第27話 ブレーメンの音楽隊

昔々、あるところに、1羽の兎がいました。

その兎には短い角があり、体は希少種の証で金色に輝いていました。


ある日、兎は森の中で1人の黒い猫獣族の男性が眠っているのを見かけました。

興味本位で近づいた兎ですが、そこを傍にいた狐獣族の少女に捕まってしまいます。


兎は逃げようと暴れますが、少女は魔女でした。魔女は何を考えたか、兎に魔法をかけて黒猫にしてしまいました。


それからは魔女と黒猫になった兎の、奇妙な生活が始まりました。魔女は『カバラ侯爵夫人』を名乗り、兎には『カッツェーリラ』という名前が与えられました。


魔女はそれからも次々と猫を増やしていきます。かつては同胞だった白い兎や、鼠や鳥が魔法で黒猫に変えられていきます。

そんな中でもカッツェーリラは特別でした。唯一人の言葉を流暢に話して、侯爵領の首都ウルタールの住人たちと魔女の関係を維持してきました。


しかしそんなカッツェーリラにも寿命が訪れます。生来与えられた命よりも遥かに長く生きた猫は、死の前にやりたいことを考えました。

住人の誰かが言いました。「遠く西のミューベンの地では、毎日賑やかなお祭りをしているそうだ」と。


猫は決めました。森でも、カバラ侯爵領でもない所に行ってみたいと。その日の夜に、猫は領を出ていきました。


西へ西へと旅をする猫は、途中で年老いたロバと犬と出会います。

「なんでぃ、おめぇも音都を目指すかよぉ。そんならおいら達と来るんだなぁ。おいら達は音都で楽団に入るんでよぉ」

そんなロバのイーゼルの誘いに乗って、猫に旅の仲間ができました。


その後、若鶏のハンスを拾った辺りで問題が発覚します。ロバも犬も鶏も、音楽の知識がなかったのです。

必要なことは全て猫が教えました。長く生きてきた猫ですが、この無計画さが逆に気に入っていました。


やがて動物達は冬の森の中で小屋を見つけます。小屋の中には3人の山賊がいましたが、それらを追い出して動物達は小屋の中でしばらく休みます。


──そうして段々と小屋の中の食糧がなくなっていき、そろそろ旅を再開しようかという時に、動物達は1人の女の子と出会ったのです。


それこそが、ビネガー男爵領の令嬢、ラートリア・ビネガーだったのです。


動物達と出会ったラートリアは、猫から事情を聞いて動物達の手伝いをしようと決めますが、一緒に来ていたゲルマンはそれに猛反対します。

喧嘩になった2人でしたが、最終的にはゲルマンが折れ、協力していくことになりました。


楽器工房の弟子のゲルマンにはちょうど卒業試験が与えられており、それを動物たちで行うと決めたのです。

ゲルマンが楽器を作り、ラートリアが使い方を教える。様々な困難がありましたが、それは形となりました。


そんな夏頃にラートリアが収穫祭でのデビューを提案します。動物達は乗り気となり、猫もそれには前向きでした。


皆は頭を寄せ合って楽団の名前を考えます。ああでもない、こうでもないと意見を交わし合いますが、最後には『ブライエン工房』と『ゲルマン』の名前を合わせた『ブレーメン』が選ばれます。


