第24話 目の前に分かれ道

突然の意識消失から目覚めれば、見るのはまだ2回目の天井が出迎える。


「……ログアウトしてないのか」


上体を起こして見回しても、ここはビネガー男爵領主の館だという結論に落ち着く。


俺は未だにお世話になったことはないが、VRゲームにはプレイ中の体調不良に対する強制ログアウトや、深刻な場合は病院への通報機能などのセーフティがある。

それが起動していないということは先の気絶は演出ということだろうが、あの意識が失われていく感覚は非常にリアルだった。交通事故に遭った時もあんな感じだったのだろうか。


「行動強制終了のフラグは何だったかな……確か野菜のブロック食ってたよな」


あのブロック、実は毒入りだったのだろうか?別にアレルギーなんてアバターにはないはずだし……でもゲルマンも動物たちも平気に食ってたよな……プレイヤーにだけ効く毒とか?それなんてメタ?なわけないか。喉に詰まった?いやそれも……


いまいち野菜ブロックと気絶の因果が結べず首を傾げていると、ノックもなしに扉が開かれる。


「──あ」


揺れるプラチナブロンドの髪と、青緑色の瞳が覗いていた。

かと思えば、その瞳が段々と揺れ始め──


「あ、えと、リア──」

「ドレスちゃん!!」

「ぐはぁ」


幼女リアのヘッドダイビングが鳩尾に突き刺さり、受け止めきれず体が横に倒れる。ベッドが大きくなければ落ちていた。


「だいじょうぶ!?いたいところない!?」

「ないない大丈夫だから──」

「ふえぇぇぇぇぇ、ドレズぢゃぁぁぁぁぁん」

「わかったわかったよーしよーし、俺は元気だから落ち着いてくれよな」


泣く子には勝てぬ。『ネバーランド』から学んだ俺は必死に幼女リアの頭を撫でて宥める他ない。すると幼女の泣き声は屋敷に響くようで、


「あらあら、こんなに大泣きしちゃって」

「リーヴェさん」


しばらくすると開けっぱなしの扉からリーヴェが顔を見せたので、俺は幼女リアを撫でる手は止めずに、ゆっくりと頭だけ起き上がった。


「久しぶり、はちょっと違うわね。まあでも顔色は悪くなさそうだし、ともかく起きて安心したわドレスちゃん」


久しぶり、か。


「あの、今ってまだ収穫祭の時期ですか?」

「今は雪覆う初冬の月ニーヴィオーズ、あと少ししたら年越しよ。収穫祭はとっくに終わっちゃったわ」

「マジか」


雪覆う初冬の月ニーヴィオーズでもうすぐ年越し、つまり12月。

え、まさかの収穫祭本番をスキップとな。それはとても惜しいことをした。


「残念だったわね」

「本当に」


1周目では大した発見もなかった収穫祭だが、それで何もフラグがなかったとは限らない。それこそ領主の館の様子は見ることはなかったしな。

あ"~と空を仰ぎたくなる。やっぱ俺、最近調子悪いのか?


