で俺を睨んだ。


■■■■エフォリ ■■■■■アプックリ

■■■■■キュエルエ ■■■■■キュエルエ ■■■■■エンキュエ■■■■■クセミュエ

■■■■■■■ジェクァッリド ■■■■■シビイリド

『『『■■■■■キュエルエ! ■■■■■キュエルエ! ■■■■■キュエルエ■■■■■ェェェェェ!!!』』』


魔王が叫ぶ。明確にヘイトが向いたことを肌で感じて、俺は身構えた。

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