第32話 あの日の惨劇

「大まかな流れは省略します。恐らくドットレス様もご存知でしょうから」

「つまり、魔王と会敵してからってこと?」

「魔王……神話の。なるほど、言い得て妙ですね」


今リアは納得したようにうんうんと頷いた。


「その少し前から、と言いますか、こちらの私が経験するであろうこと、ですかね」

「幼女リアが?」

「今、あの子は少し遠い領地へ、ゲルマンと一緒に、貴族の客へ楽器配達に向かっています。それから帰ってきた日が、ちょうどあの日になります──」




仕事を終えて男爵領へ向かう私たちは、収穫祭の時期ということもあって急いで戻っていました。

今思えば、少しゲルマンの様子がおかしかったようにも思います。私よりもゲルマンが、領地へ帰ることを急いでいましたので。


領地に到着した私たちは、動物たちが心配だと言うゲルマンに引っ張られて真っすぐ小屋まで走りました。その時から領地には煙がいくつか登っていたように思います。

東の森へと逃げてきた領民たちと合流しましたが、構わずゲルマンが先行したので、皆で追いかけたんです。


すると突然、私たちの後ろから悲鳴が上がりました。いつぞやドットレス様が倒したゾンビの残り2人が、あの時は3人でしたが、後ろから襲ってきたんです。

しかも殺された領民は新たにゾンビとなって襲ってくるので、大混乱でした。


そして、アレが現れたのです。いつからか空に浮かんでいた小屋から大きな音が鳴って、ヒビが入っていくのが見えて、そして小屋には収まらないような大きさの魔王が。


その後はひたすらに逃げていました。確か魔王は私を執拗に追いかけていたと思います。何度も攻撃されましたが、当たらなかったのは本当に運が良かったと思います。

その時助けてくれたのが魔女様ですね。黒い大きな猫の姿の魔女様に咥えられて、その時は分からずもうダメなんだと気絶して、よく分からない内に全てが終わっていました──




「──無責任な言い方だけど、大変だったな」

「トラウマですよ。自己防衛で記憶がなくなるのも仕方ないと思います」

「ありがとな、そんな辛いこと話してもらって」

「いえ、必要なことですから」


平然を装ってそう言う今リアだが、よく見れば額に汗は滲んでいるし、手は小刻みに震えている。まだ完全に乗り越えられていないのは明らかだった。

それでもこれは聞いておかなければならない。


「……最後に1ついいか」

「どうぞ」

「魔王の姿ってわかるか?」

「……そうですね。天使様はケンタウロスという『悪夢の使者』をご存知ですか?」

「上半身が人で、下半身が馬の?」


というか『悪夢の使者』って、シャルも言ってたな。一般的な言葉なのかね?


「はい。そのケンタウロスを森の小屋より一周り大きくしまして、全身が真っ黒です」

「ふーん、なるほ──」

「そして頭は馬、左手は狼の頭、右手は鳥の頭でした」

「──ほう?」


なんかキメラのようだが……いや、待てよ?まさか──


「今、動物楽団ってどうしてたっけ!?」

「はい!?えと、確か──」


突然の大声ごめんね。でも非常事態なんだ。


「な、夏は、わかりません。ゾンビ騒動があった春から動物楽団はこの領主の館で過ごしているので──むしろドットレス様が知らないんですか?」

「マジ?」


春は魔女戦ばかりに頭が行ってて全然気が付かなかった。

いや待て、だったらまだ出来ることが!


俺は応接間を飛び出て、リーヴェか動物達を探す。

キッチンにメイド服を見かけた。


「リーヴェさん!」

「え、ドレスちゃん。どうしたのそんなに慌てて──」

「春からいる動物楽団!今どこにいる!?」

「えぇ?えと、あの子達ならドレスちゃんが寝ている間に帰ったわよ?」

「そ、そう……」

「ドットレス様!」


そこへ今リアが追いついてくる。


「どうしたんですか?」

「……いや、何でもない。応接間に戻ろう。リーヴェさんも、突然詰めかけて申し訳ない」

「ああうん、いいのよ?」


リーヴェは終始首を捻っていた。




「──それで、何か気付いたんですか?」

「ああ、うん。落ち着いて聞いて欲しい、って言われて落ち着くわけでもないけど……」

「はぁ」

「その魔王って、ゲルマン、イーゼル、ハンド、ハンスじゃないか?」

「え……え、え!?えと、どういうことですか!?」

「最近、色々あって魔王の魔素?まあ汚染が見れるようになって。その時イーゼルとハンドとハンスはかなり汚染されてた、と思う。ゲルマンは確認してないけど、様子がおかしくなったなら、あり得ると思う」

「そんな……いえ、だから……」


考え込む今リア。どうやら何か腑に落ちた部分があったようだ。


「……助けられないのでしょうか?」

「やってみる。でも方法がわからないな……」


魔王化から元に戻せるなら最高。でもない場合は最悪──

その可能性は、今リアも考えていたようで。


「……可能な限り、救出の方法を模索します。でも、どうしても間に合わない場合は──」

「言わなくていい。それは俺の仕事だ」

「……はい」

「そうだ、確かカッツェーリラはあまり汚染されてなかったはずだ。ヒントはそこにあると思う」

「そうなのですね。わかりました、探してみます」


うん。折角今リアが立ち直ったのに絶望させるのは鬼畜の所業だ。思い出せて良かった。

……ああ、そうだ。


「リア。前に『即鍛錬の調エチュード』を教えてもらった時のこと覚えてるか?」

「え?ああ、はい。覚えていますが」

「あの時、リアは候補として曲を1つか魔法を2つって言ってたよな?俺は『魔素変換』は習得した。魔法2つを教えてもらうことは可能か?」

「──なるほど、わかりました。今は少しでも力が欲しいところですから」


今リアは頷き、指を2本立てる。


「私がお教えできるのは『詠唱』と『魔法陣』です。どちらも簡易的なものですが、それでもいいですか?」

「よろしくお願いします、リア先生」

「反省していませんね?」


天丼したらジト目で見られた。

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