第29話 前言撤回、あれは嘘だ
「──あら?」
春の木漏れ日の下、魔女は想定外の待ち人に笑みを浮かべた。
「もう会わないと思っていたわ?惚れられたのかしら?それとも?」
「俺にロマンスは似合わないよ」
頭上に光輪を浮かべた褐色の天使は言う。
「きっと何かメリットがあるんだろう。デメリットもきっとあるんだろう。でもそういうのを深く考えるのは止めた、面倒臭いからな」
「それで?」
魔女の微笑は崩れない。対して天使が魔女を見据える表情には獰猛な笑顔と落ちる冷や汗。
「とりあえず強敵を見つけたら、まず挑んで逝くのが俺らっていう人種だって、思い出したんでな……お相手、お願いしても?」
人はそれを、開き直りともヤケクソとも呼ぶ。ストレスが溜まっていたことを自覚した天使は、最低限の理性だけを残して魔女の前に現れていた。
「あら野蛮ね?でもいいわ?求められるのは女冥利に尽きるものね?」
「どうも。対戦よろしくお願いしますってなぁ!」
天使の初手は突進での体当たり。突き出された肩が魔女にぶつかる直前に、魔女の体が霞のように歪み、天使は魔女の体を突き抜けた。
「兎のように威勢がいいわね?でもこれでは退屈ね?」
おおいマジか、何かのアクションはあると思ったけど、すり抜けるとは。しかも何事もなかったように話されるとちょいショックだ。
「そうだわ?30分あげるわね?それまでに私に触れてごらんなさい?私は攻撃しないし、1歩も動かないわ?」
その上こんな舐めプ宣言までされるとさすがにイラッとしてしまうが、そのぐらいの戦力差があることを自分に言い聞かせる。
「触るっていうのはっ、魔法でもっ、投げた石でもっ、いいのでっ?」
「そのぐらいはいいわよ?私に当てられるならそれでいいわ?」
「自動バリアーとかっ、あったら絶対っ、突破できないとっ、思うんですがっ」
「安心なさい?私に障壁の類はないわ?」
今の自分にできる限界を振り絞って、木々の根、幹、枝も足場にして縦横無尽に侯爵夫人へ攻撃を続けていくが、夫人は視線を向けることすらせず、俺との会話に興じる始末。
凄まじく緩い条件になったが、恐らくそれでも全力を賭して届くか届かないかぐらいなのだろう。ならば俺はやり続けるのみである。
「速いわね?」
「見向きもしないっ、みたいだけどなっ」
「いいのかしら?スタミナが保つかしら?」
「知らねっ」
方向転換時に石や枝を蹴り飛ばしてみても、結果はすり抜けるまま。頭のてっぺんから足払い、尻尾まで、波状に狙ってみても、半ば無作為にやってみても、攻撃は空を切る。
「不思議だなっ、どんな力なんだよっ」
「魔女の力に興味を持つのかしら?魅入られた者の末路を聞きたいのかしら?」
「力に溺れた奴のっ、話なんざっ、山ほど聞いてらぁっ」
「偉いわね?賢いのね?賢いのかしら?」
「どっち、だっ!『魔素変換・風』!」
大振りの腕に緑色のオーラが纏わり、そよ風程度の追撃を与えてくれるが、それは夫人の服も、髪すらも動かすことはなかった。これにはさすがに俺も動きを止めてしまう。
「風で髪が揺れもしないって……何、本体はここにいないで、ここにあるのは幻影ってオチ?」
「幻影?幻影ね?そうね?そうだわ?でも今は違うわ?」
初めて夫人と視線がぶつかる。
「狐は化かすものよ?それが魔女ならどうかしら?」
「……それがあんたの能力ってことか」
「正体はどうでもいいわ?安心なさい?キチンとこれが本体よ?」
「本当かよ」
「私は騙しても嘘は吐かないわ?」
言葉が矛盾してるけど信じるぞ、本当に、切実に。
「……よし、1つ試してみるか」
「何か思いついて?」
さっきまでとは変わって、俺は夫人へそっと手を伸ばす。
その手が肩を掴んだと思えば、夫人の肩は陽炎のように揺らめき触れることができない。
「……ダメか」
そのままの状態でしばらく待ってみたが、手はずっと空を掴むのみだった。
「女性に触り続けるなんて大胆ね?」