こうして、『ブレーメンの音楽隊』は誕生したのです。


そして迎えた収穫祭の日、初めて観衆の前で行った演奏は、喝采で締めくくられました。

こうして動物達と『ブレーメン』という言葉は大きく広がりました。


しかし新たな問題が浮上します。ブレーメン工房の楽器を欲しがった貴族達が、ゲルマンに圧力をかけ始めたのです。

これを受けて、『ブレーメンの音楽隊』の2回目以降の演奏会は中止となってしまいました。




「──なるほどね」


色々とツッコミを入れたいところが多々あったが、それはグッと堪えて情報を精査する。


「……つまり、カバラ侯爵夫人って、カッツェーリラの元雇い主ってこと?」

「そうにゃ。まったく使い魔使いにょ荒い主人だったにゃ」

「そして、侯爵夫人に楽器を寄越せって言われたんだな?それが嫌ならゲルマンへのコネの要求か?」

「…………」


『ブライエン工房』が貴族でも人気のブランドだというのは今リアから聞いた。

どうせ自分では使いもしないのに、「それを持っている」というステータスが欲しいだけのくせにな。

だから同じことをカバラ侯爵夫人も要求したのだろう。カッツェーリラが特に反論しないことからも、それが正しいのだと考える。


しかし……


「本当にそれが狙いか……?」

「どういうことにゃ?」

「何というか、まだ会ったのは数回だけどさ、あの侯爵夫人がそんなことするかなって」

「……でも実際に言われたにょにゃよ?」

「……うーん……」


何というか、必要以上に俺が恐れすぎてるだけなのか?それとも……


「……何となく、わざわざカッツェーリラを経由しなくてもそれくらい自分でできそうだなとは思うけど」

「……確かにそうにゃ」


カッツェーリラもそう思うのか。


「でもにゃあ、主様は考え方が特殊だからにゃぁ、ちょっと想像するにょは難しいにょにゃぁ」

「ふーん……」


不気味さは感じる。けどそれは自ずと明らかになっていくものだろう。もしくは、春に西の森へ行ってもよいかもしれない。素直に話してくれるとは思わないが。何故俺のことを覚えているのかも気になるし……


「……1周目で力を付けてからって考えて、これかぁ」

「にゃ?」

「いや、何でもない」


場合によっては、いや、確実に侯爵夫人と戦闘になるかなぁと考えて身震い。

──それはそれとして。


「ところでさぁ」

「にゃ?」

「さっきからちょっと後ろから物音してるの、気付いてる?」

「そうにゃにぇ。カッツェにょ予想では──」


1人と1匹が同時に振り返る。すると微妙に茂みに隠れきらない高さに、青緑色の瞳が1対とプラチナブロンドの髪が輝いていた。


「……ラートリア様」

「……何やってるの?」

「あれ、バレた!?」


ぴょこんと跳ねるように立ち上がる幼女リアを見て、俺はカッツェーリラに笑う。


「ははっ、秘密の場所がバレちゃったな」

「んにゃぁ……」

「あー!たまにでてくるおいしいやつだ!いいなー!」

「少し採ってくるよ。その間にカッツェーリラは丸め込んどけ」

「にゃあ!?」


俺は立ち上がって、ルブランベリーを追加で採取に向かう。

まあ、木魚のいないところからでいいだろう。


「──ルブランベリー?」

「これにょ名前にゃまえにゃにょにゃ。こういう川にょ近くににゃ──」


後ろでは何故か、カッツェーリラが幼女リアにベリーの解説をしている。


平和だ。さっきまでややシリアスな話をしていたのに、幼女リアの登場で一気に緩んだ。

リアと言えば……


「……今リアは、どうしてるんだろうな」


苦しそうで泣きそうで、逃げ出してしまった今リアを思い出す。

きっと今リアはまた3ヶ月を過ごしたのだろう。どうにもならない未来過去に近づきながら。


不意に、とても悪いことをしているように感じた。今すぐこのクエストを破棄した方がいいのではないかと、弱気な考えが脳裏を過ぎる。


「……いやいや、そんな馬鹿な」


本物そっくりでもそれはNPC。プレイヤーよりも優先するものではないはずだ。

ないはずだが……


とりあえず俺は、戻ったらカッツェーリラに他3匹のことを聞いてみようと思った。






2人の幼女が去った後。


「……にゃぁ」


水面に己の顔を映す。

思い出すのは己が語った話。皆とミューベンを目指して旅していた、楽しかった・・・頃の思い出話。


その旅路は、しかし──もう──

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