第22話 違う、幼女は1人だ!
「──あれ?おきた!おきたよ!とーさまー!かーさま-!」
そう言って走り去っていったのは、見間違えでなければ幼女のラートリアだ。
そういえば幼女リアとも関わりがほとんどなかったなぁと、閉じた扉を見て思っていたが、ふと気付く。
ベッドの質がいい。いや、現実と比べればまだまだ固めだが、ブライエン工房で使っていたベッドよりはるかにいい。
芋づる式に、色々と他のことも気になってくる。
知らない天井、そこそこ広い白い部屋、何気にどのゲームでも初めて見る天蓋付きベッド、高級そうなタンス、化粧机。
ここは、もしや──
「──領主の館?」
気付いたところでコンコンと扉が叩かれる。
「はい」
「失礼するよ」
そう言って入ってきたのは眼鏡をかけたひょろっとした男性と、赤毛の今リア──訂正、今リアに髪の色以外そっくりなメイドの女性、そしてメイドの手を引く幼女リアだ。一瞬脳が混乱した。
「目が覚めたようでなによりだよ」
優し気な顔をして男性が言う。
「どこか痛いところはあるかい?」
「いえ、大丈夫です。えっと……」
「うん?ああ申し遅れたね。僕はバルト・ビネガー。一応このビネガー男爵領の領主さ」
そう聞いた瞬間、俺はベッドの上で土下座した。
「領主様でしたか。なにやらお手を煩わせてしまい──」
「ああいいよいいよ。領主とか貴族とか言っても、僕はそういうの苦手なんだ。家の中では君も楽にしてくれ」
「……そういうことなら」
俺は頭を上げる。男性が領主なのはわかった。恐らくラートリアの父親だろう。
メイドは普通にメイドかな?今リアじゃないよな?そう考えていると女性が、まるで悪戯が成功した子供のようにニヤリと笑い口を開く。
「リーヴェ・ビネガーよ。バルトの妻で、この娘の母」
「え、え?」
「ふふ、雇われメイドと思ったかしら?──ほら、ご挨拶」
「ラートリア・ビネガーだよ!」
「あ、うん、ドットレスです」
元気いっぱいに挨拶する幼女リアに俺もPNを告げる。まあ幼女リアの名乗りは2度目だが……戦隊ものじゃないんだ。
「ドットレス、変わった名前だね。もしかして小魔族の方かな?」
「あ、そうですね」
「そうだったのか。眠っている間は子供なのか小魔族なのか僕には判断が付かなくてね。ラートリアよりも小さいし」
「私は小魔族でも子供じゃないかなーって思ってるんだけど」
「21で成人してますから、子供扱いはしないでもらえると……」
ラートリアより小さいとか言うな。凹む。
内心の抗議を含めた苦笑いをしていると、幼女リアがむふっと笑う。
「ドレスちゃんよりわたしがおねえちゃん!」
「え、いやだから、俺はもう大人で──」
「でもわたしのほうがおおきいよ?」
「ぐぅっ、おのれちびっ子め、人が気にしていることをはっきりと……」
「だからドレスちゃんはわたしのいもうとちゃん!」
「話聞いてくれませんか!?え、あの──」
突っ走る幼女が話を聞いてくれない。視線を領主夫婦に向けてSOSを送るが──
「あらいいんじゃない?私もそろそろもう1人欲しかったところだし」
「はは、家がこれ以上賑やかになるのは少し困るが……」
「ドレスちゃんなら可愛くて大人しそうでミステリアスで可愛くて文句ないわ。どうあなた?」
「うーむ、確かにそう言われれば──」
「うぉおい!?」
救援要請は裏切りでもって返された。そしてしれっとドレス呼びが定着している。
どこが?俺の服はボロボロよ?心もそうなりそうだけど。
絶望した表情でもしていたのか、俺の顔を見たリーヴェが謝る。
「半分冗談よ、ごめんなさい」
「半分だけですか……」
「でもいつまでも滞在してくれてもいいのは本当よ?歓迎するわよ?」
「は、はぁ」
「ところであなた、どこに住んでるの?あなたみたいな見た目は、一度見たら忘れないと思うのだけど」
話を誤魔化されたと感じたが、その辺りの話も大事なので俺は諦める。
「ビネガー領には最近来ました。えっと……俺を拾ってくれた楽士と一緒に旅をしていたんですけど、その、はぐれてしまって……」
「まあ。その楽士はうちに?」
「……わかりません」
いるとは思うけど、伝えるのはなぁ……探されるのも困る。あなたの未来の娘さんなんですよって言えるわけがない。
「そうなの……」
「あの、ビネガー領に入る前から記憶が定かじゃないんですが……俺、どこにいたんでしょうか?あと、今はいつです?」
今リアの話題になりそうなのを転換すると、バルトが教えてくれた。
「ゲルマン、リアの幼馴染みの子が君を担いできたんだ。どうも東の森で倒れていたみたいだね」
東の森で倒れてた……あ、思い出してきた。取り敢えず前の流れをなぞろうと山小屋あたりまで1人で入って、そこで中に入るかどうか悩んで、段々イライラしてきてログアウトしたんだ。
「それと、今日は
「収穫祭……」
クエスト内で確か、5日目が収穫祭だったはず。となると4日目か。
ログアウトは1日目だから……
「3日ぐらい眠ってたのか。ご迷惑お掛けしました」
「いやいやいいさ、このぐらいは平気だとも」
「それよりも、本当に体は大丈夫なの?お腹は空いてない?」
「まあ何というか……こういう体質?みたいな感じなので……もっと長く眠ることもありますし……お腹は空いてるかもですね」
ゲームのシステムです、とか言えるわけがない。空腹度は
「まあ!やっぱりそうよね、すぐ用意するわ!」
そう言ってリーヴェは部屋から出て行った。ついでに幼女リアも付いていったが……あれ?
