第30話 魔女、魔王、天使、堕天使

「シャルボート・カバラよ?『夢幻の魔女』の方が有名かしら?」

「その呼び名も聞いたことないけどな」


正直ありきたりだとは思うが、確かに陽炎や白昼夢のように体が霞む様子は『夢幻』にぴったりだとは思う。


ちなみに今俺たちがいるのは領主の館の応接間。連れてきたら驚かれた。バルトはめちゃくちゃ萎縮して下手に出ていて、リーヴェはしれっといつの間にか逃げていなくなっていた。

そりゃそうだよね、魔女で侯爵だもん。普通怖いよ。俺だって今になって怖くなってきたし。

……もう一声、俺の左腕がなくなっているのにも気付いて欲しかったのは欲張りだろうか?

というか欠損って、いつ治るんだろ。


「それは残念ね?残念なのかしら?」

「さあ?それでまず聞きたいんだけど、何で俺を覚えてたの?」


気を取り直して、努めて軽く俺は最初の質問をする。

これに対してシャルも軽く当たり前のように答えた。


「魔女だからかしら?」

「そういうものなのか?」

「そうね?」


シャルがカップを持ち上げ、中の紅茶に口を付け、離す。


「やっぱり美味しいわね?」

「そうだな。それで?」

数百・・数千・・?ここが幾万と繰り返す・・・・・・・空間の1つだと知るのは、魔女と天使くらいかしら?」

「え?」

「ここでは私だけね?」


ちょっと待って。ここって俺のクエストの時だけじゃなくて、ずっと何度も繰り返してるの?

それを知ってるのが俺たち天使なのはともかく──


「魔女って、何なの?」


魔女は俺がデザインしていないキャラ達であり、βでもいなかったらしいキャラ達だ。

それが強い分には問題ないが、色々と知りすぎているのはどうなのだろうか。


この質問に、シャルは少し考える素振りをした。


「難しいわね?前に天使に会ったときは、『バグ』と呼ばれたかしらね?」

「バグ」

「虫って意味よね?失礼よね?失礼だわ?」


確かに『バグ』の元々の意味は虫だ。だがそれがプログラムの話だと意味は『不具合』に変わる。元々はアメリカの大学のコンピューターに虫が入り込んだのが語源だっけ?


このバグという言葉がキャラに対して使われるのは、そのキャラが想定通りの動きをしないときかな。


そんで、魔女はバグキャラ?確かに強いけど……バグやチートレベルではないと思う。だって今の俺で勝てたし。いや、まだ本気は全然出されていないけど。


さすがに魔女には、ここがゲームだというメタな認識はないようだ。


「私は虫ではなく人のつもりなのだけど?」

「あー、うん、それについては判断しかねる」


その天使がどちらの意図で言ったかは分からないが。もしかしたら本当に虫扱いしてきたのかもしれないし。


「でも、そうか。シャルはずっとこの領地が滅ぶのを見てきたってこと?」

「そうね?」

「でもそれって、原因の一端はシャルにあるよね」

「そうね?」


平然と肯定するシャルの顔には、苦悶も罪悪感も浮かんでいなかった。


「西の森から押し寄せてきた魔物って、やっぱりシャルの仕業なんだな」

「カマかけのつもりかしら?別に隠すことでもないわ?」

「何であんなことを?」

「いくつか理由があるわね?」


再びシャルは紅茶を口に含んだ。


「1つは馬鹿共の処理ね?」

「は?」


唐突に出てきた『馬鹿』という言葉が指すのが分からなかった。


「夏頃に湧いてくる騎士擬きがたくさんいるでしょう?あれらを一所にまとめて、災害の名目で一掃するのよ?爽快と思わない?」

「いきなりエグい陰謀だな!?」


そういうキャラだと認識はしていたが、それでも引いてしまった。


「──あれ?でも秋になれば皆帰ってなかったか?」

「キチンと有能な騎士も夏に集めているのよ?そして有能な人は直前に帰してしまえばいいのよ?騎士擬きだけを集めるのはさすがにあからさま過ぎるのよね?」

「うえぇ……んんっ、2つ目は?」

「2つ目は見ての通りよ?ビネガー男爵領を滅ぼすためね?」

「ッ、だから何で滅ぼさなきゃ──」

「最後に、『アレ』を叩き起こすためね?」


苛立ちそうになった俺に対し、シャルは早々にもう1つの理由を叩きつけた。


「……アレって?」

魔王・・のことだけれど?」

「魔王!?」


すんなりとシャルは出してきたけど、当たり前のように紹介すんな!GDOでは初出だぞ!?