「ひっく、ひっぐ、ドレス、ちゃん?」


思わず撫でる手を止めてしまったからか、泣き声BGMの代わりにしゃっくりが出ている幼女リア。

潤んだ瞳で上目遣いされるのは胸の奥がドキッと弾んで優しくない。


「あ、えーっと、もう大丈夫?」

「ん」


視線をややそらしながら尋ねると、こくりと頷く気配が。もはや姉と妹の立場が逆転している──いや、それが本来正しいんだけど。

リーヴェもそう思ったのか、くすりと笑って、


「ドレスちゃんもお腹空いてるわよね?お粥でいい?」

「あ、ありがとうございます」

「すぐできるから、リアを連れてきてちょうだいな」


そう言って去っていくリーヴェは、うん、気遣いできるいい人だよね。リアのお母さんだなぁ。

とりあえず俺は、幼女リアのしゃっくりがマシになるまで待つのだった。




温かいお粥を食した後。

本当は領内の探索に向かいたかったのだが、その前に俺が気絶した原因を探らねばなるまい。


確か、直前で何かウィンドウが見えたような……


宛がわれたベッドの上でウィンドウの履歴を調べる。体感的には直前のことであったため、すぐに見つかると思われたそれは、案の定あった。


────────────────


状態異常【■■汚染】が【■■濃染】へと変化しました。


────────────────


称号『堕落の種子』を獲得しました。

技能『堕落の種子』を獲得しました。


────────────────


「状態異常?堕落?」


不穏な文字列に、俺はステータス欄の自分のPNの横を確認したが、そこにはウィンドウの告知通り、【状態異常:空腹(1)・■■濃染(502)】の文字が。


「何だこれ」


また文字が潰れている表記。これは1周目の春にあのゾンビを倒した時にもあったことだが、今回ゾンビとはまだ戦っていない。

こうもあからさまにわからないことを次々と畳み込まれると何だかまた腹が立ってくるが……いけないいけない、落ち着いて一つずつ解決していかなければ。


まずは初めて見るこの状態異常の説明から。


────────────────


【状態異常:■■汚染】


■■■の魔素に汚染された状態。

状態異常に対する抵抗力に、スタック値に応じてマイナス補正(極小~大)。

スタック値が500以上になると【■■濃染】に変化する。

時間経過か、他種の魔素に触れると快復する。

この状態異常はステータス欄に表示されない。


────────────────


【状態異常:■■濃染】


■■■の魔素に濃く深く汚染された状態。

状態異常に対する抵抗力にマイナス補正(特大)。

スタック値が1000以上になると【堕落】に変化する。

時間経過か、他種の魔素に触れると快復する。


────────────────


いや見てもさっぱりわからんのだが。説明にも伏せ字すんな。魔素ってどこかで見た気がするけど、どこだっけ?


うーん……思い出せないけど、あれかな?この「■■■の魔素」、書き方的に体に悪そうな感じだよな。それを知らず知らずの内に触れてたってことかな。

あ、小屋で食べた野菜ブロック、あれで舌がピリピリしてたのってもしかしてそれ?

……それが正しいとしたら、舌って優秀なんだな。ちゃんと毒は毒だってわかるのか。


とりあえず時間経過で治るのならいいが……


気になるのは【堕落】という言葉だ。後から来た称号と技能にも含まれているが、そこにゲーム的な俺の立場を合わせて考えると、導き出されるのは──


「──これ、堕天使のフラグか?」


果たしてGDOにおいて堕天使という存在は良いものか悪いものか、そもそも存在するのかは知らないが、ちょっと荒んだ心を好奇心が潤してくれるのがわかる。


先を急ぐように、俺は称号と技能の説明を開いた。


────────────────


称号『堕落の種子』

表示効果:■■■の魔素に対する感受性にプラス補正(中)。

常時効果:一部NPCの好感度判定にマイナス補正(極小)。技能『堕落の種子』を獲得。

獲得条件:【状態異常:■■濃染】を獲得する。


君は何を望む。どんな想いで翼を打つ。

今に満たされているのならば、それもよかろう。

だが怖気なく進むのならば、反逆でもって願いを示せ。


────────────────


技能『堕落の種子』(1/1)

【状態異常:堕落】時に、条件を満たした場合に自動発動。

一度発動すると、再発動までにプレイ時間で168時間が必要。

LUCを3減少させて技能を2つ得る。

この時にSPを消費せず、一部の獲得条件を無視する。


それでも、穢れた希望ならば、必ずや──


────────────────


「ぶっ壊れでは?」


ステータスの次に大事な好感度の判定に着々とマイナス補正を積み重ねているのは不安だが、この称号があれば状態異常のスタックを操作することが可能だろう。避けて快復するなり、突っ込んで堕天するなり。


そして堕天するのならば、この技能の発動を狙えるわけだ。どう考えてもコストなしで技能を2つ獲得できるのは強すぎる。


「……話が旨すぎるわな」


技能のフレーバーテキストにある「穢れた希望」という文言。そして何故技能をつも獲得できるのかを考えれば……


「使える技能を1つ、『被虐体質』みたいなデメリット技能を1つ、ってことかな」


場合によってはプレイ不能状態キャラデリートに陥りかねないわけだ。救済はあまり期待しない方がいいだろうな、称号のフレーバーテキストには「反逆」と明言されているし。

加えて【堕落】の詳細がわからないのも怖い、が──


「──まあ、そのギリギリを攻めるのは大好きなわけですが」


リスクを背負ってこそ高みには至れる。それはキャラメイクから続ける俺の覚悟だ。俺は【堕落】に前向きだった。


「あとは……」


表示称号を『堕落の種子』に変更。魔素への感受性とやらを試してみる。


「……これが魔素、か?」


自分の両手を見てみると、何やら紫色の靄のようなものが薄らと見える。それらは体から徐々に徐々にと拡散すると、空気中に溶けて消えていった。


「なるほど、時間経過で状態異常が快復するのはこういう」


ここまではっきりと見えるのなら、これは大分有用な称号ではないだろうか。

ならば、この新しい視点を手に入れたのならば。


「山小屋、もう1度調べてみるか──よっと」


俺はベッドを飛び降りた。

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