第26話 猫には魔法の屑星を

東の森を割って流れるワルザー川。『マルクトの大河』のモデルらしいこの川には、実はあまり来たことはない。だって近寄ると『被虐体質』で寄ってきた魚が、どう見ても肉食な顔をして水面をバシャバシャと叩くのだ、調査どころではない。


そんな川岸で、1匹の黒猫がまるで円を、もしくは8の字を描くように右往左往していた。

どう見ても普通ではないその様子はもちろん俺は初見である。


「──ん?あれ、靄が……」


よくよく見ると、カッツェーリラには他3匹のような濃密な靄が纏わり付いていなかった。いや、正確にはあるにはあるのだが、俺と比べてもかなり薄い。


どういうことだろうか……あの小屋で暮らしてるなら、あの3匹と同じくらいになって当然なのに……まあ、考えても仕方ないか。


「にゃぁ、カッツェーリラはどうすればいいにょにゃ……」


とりあえず行動と、さっきから同じ言葉を繰り返しているだけのBotと化している黒猫に俺は声をかけた。


「随分と穏やかじゃない様子だな」

「んにゃ!?あ、ラートリア様にょお客人かにゃ」


小さく飛び上がったカッツェーリラは俺を認識するとその場に座り込んだ。それを話を聞く合図だと捉えた俺は隣に座った。

……川辺がバシャバシャいってるのは気にしない。


「で、どうしたの?」

「にゃあ?」

「…………おい」


返事があるかと少し待ってみたが、こいつただの猫のフリして誤魔化しやがったぞ。


「にゃぁ、でも別に話すようにゃことじゃにゃいにょにゃ。気持ちだけ受け取るにゃ」


ふむ?これはあれか、好感度足りてないってことか?

まあ仕方ないよな、カッツェーリラと俺の絡みはほとんどなかったし、今の俺は好感度判定にそこそこマイナスがつくし。


でもそれは己のコミュ力ロールプレイで挽回可能なのは今リアでわかっているッ。

……まあ、めちゃくちゃグダった、いや現在進行形でグダってるけど。


「もしかしてカバラ侯爵夫人のことか?」

「んにゃ!?にゃにゃにゃにゃんにょことかにゃ!?」

「動揺し過ぎだろ」


苦笑しながら指摘すると、ぺたんと尻尾が垂れる。俺は猫特有の金色の瞳を見つめた。


「出会ってまだ2回目の奴に話すようなことじゃないのはわかってるけどな、俺でよければ協力するよ」

「……でもお客人は体が弱くにゃかったかにゃ?」

「ま、まあ3ヶ月に1回くらいしか目覚めないけど」


カッツェーリラがジト目で俺を見てくる。俺は少し目を逸らした。


「と、ともかく、な?」

「にぇぇぇぇ……」


間違いなく呆れられている。自分のコミュ力の低さが嘆かわしいッ。

うるせえ、俺には勢いしかねえんだよ!このまま──


何を喋ろうか必死に頭を空回りさせていると、カッツェーリラが立ち上がった。

失敗?そんな不安がよぎるが、カッツェーリラは川沿いに歩きだし、


「着いてくるにゃ」


一度だけ振り返ってそう言った。




よくよく考えれば、冬までにカッツェーリラの好感度を稼ぐ必要があるのなら、その猶予は収穫祭当日とその準備期間を含めた数日しかないわけだ。

さすがに当日は余裕ないとすると、稼げる好感度は僅かしかないはずだ。


つまり冬にカッツェーリラに塩対応されるのはシステム的に当然なのであって俺のコミュ力が原因なのではない!


