第25話 某の呼び声、お待ちかねの

やっぱり出かけると伝えるとリーヴェには心配されたが、最後は遅くならないようにと折れてくれた。幸か不幸か、幼女リアとは出くわさなかった。


即鍛錬の調エチュード』を奏でながら町を歩く。2度目の冬も記憶通りに人通りは少なく、強制薄着の俺には寒い空気が肌にとても痛い。


「前回は確か……そうだ、ルシアがいたっけ」


ふと、1周目と同じ空気でも、今と違ったことを思い出す。

誘拐令嬢ことルシア・オリーヴと出会ったのは、今と同じように道を歩いていた時だったな。

もしかしたらと思っていたが、結局東の森へと辿り着くまでの間にルシアとの遭遇はなかった。


確か、ルシアが俺のことを収穫祭で見かけたから領内に残っていたと言っていたか。収穫祭に俺が現れなければこうなるか。

……あれだけ迷惑に思っていたものだが、いざ会えないとなると少しモヤッとする。


「言葉ほど嫌ってはなかったんだなぁ……」


まあ死んだわけでもないし、2周目で絶対会わないと決まったわけでもない。遅くとも3周目には会えるはずだ、なら大丈夫。


気持ちを切り替え東の森へと足を踏み入れる。そのまま真っすぐ小屋まで向かっていく。


「──お?」


すると微かに、俺のと比べれば全く薄いが、森の木々から例の靄が出てきているのが見えた。それは小屋に近付けば近付くほどに濃くなっていく。


「やっぱりあの小屋に何かあるんだな」


やや足早に俺は小屋へと進む。

そして──


「────────ぁ────」


見てしまった。

先日までは何ともないと思っていた山小屋。それは今も、形自体は何も変わらない。

しかし悍ましい程に濃く巨大に渦巻く靄は、まるで拍動するように収縮と拡張を繰り返す。


違う、あれは山小屋なんかじゃない。人工物ですらない。生き物だ、そう直感的に思った。

あんなものの中にいたのか俺は、皆は、動物たちは──


……頭の中でSAN正気度値チェックをする音がした、気がした。

なんとか発狂せずに済んだ俺は、それでも本能的な恐怖を抱えながら恐る恐ると近寄っていく。


「──わふ?」


靄の中から犬のハンドが出てきた。鳴き声は変わらず、首を傾げる仕草は可愛らしいが、俺よりも濃厚な靄が纏わり付いていた。

思わず口を手で覆ってしまう。それは靄を吸わないためか、吐き気を抑えるためか。


「ハンド……その、体は大丈夫?」

「くぅん?」


尋ねてみるが、ハンドは分かっていなそうだ。

言葉が通じない……いや、当たり前だろうが。動揺しすぎているようだ、落ち着こう。

……ん?……いやいや待て待て。


「カッツェ?カッツェはいるか?」


ブレーメンの4匹の中で唯一会話ができる猫がいたことを思い出す。

しかし声だけでは何も出てこなさそうだ。尻尾を振るハンドをぎこちなく撫でながら俺は靄の渦を見やる。

そして腹に力を入れ、全身に鳥肌が立つのを感じながら、俺は重い一歩を踏み入れた。


──別に、視覚的に不気味な気がするだけで、感触も匂いも何もないのだが。ステータス画面を開くと【■■濃染】のスタック値増えたのが見えた。もう間違いはないだろう。


中も予想を裏切らず靄が立ちこめているが、ロバのイーゼルと鶏のハンスは気にした様子はまるでない。

カッツェーリラの姿は見えなかった。


「どっか行ってるのか?でもどこに──」

「川の方にいるわ?お話ししていたもの?」

「!?」


特徴的な話し方に体が跳ねる。まだ会うことはないはずのその声は後ろから聞こえた。ただでさえ気を張っている中での予想外に、俺は飛び上がって慌てて離れた。


「あら?」


カバラ侯爵夫人は小首を傾げるように、振り向いた俺の顔を覗くような仕草をする。相も変わらず、その視界に俺を映しているようには感じないが。奇しくもハンドと同じ仕草だが、恐ろしさしか感じない。

……まあ、鳥肌やら警戒やらは既に全力のアラーム状態なので、追加があっても変わりはなかったが。


また会ったわね・・・・・・・?でも随分と雰囲気が違うわ?いいのかしら?天使様?」

「……また?」

「あら?人違い?違ったかしら?それとも忘れられたのかしら?」

「……忘れられるわけないだろうが」

「覚えていたのね?嬉しいわ?」


全く嬉しそうに見えない平坦な言葉だが、俺は別のことが気になった。


「何で、俺を覚えてるんだ?」

「普通の人ならともかく、天使様を忘れたりはしないわ?」

「そうじゃなくて!」


1周目と2周目に連続性はない。それはこれまでの活動で何となく感じてはいたが、俺が侯爵夫人と遭遇したのは1周目で2周目ではこれが初のはず。

ブツブツになった肌をさすりながら、せめてと聞き出そうとするが──


「でも残念ね?もう時間切れよ?」

「あ?」

「また会いましょう?」


そして一瞬の内に、目の前にいたはずの狐の女性は姿が消えていた。


「……本当に何だってんだよ、あれ」


山小屋のせいではないまた別の気持ち悪さを抱えたまま、俺は夫人に言われた川の方へ向かうことにした。

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