「俺もいただいていいのです?」
「構わないとも。ブライエンのお陰でうちは男爵にしてはかなり裕福だからね、そのぐらいの余裕はあるよ」
「そうじゃなくて、その、身分とか……」
「それこそ問題なしさ。妻は元平民の準男爵出身だから、そのあたりに忌避感は一切ないよ」
「……それなら、ご相伴に預かります」
「そうしてくれると妻も喜ぶよ──服も用意しよう。ラートリアのお古で大丈夫かな?」
「あ、俺、これ以外の服が着られない呪い?的なのがあるので……」
嘘はついていない。着ようとした瞬間強制売却されるだろう。
……幼女のお古を着て男の尊厳を失いたくないという意図もあるが。
にしても長く眠ったり服が着れなかったり、客観的に聞いてみたら面倒臭いなこいつ。
「ふむ……なんだか大変そうだね……それじゃあ案内するよ。歩けるかい?」
「それは問題なく」
ベッドから飛び降りた俺は、バルトに付いていくのだった。
「いただきまーす!」
俺の隣で木製のスプーンを握った幼女リアが元気よくかきこんでいく。
食卓には4人だけで、貴族あるあるの壁際に控える使用人とかはいない。
というか、正確には──
「これも、夫人の手作りなんですね」
「そうよ、美味しいでしょ?」
正面に座るリーヴェが自慢気に笑う。服装はまだメイド服のままだ。
「美味しいですけど……貴族ってこういうのは使用人とかが作るものでは?」
「まあそうなんだけど、私にとっては趣味みたいなものだし。それに、どうも人に任せるのってムズムズして。夫から聞いてない?私元は平民なのよ。結婚して男爵夫人になったのも5年前とかだし」
「5年もあれば慣れてもいいと思うんだけどね……」
「え、もしかして雇ってすらいないとか?」
「いや、さすがにそれはないよ。2人いるんだけど、今は掃除とか皿洗いをしてるんじゃないかな?リーヴェとしっかり役割分担してるみたいで……この前、久しぶりに奥様はどうにかならないのかって言われたんだけど」
「いいじゃない、これで問題ないんだし。お茶会ではちゃんとしてるんだから」
「社交の場では未だにチクチク嫌味を言われるんだけどね……側で世話が出来る使用人を1人は付けたいんだけど」
バルトの愚痴は笑顔でスルーされた。
まあこのあり方は貴族の中では異端だろう。ビネガー男爵自体も、楽器製作のお陰でかなり儲かってるみたいだし。出る杭は打たれるとも言うし、他の貴族から標的にされやすいだろうな。
「でも家事なら別に、メイド服じゃなくてもいいのでは?」
「可愛いじゃない、メイド服。さすがにスカートの丈が短いのは歳が歳だから履かないけど」
「えっと……?」
「まあ公式の場ではちゃんとした服を着てくれるから、僕も諦めたよ……」
「まあメイド服が私服でもいいじゃないかってことよ」
「あはは……」
何というか、噂話には欠かさなそうな家だ……
「ごちそうさま!」
「早っ」
いつの間にか幼女リアが食べ終わり、俺は驚いて隣を見る。野菜が少し残っていた……
「リア。お野菜もキチンと食べなさい」
「いーやー!」
「でもドレスちゃんはちゃんと食べてるわよ」
「え」
幼女リアが俺を見る。ちょうど、幼女リアは残したブロッコリーもどきにフォークを刺して、口に入れるところだった。
リーヴェがニヤリと笑う。
「お姉ちゃんが、妹ちゃんに負けていいのかしら?」
「うう~、たべるもん!」
「ふふ、偉いわね~」
何だかこういうやり取りを見ていると、この2人親子なんだなぁとしみじみ感じる。
だがそれはそれとして。
「あの、俺大人ですからね?」
外堀を埋められていくような妙な焦りを感じて俺は一応と注意を入れる。
返事はなかった。
今度こそごちそうさまをした幼女リアは食卓から飛び出そうとするのを、俺は慌てて呼び止めた。
「あ、リア、ちょっと待って。どこ行くの?」
「え?うーんとね、ひがしのもりのこやだよ」
「そこ、俺も一緒に行ってもいいか?」
1周目は幼女リアに出禁にされてしまったが、今回、最初から幼女リアと共に行動が出来るのならきっと──
「んーとね、ゲルマンがここはひみつだーっていってるの。でもドレスちゃんはとくべつ!わたしのいもうとだから!」
「あー、うん。まあ行けるならそれでいいや……」
ともかく、これで何か変わるだろう。
そう期待したい。
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