そんな理論武装でガラスのハートを守っていると、カッツェーリラの歩みが止まった。


「ここにゃ」


座るカッツェーリラから視線を前に移す。一見代わり映えのない森の風景だが──


「──あれは、ルブランベリー?」


川に面した外縁に植わっている低木には、見覚えのある赤い実がちらほらと見えた。


「知ってるにょにゃ?そうにゃ、あれはルブランベリーにゃ。偶々群生してるところを見つけてにゃ、みんにゃにゃい緒でこっそりいただいてるにょにゃ」

「そんな秘密の場所に、どうして俺を?」

「お客人に手伝ってもらうためにゃ。みにょってる場所はカッツェには少し高いにょにゃ」

「なるほど──俺が持ち逃げするとか思わないの?」

「それにゃらそれで仕方にゃいけど……そにょ時はちょっと痛い目見てもらうかにゃ?」


瞬間、カッツェーリラから凄まじい圧を感じる。それはカバラ侯爵夫人の雰囲気にも似ていて、俺の背を冷たい汗が流れた。

あ、こいつ俺より強いんだ……とギャップに内心苦笑していると威圧感が収まる。


「にぇ、にぇ、ともかく、手伝ってもらうにゃ」


どう見ても疲れているが……それは指摘しないのが優しさだろう。トリックでもあるのかな?

好奇心と悪戯心が首をもたげるのを押さえて、俺はベリーが生る低木を見る。


……あれは。


「ところで、ルブランベリーはどれくらい集めればいいの?」

「んにゃ?まあ多すぎてもバレるにゃし、カッツェの体の半分くらいかにゃ?」

「ふーん?わかった」


あれ・・だとちょっとカッツェーリラの要望よりも大きいくらいだけど、まあ大きい分には問題ないでしょ。俺も食うし。

と、俺はそれ・・の方へと歩いて行く。


「お手にゃみ拝見にゃ──ちょっと待つにゃ」

「ん?どうした?」

「あにょ大きにゃにょはダメにゃ」

「ダメって……木魚でしょ?倒して奪えばそれでいいじゃん」

「知ってて近づいてるにょにゃ!?」


俺の山賊的思考に驚く猫。でもそんなにおかしいことかな?


「カッツェーリラだって倒せるでしょ、木魚──正式名なんだっけ」

「ソールラムスにゃ。確かに倒せるけど、面倒くさいじゃにゃいかにゃ」

「小さいのをチマチマ集めるよりは効率的っしょ」

「にぇぇぇぇ」


ドン引きされた。何でだろ、マモノだっけ?それには近づくなとか言われてるのかな。

まあそれはいいか……あ、そうだ、せっかくだし──


俺は屈伸運動で入念に膝を柔らかくし、そっとベリーの房に近づいていく。

そして少し手を伸ばせば届くという距離で止まり──


「GDO初スキルは君に決めたぜ、『魔素変換・土』!」


黄色いオーラをまとった右足が、飛び出てきた木魚の顎を蹴り上げたのだった。




1周目の冬。俺はあのとき今リアから『即鍛錬の調エチュード』の他に簡単に魔法のことを教わっていた。

『魔素変換』、この技能を手に入れたのは1周目春のゾンビ戦だが、知識自体はこのときに教えられていた。


元開発者として、そして一生徒としてGDOの魔法について説明しよう。


GDOにおいて魔法とは、『特定の属性を持ったエネルギーの塊を操る術』である。

この属性にもかなりの種類がある。


まず最初に使えるようになる4つの基礎属性、火・水・土・風。

次に基礎属性をある程度熟すと使えるようになる純化属性、光・氷・鉱・雷。

そして上2つをさらに熟練すると使える抽出属性、闇・聖・毒・木。

一応最後に、その他枠の無属性。


これらはそれぞれで四つ巴?の関係にある他に、基礎属性や純化属性や抽出属性の枠を超えての相性とかもあるらしいが、それはともかく。


────────────────


技能『魔素変換』(1/20)

基礎属性(火、水、土、風)が使用可能になる。

最低消費MP1


魔術の入り口へようこそ。


────────────────


この技能がなければ己のMPを魔法に変換することはできないのだが、この『魔素変換』は種火だ。

この技能で作られた種火を、自分のイメ・・・・・ージに合わせて・・・・・・・魔法にしていくのだ。


……ここまで言えばわかる人にはわかるだろう。かつてのRPGは魔法の威力はINT知性で計算されていた。GDOではそれはINT制御力になっているが、用はGDOの魔法とはリアルINT知性とゲームINT制御力で扱うものであり、極めて自由度が高いのだ。


