第23話 おちる

「──……で、連れてきたと?」


小屋を目の前に、額を押さえて溜め息を吐く青年は幼女を、怒るに怒れないような困った目で見下ろした。


「秘密だって言ったじゃねえか、お嬢」

「いいの、ドレスちゃんはいもうとだから!」

「はぁ……」


再び溜め息を吐くゲルマンは俺を睨む。


「お前、こないだ森で寝てたやつだろ?何が目的だよ?」

「目的って。せっかく縁があって領主様の館に滞在することになったんだから、皆さんどんなことしてるのかなぁって」

「本当か?」

「本当本当」


疑うゲルマンの視線をニコニコと真っ正面から受け止める。

嘘は吐いてないし、本心だ。1周目では見ることができなかった部分を探りたいだけで。


見つめ合うこと数秒。


「あー!ゲルマンがドレスちゃんにひとめぼれしたー!」

「は、はあ!?」

「にひひ、ゲルマンにドレスちゃんはあげないから!」

「お嬢!?違っ──」


なんか幼女リアが変なことを言い出したことで、ゲルマンからの疑いの視線はやや逸れる──何か鳥肌立った、ちょっとゲルマンから離れとこ。

それはそれとして。


「結局?」

「あぁ?」

「いや、結局俺はいいの?ダメなの?」

「……ダメって言えるわけないだろ」


幼女に振り回される悲しい男がそこにいた。




「ぶるるっ!」「わんっ!」「こぉっ!」「にゃ、にゃあ」


小屋の中には例の4匹がいて、あの戦隊ものな挨拶を経て。


「ふっふーん、ドレスちゃんはそこでおねえちゃんのゆーしをみてるといーよ!」


以前は閉め出されてしまったリハーサルだが、今回はむしろ見て欲しいという態度の幼女リア。

といってもそれは、収穫祭の前日ということもあって1周目のステージと何も変わらない光景。


テーブルの椅子に座ってただ微笑ましくそれを眺めるだけで……うん、十分ちょいで飽きてきた。キョロキョロし始めるのは許してほしい。

いやね、可愛いんだけどさ、一度見てるわけだしね。『マルクトの大河』の旋律も一周目で何度も何度も聞いたからさ……


するとちょうど、ゲルマンが席から立ち上がって、何やらキッチンへと入っていくのを見つけた。


「ゲルマン?お前料理できるの?」

「あ?」


そっと俺もキッチンへと向かい、ゲルマンに尋ねる。ゲルマンは振り返りながら床板を持ち上げた。ひんやりとした空気が、ゲルマンの後ろに立った俺の足を撫でる。


「料理って程じゃねえよ。食いやすい大きさに千切って、水で洗って焼いて食う。ただそれだけだ」


そう言ってゲルマンは、大根もどきと石のナイフを取り出した。


「お嬢のとこにいないなら、お前も皮剥くの手伝え。あいつら皆結構食うんだよ」

「わかった、それぐらいなら俺もできそうだ」


床下の天然の冷蔵庫近くに座って、リハーサルをBGMに、黙々と作業を進めていく。

冷蔵庫の中には色とりどりの果物や根菜はかなり、そして少しの芋類と大きな氷がチラホラとあった。あと思ったより深く、俺はアバターの腕の短さを呪った。


そして単調な作業もやはり飽きてくる。俺ってこんなに我慢できない性格だったっけ……


「動物園で働く人って、こういうこと延々とやってんのか……」


まあ飽きてきたからといっても手は止めないが。そんな関係のないことを考えていると、ふとあることに気付く。


「……ところで肉はないのか?」


冷蔵庫の中は青々としていているが、肉はどこにも見当たらなかった。


「んな貴重なもん、この辺りじゃ行商人からしか手に入らねえよ」

「そうなのか?」

「この辺りはテラレプスがいないこともないが、狩りをしても数は取れねえ。肉を自力で取ってくんなら、ワルザー川で釣りがせいぜいだな」

「ふーん……」


なら最後に見た、あの猫なのか兎なのかわからない奴らは何だったのだろうか。

あいつらが出てきたのは西の森で……そういや、カバラ侯爵夫人と遭遇したのもそこだっけか?