「その言い方は悪意があるだろ──ん?」
そういえば。
俺が手を伸ばしている左肩は霞のように揺れているが、他の部分は一見普通だ。
だが体全てが透過してしまうのは、先の数分のラッシュで分かっている。
……賭けるのならば。
俺は夫人へ向けて1歩踏み出した。
「あら?今度はどうされてしまうのかしら?」
「その手のからかいは本当に止めて欲しいなぁ」
さらに1歩、もう1歩と距離を詰めれば、俺と夫人の間の距離はなくなる。
そして
……ちょっと身長が足りないな。万歳をするように両腕を挙げて高さを稼ぐ。
「……へえ?」
「俺にできるのは、この状態で時間終わりまでいることぐらいかな」
現実的にというか、物理的に起こりえない現象には魔法が関わっている。
この感覚はゲーマーならば誰しもが頷いてくれる類のもののはずだ。もちろん『魔法』の部分はそのゲームによって名称は違うだろうが、とりあえず物理法則を超越したものだ。
そして俺がGDOの種、α版を作るに当たって厳守したのは、超物理的なことのほとんどにはMPを消費させること。ステータス画面などのUIやキャラ成長は例外だが、それ以外では徹底した。
この原則が製品版にまで引き継がれてるかはわからないが、四天王大学グループならば妥協しないという、無責任だが信頼があった。
今回は、どんな物理的な接触も体が霞んで無効化されてしまうというのは、さすがにノーコストで行われているとは考えにくい。全身を常に霞ませるのではなく、部分を瞬間瞬間で霞ませているのも、コスト節約のためだと予想した。
つまりこうして夫人の中に入ってしまえば、夫人のMPを浪費させられるのではないかと考えたのだ。
賭けなのは、30分という時間で夫人のMPを枯渇させられるのかというところと、そもそも仮設が正しいかというところだが……
「ふふ、ふふふ──」
果たして、カバラ侯爵夫人は袖を口に当て笑っていた。
「いいわ?すごくいいわ?いいわね?気に入ったわ?」
「期待に応えられましたかね」
「それ以上よ?
「そりゃあ良かった。この勝負は俺の勝ちか?」
「それでいいわよ?でも──」
夫人が負けを認めた直後、俺の体は夫人の外に弾き出される。
否、俺の左腕だけは夫人の中に残されたままで──
「少しだけ不快かしら?これで許してあげるわ?」
瞬間、俺の左肘から先が消滅した。腕をもがれた痛みに跪いて顔をしかめれば、【部位欠損】と【出血】の状態異常にかかったことをウィンドウが告げる。
「これに懲りたら、人の中になんて気軽に入らないことね?」
夫人は己の頬に付いた返り血を袖で拭う。
「石でも魔法でも私に触れたら勝ちだったわね?あなたの血が付いたから条件達成よ?」
「……そりゃどーも」
俺の腕の断面からは赤いポリゴンが出ているだけなので、本当に血が出ているわけではないが。
ただ夫人のその言葉は、新たなウィンドウでもって証明された。
────────────────
キャラ経験値を0獲得しました。
ジョブ経験値を72獲得しました。
アーツ経験値を0獲得しました。
職業『音楽家志し』がLv:8になりました。
SPを1獲得しました。
技能『観察』がLv:3になりました。
技能『軽業』がLv:2になりました。
技能『跳躍』がLv:2になりました。
技能『魔素変換』がLv:2になりました。
技能『呼吸法』を獲得しました。
称号『ミニマリスト』を獲得しました。
称号『魔女に抗う者』を獲得しました。
称号『魔女の友好者』を獲得しました。
【※注意※】
楽器を使用していないため、アーツ経験値が獲得できません。
楽器を装備していないため、獲得できるジョブ経験値に制限があります。
────────────────
……なんか色々増えたな。そんな俺の様子を見てか、夫人が言う。
「天のお告げ?」
「天のお告げ?って?」
「違ったかしら?何か来たのでしょう?」
「え、ま、まあ」
何で分かったのこの人?