なお、『魔素変換』の消費MPに「最低」とあるのがミソ。MP消費量を増やせば威力は上昇するが、その分暴発しやすくなるので注意。


……そうだ、魔素って言葉、ここで聞き覚えがあったんだ。


なお、普通は皆の魔法使いのイメージのように手から出すらしいのだが、俺は今回足から出してみた。別に禁止されているわけでもないし──


「だから何もおかしいことはないんだよ」

「そにょ考え方がおかしいにょにゃ」


2回目の木魚討伐は、正直前回の焼き増しだから省略させてもらう。

違いは今リアの『祝福の調キャロル』を自前のMPで補ったことぐらいだが、時間はかなりかかったと思う。


祝福の調キャロル』は曲を聴く人に属性を付与して強化する効果があって、前は火属性を付与されていた。つまりただの殴打が火属性になった上に、火属性の追撃が発生するような状態と言えばいいだろうか。


なお木魚が水属性なのは今リアから聞いている。相性的に水属性は火属性に強くて土属性に弱いから、今回の「通常の無属性の殴打に土属性の追撃」の方が早く倒せそうだが、そこは熟練度の差が出た。


「でも所詮木魚はまだ、殴れば倒せる相手だからね。隙間縫って殴りまくればいけるでしょ?」

「そう簡単に倒せにゃいからマモにょは恐れられてるんにゃよ」

「でもカッツェーリラだって倒せるんだろ?」

「そういう問題じゃにゃいにょにゃ」

「解せぬ」


1人と1匹、ワルザー川を眺めるように座りながら、ポリポリとルブランベリーの実を齧った。


「カッツェにも解らにゃいにょにゃ。お客人は何者にゃにもにょにゃにょにゃ?」

「ん?」

「自慢じゃにゃいけどにゃ、もしカッツェとお客人が戦ったら、どう足掻いてもお客人に勝ち目はないはずにゃ。カッツェが圧勝するはずにゃにょにゃ」

「あー……まあ、うん、そうかもな」

「にゃにょに、にゃ。さっきにょ戦いを見て、カッツェは負けるかもしれにゃいと思ったにょにゃ。にゃんでにゃ?」


どうやら本当に嫌味でもなんでもなく、純粋に尋ねているらしい。まっすぐ俺を見るカッツェーリラに、俺は肩をすくめた。


「まあ確かに、ステータス的にはその辺の一般人NPCにも負ける貧弱さだよな。でもステータス以外の部分は負けてるとは思わない。今回だと立ち回り方かな。まあ経験だよ結局」

「にゃぁ、それでもにゃぁ」

「それでもやっぱり限度はあるよ。木魚の悪かった点は、俺の攻撃が通じちゃうくらい防御が低いところだろうな」

「にゃ?」

「旧時代の2Dゲームの必中攻撃なんてVRじゃ中々ないんだから、相手の攻撃なんて、最悪全部避ければいいからな。でも攻撃が通じなければ絶対倒せない」

「んにゃ?前半はわからにゃいけど……にゃぁ、あんまり通じているようには見えにゃかったにゃ」

「1ダメージでも入ればそれは通じてるんだよ」


とはいえ、拳は確かに効いていない感じがしたので、今回はほとんど蹴りでしか攻撃していないのだが。

拳はSTRでダメージを計算されるが、蹴りはSTRとAGIの2つで計算されるからな、俺の場合は蹴りの方がダメージが出やすい。


「──ま、俺のことは掘っても面白いことはないぞ。それよりもカッツェーリラのことを教えてくれよ」


今度は俺が隣の猫を見つめる。少しの間を置いた後、猫は口を開いた。

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