あの時、夫人はどう自己紹介してたっけか……


「──こんなもんだな」


ゲルマンのその一言に、俺の意識は引き戻される。

皿の上にはざく切りにされた人参もどきや大根もどき。その1つをつまんで囓りながら、皿を持ってゲルマンはキッチンを出て行く。


「あー、ドレスだっけ?お前も適当に皿に乗っけて持ってきな」

「わかった」


傷がそこそこ目立つ木の皿にキャベツもどきの葉を積み重ね、俺は皆の元へと戻った。


「もー!ドレスちゃんどこいってたのー!」


そんな苦情を合図に、俺たちは昼休憩に入る。

静かに、そしてどこか上品に食べ始めるカッツェーリラに対して、イーゼルにハンドにハンスは空腹だったのか勢いよく貪っていく。


そして、勝手に幼女リアもこの素材の野菜サラダをつまむと思っていた俺だったが、それに反して幼女リアはなにやらヴァイオリンと共に持ってきていた大きめのバスケットを広げ、中から取りだしたサンドイッチにかじり付いた。


「──あれ、リア弁当なんか持ってきてたんだ」

「あのなぁ、お嬢は曲がりなりにも貴族令嬢様だぞ?食いもんはキチンと用意されるに決まってるだろ」

「……そうか?」


行動力が完全にお転婆な田舎娘──間違ってはないか。でも貴族令嬢……?

俺が疑惑の目で幼女リアを見ると、視線に気付いた幼女リアは俺と手元のサンドイッチの間で視線を往復させると、食べかけのサンドイッチを俺に突き出した。


「ん!ひとくち!」

「え」


予想していなかった行動に思考がフリーズする。

すると、横からゲルマンがサンドイッチの具を覗いて。


「あ、ハムが挟まってらぁ。お嬢、俺には?」

「ゲルマンにはあげないよーだ、えい!」

「むぐっ」

「あ!」


ポカンと半開きになっていた口に幼女リアが勢いよく差し込む。喉に当たって咳き込みそうになるのを抑えて、噛み切り咀嚼。


「──おいしい」


朝食べたのもそうだったが、旨い。ただできれば、口の中に突っ込むのは止めてほしかったが……


「でしょー」

「……うん。ありがとう、リア」


ニコニコ笑顔の幼女を見ていると、怒る気も失せてくる。

……貴族ごはんに比べれば落ちるだろうけど、素材の味の方はどうだろうか──?


「──ん?」


新鮮で瑞々しい、とは言えないが思ったよりも萎びてはいなかったオレンジ色のブロックだが、気のせいか、微かにピリリとした痺れが舌を走った。辛い、痛い、とはまた違うのだが……


「……なんか刺激的な味がするんだな」

「はあ?」


さらに2、3回囓っても痺れるため、そういう味なのかと思ってゲルマンに話を振るが、俺と同じように白いブロックを囓るゲルマンは首を傾げた。


「刺激的な味だぁ?」

「うん、なんかこう、ピリリとするっていうか」

「何だそら。そのダッカス傷んでたんじゃねえのか?たまにそういうのあるぞ」

「えー」


傷んでいたのだろうか、と今度はゲルマンが食べていた白いものを取って口に入れてみる。


「……これもだな」

「はあ?種族によっちゃあ食えないものがあるとかは聞いたことあるけど、それか?」

「うーん、どうなんだろうな。俺は聞いたことないけど」


まあ例え痺れようが、明確に状態異常の毒になったりしてもいないのだし、それなら空腹度を回復させる方が優先に決まっている。

なので気にせず俺は、今度は芋類に手を伸ばして──


────────────────


状態異常【■■汚染】が【■■濃染】へと変化しました。


────────────────


唐突に現れたウィンドウ。その文面の内容を理解する前に、ぐらりと視界が歪んだ。手足が寒い。けれど胸が熱い──


「・い、ど・・た!?」

「・レス・・・!?」


慌てたような2人の声が聞こえてきたが、それに反応する力も間もなく、俺の意識は塗りつぶされた。




────────────────


称号『堕落の種子』を獲得しました。

技能『堕落の種子』を獲得しました。


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