第31話 3節遅れの忘れ物
夏になった。正直この時期になると新しい発見とかはあまりない。
せいぜいがシャルが集めた騎士達が領内、特に森の中を巡回しているぐらいであり、この季節は俺は外に出るつもりは、
1周目も結局、ルシア・オリーヴがいなければ森を見て回ることが出来なかったからな。絡まれるのも嫌だし、見るのも少ないし、いいやという考え方だった。
幸いなことに、シャルにもがれた左腕は寝ている間に治っていて懸念要素もなくなり、部屋にこもって何をしようか、いっそ時間を進めるか、と考えていたときだった。
「来客ですか?俺に?」
「そ、そうなのよ。断ってもいいのだけど」
「いや、気になるから話だけでも聞いてみますよ」
相変わらずメイド服姿のリーヴェから伝えられて、俺は暇つぶしがてらと承諾した。
いやまあ、正直かなり油断していた。何だかリーヴェの様子がおかしいのも、よく見ていれば気付いたはずだったのだが。
先に応接間で待っていた俺が出迎えたのは、見間違うはずもない女性だ。
何せ顔のパーツの色合いなら、ここ最近よく見かけている。朱色のジャケットと赤黄黒のドレスは幼女は身につけてはいないが──いや、迂遠に言う必要もなし。
一瞬の混乱が頭を過ぎ去った後、俺はやっと口を開いた。
「……久しぶり、リア」
「……お久しぶりです、ドットレス様」
現実時間では昨日会ったばかりの、しかしここでは9ヶ月振りの今リアだった。
「領主の館に来るとは思わなかったなぁ」
「行くまでは抵抗はあったんですけどね」
応接間をゆっくりと歩いて回る今リア。その顔は緊張と共に、どこか遠い風景を見るような目をしていた。
「……ですが、いざ入ってみれば懐かしいものですね」
「リアからすれば、ここは実家だもんな」
「ええ。元通りの領地との再会の時にも感じた高揚感があります。領地も特別ですが、家も特別だったみたいですね」
と、そこで俺の方を向き、ジト目で見てくる。
「私こそ、当初はドットレス様がこちらにいるとは思いもしませんでしたよ」
「そう?いやまあそうか」
普通コネも何もない、しかも見た目薄汚い孤児の俺が貴族の客になるはずないからね。
でも、
「そうなると、何でわかったの?」
「冬の終わり頃ですか、ゲルマンと、こちらの私が話しているのを偶々耳にしまして。ただその後も覚悟が付かず迷いまして……」
今リアが視線を落とす。
「夏になって、ようやく重い足を動かしました。ドットレス様が眠っていましたらどうしようかと考えていましたが、最初で会えたので、正直ホッとしています」
「そっか……リア、いや、ラートリア」
俺が愛称ではない呼び方をする。今リアはゆっくりと俺に視線を合わせた。
視線が合ったと感じたところで、俺は頭を深く下げる。
「すまなかった。あれだけ大丈夫だと言っておきながら、俺はラートリアを死なせた。領地も滅ぼしてしまった」
「っ」
「それに、本当はもっと早く探さなきゃいけなかったのは俺の方だ。だけど俺はラートリアを長く放置してしまった。本当に、すまない」
「…………」
頭の上で今リアが息を呑むのがわかった。
探り探りで話題にするべきだったろうか?だが俺はこうする以外の方法なんて、わからない。
数秒か、数分か、応接間は時が止まったように静まり返り、それでも俺は頭は上げなかった。
ふわり。と頬を空気の流れが抜けていく。頭を下げていた俺は、いや、下げていたからこそ俺は、今リアの行動がわかり、思わず頭を上げて、言葉が口を突いた。
「……どうして」
「お互い様だからですよ、私の天使様」
今リアが跪いていた。まるで騎士が王へ礼するようなそれは、しかし俺の目を見る顔はとても優しく穏やかな様子に見えた。
「天使様の力になると言っておきながら、結局は任せきりで、有事の際にも私は何もできませんでした。自分の弱さから逃げました。天使様のせいにして、理不尽に恨んだこともあります。きっと天使様が探しに来ていたら、私は天使様に恨み言をぶつけていたかもしれません」
「なら、そうすればいいだろ?リアにはその権利がある」
「あの顛末の責任は、滅亡という一大事を忘れていた、いえ、逃げて忘れた私にもあります。天使様だけではありません」
「忘れたなんて、誰でもあるだろ。俺だってこの2周目の数日で、今リアのことを忘れていた時だってある」
「そう言われると少し複雑ですが……」
今リアが苦笑する。
「だからこそ、お互い様でしょう──気付きませんか?」
「な、何に?」
「振る舞いこそ違いますが、今の天使様は、天使様に出会った頃の私のようですよ?」
「い、いや、これは──」
「聞きません。あの時の天使様は強引に、でも丁寧で誠実に向き合ってくださいました。今の私はその真似事です」
「……好意的に捉えすぎだ。あれだって打算混じりだぞ」
「分かっていますよ。天使様には何か別の目的、別の視点があるんだとは薄々感じていますから」
それに、と今リアは悪巧みする幼女リアのような顔をした。
「これだって打算混じりですよ?何せ天使様が動いてくれなければ、領地は滅亡して、私の2年間は無に返り、再び悪夢を見ることになるんですから」
「……はっ」
呆気に取られるとはこのことか。言葉の理解が追いついたとき、思わず笑い声が漏れてしまった。
「逞しくなってるな?」
「これが素ですよ。多分ですが」
全く。
これがNPCとは、本当に信じられない。
面倒なことを考えるのは止めたんだ、俺も吹っ切れることにしよう。
「わかった、もう俺は謝らない。また力を貸してくれるか、リア?」
「もちろんです。今度こそ向き合ってみせましょう──ところでこのポーズには触れてくれないので?」
「生憎と、元な上に公爵なのは名ばかりで、騎士の礼を捧げられたことは皆無なんで」
「つれないですね」
そう言って立ち上がった今リアは俺に手を差し出す。
俺はその手を強く握った。
────────────────
『ラートリア・ビネガー Lv:?』がパーティに加わりました。
────────────────
「さて、では覚悟が決まっているラートリア。あの時のことを教えてもらえるか?」
「わかりました、お話しましょう──その前に座りましょうか」
対面に座ると、今リアはあの時の出来事を話し始めた。
(申し訳ございません天使様。私の隠し事を1つお許しください)
(天使様に会いに来るのが遅れたのは、気まずいからではなく、気付いてしまったからなのです)
(領地が救われ、全てが大団円となった時、きっと私はそこには──)
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