第28話 Re: Birth of ──

冬を終えて、俺は一度ログアウトした。そこそこ遅い時間ではあったのだが──


「──かな。だから……あ、ハジメ」

「琥珀」


『ネバーランド』の職員室では最年長の琥珀と天人がテーブルを囲んで話をしていた。

俺に気付いた琥珀に近づいて、テーブルの上に広げられた紙と積木を覗く。


「……でっかい円と真ん中に点?何だこれ?」

「開拓地の地図だよ、一応。積木は建物の想定で」

「ちょうどよかったっす。ハジメも疲れてなかったら一緒に考えてくれないっすか?」

「ふむ?」


天人は珍しく難しそうな顔をしていた。


「ハジメにもアナウンスはあったと思うんすけど、拠点発展度が2になったんすよ。それでそろそろ防衛戦が見えてくる3になるんで、どうしようかって話をしてるんす」

「は?アナウンス?」

「え」


当然のように言われたが、少なくともログアウトするまでの間でそういうのは一切聞いていない。


「あれ、うちは森にいても聞いたんだけど、ハジメは聞いてないの?」

「そうだなぁ……ユニーククエスト中だったからかな」

「へぇ」

「まあそれは関係ないや。それで防衛戦のフォーメーションを考えようって?」

「うん。うちらの開拓地は人数が少ないから」

「10と……何人だっけ?」

「20を超えて24になったよ、ハジメと東兄妹と福ちゃん、それにNPCを含めてだけど」


『ネバーランド』には現在23人の患者が接続されている。

しかしその中でも20代の面々のほとんどは、統廃合の時のいざこざだったり、そもそも未だに顔を合わせてすらいなかったりで、共用スペースに来ることは全くない。俺と琥珀と天人ぐらいだ。


「元々が16人っすね。あ、NPCは5人っす」

「強さとかはどんな感じ?」

「今のおいら達より弱めっすかね。ちなみに建てたのは奉納ギルドと宣誓教会、あとは宿屋っすね」

「──全部バベル近くに建ててるんだな」


天人が積木を指さしながら言ったのを見て俺はそう呟く。


「NPCは下手すると死んじゃうんで戦えないとするっす。そんでハジメもいないんで、実質15人でこの広さを守る必要があるんすよね」


防衛戦。βテスト時にはあったイベントらしいのだが、まあ文字通り、開拓地にエネミーが押し寄せてくるのを防衛するイベントだ。

公式サイトでは、毎月の第2土曜日の夕方に、拠点発展度が3以上の開拓地で行われるとか。早速今月からだ。

防衛戦の成果はスコア化され、開拓地間で競われ、ランキング上位にはいいことがあるかもとのことだ。詳細は俺もよく知らないが、まあ特別報酬とかがあるのだろう。


天人が円周上をぐるっと指でなぞるが、俺はその余白に目が行った。


「……この広さ全てを守る必要あるか?」

「あ、ハジメもそう思う?」

「多数相手で、建物が中心に密集してるなら、そこで防御固めた方が絶対効率的だろ。柵とかを新しく作ってさ」

「やっぱりそれしかないっすかねー」


それしかないと思うが……というか、こんなことで悩んでたのか?


「今のは確認っすよ」

「あ、顔に出てた?」

「怪訝な顔が、っすね」

「問題はハジメがいる時なんだよねぇ」

「え?あ、そういう……」


一瞬ディスられたかと思ったが、よく考えれば俺の『被虐体質』のことを指していると気付く。


「ハジメを中に置くか外に置くかで悩んでて……」

「囮兼別働隊で外に配置でよくないか?」

「ちびっ子組が隣で戦いたいって言うんすよね」

「あー」


確かにそれは困る。多数が相手だと、俺が柵の内側だと圧倒的に不利だ。敵は防衛線で戦わないで素通りしようとするし、市街地で乱戦になるし。

敵の数が少なくなった場合なら、それでも──いや、その場合は打って出るな、俺。


「……しゃーない、隣で戦いたいなら強くなれとでも言っとけ」

「貸し1つね」

「返済が滞ってるんじゃないっすか最近?」

「まだ1つ2つしか借りてないだろ……考えとくよ」


目処は全く立たないが……ああもう、考えなきゃいけないことが色々増える……


「…………ハジメさ、今、楽しい?」


そんな時だった、唐突に琥珀がそんなことを言い出したのは。


「どうした急に。楽しいって?」

「いや、どうしたって、その、何か窮屈そうだなーって思って」

「窮屈?」


オウム返しな応答しかできない。それぐらい俺は、琥珀の意図を掴み損ねていた。


「うん。何だか富岳院さんが来る前の顔に似てたから──あ、ハジメが四天王大学グループの学長を知らなかった時ね」

「その思い出させ方は止めろ、分かるから」


しかし……うーん……


「自分じゃ、そんなつもりはないんだけど」

「でも初日とか一昨日とかと比べても明らかにテンションが違うっす」

「天人もそう思う?」

「マジか……」


窮屈そうということは、顔が強張ってるのか?俺は両手で自分の頬を揉む。


「でも今やってるのは楽しいぞ?ユニーククエストなんだから」

「違うでしょ。ユニーククエストの中身が、本当は楽しくなくちゃいけなくて」

「ん?まあ、そうだけど」

「……はぁ……そういえばユニーククエストって今どうなってるの?」


何故か溜息を吐かれたが……そうだな、少し相談してみよう。

ということで、俺はカバラ侯爵夫人の話やラスボスの話、そして今リアの話をした。

……たったそれだけの事だが、何だか頭が軽くなった気がした。


「──あぁ、昼のあれって、そういうことだったんだ」

「昼って、ああ『みんV』か」

「ラートリアさんと別れたのがその時ってことっすね」

「俺はもっとコミュ力持って生まれたかったぜ……」

「調子戻ってきたのはいいけど、ハジメはプログラムだけじゃなくてもっとコミュ力鍛えたら?」


手厳しい。


「いっそのこと、ハジメの思うように行動したら?」

「と言うと?」

「全部勘に任せるとか。ハジメギャンブラープレイ好きでしょ?」

「好きだけど、俺は純粋なリアルラックには自信ないんだが」

「ラートリアさんはどうするっすか?」

「そのタイミングも含めて勘よ」

「本気で言ってる?」


普段の琥珀らしからぬ暴論に俺が尋ねると、琥珀は心底真顔で答えた。


「ハジメって周回運とかそういうのは確かに酷いけど、ここ一番の勘の良さはあるでしょ?あとは謎のビギナーズラック。考えるのに疲れたらそれに任せてみるのもアリじゃないかって」

「酷いとか言うなよ……直感で行動したのが1周目だったわけだけど、それでも?」

「3周目で巻き返せば完勝でしょ?」

「出たっすね、琥珀の男前理ろぐふっ」


鳩尾に拳が刺さり、天人がダウンした。


「……そうか……そうか」


思えば何度か琥珀からアドバイスを貰うことはあった。そしてそれらはいつも、俺の状況を改善してくれた。


「……いつもありがとうな」

「……お互い様っしょ。どういたしまして」


視線をそらした琥珀の顔がほんのり赤くなっているのを、幼馴染みの天人だけが気付いてニヤリと笑った。




なお。


(守護神様って脳筋なところあるし、これが正解でしょ)

(守護神様は脳筋っすからねー、悩むだけ無駄っすよ)


2人からこう思われていたことを、俺が知るすべはない。

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