「なら先に確認したらいかが?それぐらいは待つわ?」
「……どうも」
色々と知り過ぎな夫人に警戒しながら、俺は新しく獲得したものを見ていく。
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技能『呼吸法』(1/10)
行動中に息を整えると自身のスタミナを回復(微小)。
息を吸って、生を受ける。息を吐いて、死に沈む。
空気こそ命の源と見たり。
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称号『ミニマリスト』
表示効果:パーティメンバーがおらず、素材以外の値段のあるアイテムや装備を所持していないとき、エネミーへの与ダメージ上昇(中)。
常時効果:所持しているアイテムと装備の総額が少ないほど、エネミーへの与ダメージ上昇(極小)。
獲得条件:ソロで、消費アイテムを所持せず、初期装備のみでボスエネミー1体に勝利する。
雇う金が勿体ない。アイテム代もケチりたい。装備の費用も省きたい。
なら、それでもいいか。
────────────────
称号『魔女に抗う者』
表示効果:なし。
常時効果:一部NPCの好感度判定にプラス補正(極小)。
獲得条件:魔女と戦闘を行う。
魔女とは天災。魔女とは厄災。
敵対は愚策。抵抗は論外。過ぎ去るを待つべし。
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称号『魔女の友好者』
表示効果:一部NPCの好感度判定に補正(中)。
常時効果:一部NPCの好感度判定にマイナス補正(極小)。
獲得条件:魔女の好感度が一定値に到達する。
魔女と仲がいいだって?
噂だけでも気狂いとわかるよ。
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好感度マイナス称号が4つ目ぇぇぇぇ!『魔女に抗う者』で耐えたけど、ちょっと、本当にどうしようか。
しかも『魔女の友好者』の表示効果、プラスともマイナスともないけど、つまりどちらにでもなり得るってことだよな……怖い。
あとは……『ミニマリスト』がかなり強い。『隷属する者』で俺は借金塗れだけど、そのお陰でこの称号は光りそうだ。
新しい技能の『呼吸法』も便利そうだ。スタミナが回復すれば、その分取れる行動の幅が広がる。
「──お待たせ」
「終わり?待ってないわ?今来たところよ?なんてね?」
……うん、何だか楽しそうだ。デートの待ち合わせのような反応をされても困るのだが。
「それで私はどうなっちゃうのかしら?」
「……あ」
正直負けると思ってたし、何をしてもらうかとか考えてなかった。
それが夫人にもバレたのか、夫人は一瞬ポカンとすると、また声を出して笑う。
その様子は一切の毒気がなく、むしろかなり幼く見えた。
「ふふふ──いいわ?それならお伽噺のように?お願いを3つ聞いてあげるわ?叶えるかは気分次第かしら?どう思う?」
「まあ、うん、じゃあそれでいいよ」
「
「勝手に使われるのは困るなぁ……」
しかし、次、か。それはきっとサイクルのことを言ってるのであろうから──そうだ。
「俺は夫人のこととか魔女とか、それに今回のこともよく分かってないんだよね。教えてくれる?」
「ええいいわ?1つ目のお願いを叶えてあげるわ?」
夫人改めシャルは、艶然に微笑み俺を見下ろしていた。
鳥肌は、未だ収まらない。
寒気も、止まったことはない。
それでも解決に使えるというのなら。
全て抑えて、魔女だって利用してやる──
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