「そうね?いつからいたのかは知らないけど、男爵領の半分くらいは深いところで汚染されているものね?土地を潰す必要があるのよ?」

「土地を潰す?住民は?」

「誰も殺すつもりなんてないわ?実際私の眷属に誰も襲われていないはずよ?建物は壊したけれど?」

「……俺は思いっきり攻撃されたんだが?」

「それはあなたの体質の問題ね?」

「だったら何で西の森から襲わせるんだよ。領民が東に追い立てられて、結果全滅するんじゃねえか」

「準備ができるのが西だけだったからだわ?」

「何でわざわざ収穫祭の時期に?」

「逃げた商人から情報が広まるでしょう?それで暫くは跡地に誰も近寄らなくなるでしょう?」


こいつ悪びりもしねえ。俺は痛くなる頭を押さえて、溜息と共に先を促した。


「はぁ……それで、魔王を叩き起こすっていうのは?」

「どうせいつか目覚めるのよ?不完全なところで目覚めさせた方が討伐しやすいでしょう?」

「そもそも魔王って何なんだよ」

「……天使なのに知らないのかしら?ヤブかしら?」


お、初めてシャルの顔が微笑から変わった。「嘘だろ」と言わんばかりの呆れ顔だが。

って、誰がヤブ天使じゃい。何だその言葉。


「……神話の時代からいるらしい化け物のことよ?正しくは迷宮種・・・とか言うらしいのだけどね?あれはまず周囲に擬態する『繭』──迷宮を作って、人々の欲望から具現化させた宝を置いて人を集めるのよね?宝以外には『悪夢の使者』を徘徊させて、行く手を阻むことで願望を煽るのよ?ある程度の欲望を集めたら『羽化』──『繭』が割れて、魔王のご誕生というわけだわ?」

「繭?羽化?」


迷宮は生き物である、という設定ならよく転がっているものだが、繭に羽化など壮大すぎる概念にイマイチこう、ピンとはこないが……


「バベルだって、魔王を封じるための神々のでしょう?」

「え、そうなの!?」


槍!?塔にしか見えないんだけど、槍なの!?

というかシャル、バベルのことまで知ってるのか。あるのか、この時代に?あんな巨大なものを見かけていないのだが……


「この辺りにあるはずないでしょう?バベルから離れているから残党が息をしているのよ?」

「そ、そうですか……そういう事を知ってる魔女って、本当に何なんだ?」

「さあ?私もなれるからなっただけだわ?」


さいですか。


「……まとめると、魔王が完全に羽化する前に強制的に目覚めさせれば、人に倒せるレベルではあるってことか?」

「そうね?それとね?私は直接は戦わないわ?」

「え?」

「遠くから弱体化はしてあげるから、後は聖剣使いと天使様に任せるわ?」


聖剣使い……ああ、ブライエンか。ならブライエンの説得がやっぱり必要だなぁ。


「……そもそも、ビネガー男爵領を滅ぼす以外の手段は取れないのか?」

「出来ないわね?過去と大きく違う行いをすると世界ごと潰されてしまうもの?別の何かにね?」

「……なんか、スケールが違うな」


真っ正面から勝てるようになるのはいつの日か……

と、ここで今度はシャルから尋ねてくる。


「ちょうどいいから訊くわね?」

「ん?」

「天使様は『堕天』するつもりかしら?」


堕天のことまでって、本当どこまで知られているのだろうか……


「まあ、場合によっては」

「そういう心持ち?まあいいわ?」

「何か関係があるのか?」

「さあ?」


こいつ……意味深なこと訊きやがって……


「シャルはどう思うんだ?堕天について」

「さあ?まあ好ましくはないんじゃないかしら?魔女と同じよ?それ以上かも?」


魔女と同じ……称号の雰囲気から魔女の扱いは何となく察せる。それ以上かもしれないと……


「まあ?敵にならないことを願うわ?」


最後にシャルがカップを傾け、紅茶を飲み干した後、こう尋ねてきた。


「それで、2回目のお願いはどうするのかしら?私と一晩遊んでみる?」

「そんなタマじゃねーだろ、からかうな!」

「あら?何を考えたのかしら?」

「何も考えてませんー」


第一、こんなところで2回目のお願いを使うつもりはないのだ。

何故って?勝手に使うかもって言ってる奴相手にラスイチ残すとか出来るわけないだろ。




この後は、丁寧にシャルにお引き取り願った後、夜まで待ってゾンビを潰した。片腕がなくとも一度戦った相手、危なげはなかったが殲滅力がやはり足りず、また2体を逃がす結果となった。

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