第一章 在りし香りと旅の夢 後編

第21話 反省、逃避、そして投合

「──ん?あれ、ハジメ?今日は来ないって言って──琥珀?」

「天人ストップ……今の守護神様、メチャクチャ怒ってる」


朝早くインしたお陰で、皆が昼休憩でログアウトしている時に戻ってきた俺。

だが目的は『ネバーランド』ではない。誰かに相談をする前に、この腹に積もった怒りを発散してこなければならない。


「……ログイン、『みんなのVスポ体育館』」


ちょっと憂さ晴らしさせてもらおうか。




『スポンサー:IOC(国際オリンピック連盟)』という冗談みたいなVRがある。

それが『みんなのVスポ体育館』である。VR黎明期からある長寿作品のこれは、元々は日本国内だけの規模のつもりが、何があったか、世界規模の巨大VRサービスとなっていた。日進月歩で進化していく翻訳プログラムが優秀なこともあり、今では各国の体力自慢が日夜技術を競い合う場となっている。

時差の影響で、基本どの時間にインしても人がいるのがいいところだ。最近は四天王の朱雀医科大学も技術提供を行ったとかで、操作環境は格段に現実に近づいているのも、最近ブームが再燃している要因でもある。


噂では各国首相や大統領などの超VIPもお忍びで参加することもあるらしいが、真偽は不明だ。


さて、そんな魔境に踏み入れた俺は1つの競技ブースに足を進めた。

ちなみにアバターは『ネバーランド』のもののままだ。だからたまに迷子と間違われたりするのだが、今回はそんなこともなかった。


受付の機械に条件を入力してランダムマッチで申し込むと、そこまで待ち時間なく成立、すぐに会場へと転送された。




「──ん?おい、あれ」

「どうした──って、鬼ごっこの無料試合にあるあの名前って……」

「え、誰か有名な選手でもいるの?あのプラチナランカーの人?」

「いや、その2個下のゴールドランカー」

「ニノマエ ハジメ?どっかで聞いたことあるような……」

「よし、観戦の席取れたぜ」

「あ、早い。俺もいくか」

「おいちょっと!俺にも教えてくれよ!」




「ちくしょう、あと少しでプラチナだったのに……」

「なんかやべぇ動きしてたな相手。チートか?」

「いや、チートみたいな動きだけどチートじゃねえんだよ。ったく、最近来てなかったのに今日当たるとかついてねぇ……」

「──うわ、96戦79勝12敗5分って、あのニノマエって選手の戦績すごいな」

「試合数が足りないからまだゴールドなだけで、あの人はプラチナ上位の実力はあるよ」

「すっげー。もしかしてレジェンドランカーにだってなれるんじゃ?」

「……いや、それはどうなんだろ?」

「あ、ニノマエ選手また試合出るみたいだぜ」

「観戦するか」




「ヘイ、デイヴ!やったな!」

「マーク。あと数秒あったら引き分けられてたな」

「あれが日本のターザンボーイだろ?何と言うか、すごい気迫?を感じたぜ」

「ああ……でも、いつもよりも詰めが甘いというか、雑な気がしたんだよな……」

「あれでか?そいつぁ噂通りにクレイジーだ」

「……まあ勝てたならいいか」




「ふー……」


攻守を入れ替え続けて、9戦5勝3敗1分。いつもよりも精細を欠いていることを改めて自覚した俺は、ブースのベンチに座ってボーッとしていた。


バッドエンド。最後に出現したであろうラスボスの情報を、どのような見た目かさえも得ることができず死亡するという最悪のやらかしであり、完全に慢心して色々な対策を怠ったツケがあの惨事だった。


実はあの後すぐに2周目を開始した。開始時間は一番最初の、事件1年前の秋、収穫祭の準備を行っているあの時だ。


1周目で死亡する直前にラートリアの体力が消し飛んでいたため、最悪ラートリアのNPCの死亡キャラロストを警戒していたがそれはなく、最初同様、ラートリアは万全の状態で俺の横に立っていた。


……いや、どちらがよかったのだろうか。蘇ったラートリアは完全に正気を失った目で俺を見て、


「──ごめんなさい、私にはもう無理です、ごめんなさい、ごめんなさい──」


俺の静止の言葉も聞こえず、パーティを抜けてどこかへ走り去ってしまった。システム的にも離脱を告げられた俺は、しばらく呆然としてしまった。

その後の行動は、俺自身よく覚えていない。多分ラートリアを探して歩き回ったとは思うんだが、段々とラートリアへ、そして何より自分へ腹が立ってきてログアウトしてしまったのだった。


「はぁ……」


深呼吸なのか溜め息なのか、どっちつかずの息が漏れる。するとそんな俺に声をかける人がいた。


「──若者が、随分と情けない溜め息を吐くものだ」

「……来てたんですね、我妻選手」


イケメン、ハンサム、爽やか、色々な褒め言葉が当てはまりそうな男性だ。

フルネームは確か、我妻わがつま たけしだったか。元世界一のVスポーツ選手であり、40目前という年齢を理由に引退して今はVスポーツのコーチをしているらしい。


我妻選手と話すのはまだ片手に収まる程度の回数しかないが、嫉妬が湧かないほどの完璧超人である。しかも引退したのに腕は全く衰えておらず、試合回数はそこそこあるのだが、今のところ俺の全敗だ。


そんな、ある意味では芸能人よりもレアな彼は、俺に青いラベルのペットボトルを差し出していた。


「飲むか?カラリスエットの試供品らしい。まあ現実の体は潤わんが」

「いただきます」


隣に座った我妻選手から1本もらい、蓋を開けて口を付ける。甘く爽やかだが、どこか苦い味がする。

俺の隣に彼は座り、ペットボトルに口を付ける。CMでありそうな力強い飲み方だ。


「ふぅ……八つ当たりなんて珍しいじゃないか」

「気付いてたんですね」

「大胆に、かつ緻密にが君の動きだが、今日はそのどちらも足りていない。こういうのは疲れかストレスが原因だが、昼時だからな、ストレスだろうと考えた──」


再び我妻選手がペットボトルを傾ける。何だかスポーツドリンクではなく酒のように煽るなと感じたのは、次の呟きで正しいと分かった。


「──まあ私も似たような理由で今ここに来ているというのもあるがな」

「え?我妻選手も?」


意外な言葉に俺は隣を見る。


「心がけてはいるが、世間で言われるほどに私は完璧ではない。どうしても息抜きがしたくなるときだってあるさ」

「まあ、それもそうですよね」

「特に新しいゲームを始めて中々思うように進まないときはストレスが溜まるな」

「あ、まさに俺もそんな感じですね」

「君もか」


俺とドンピシャな状況なのが少し親近感を覚えた。


「でも我妻選手が進行に難渋するなんて珍しいですね。なんてゲームか聞いても?」

「ああ、最近配信が始まったGrimm Dreamers Onlineというタイト──」

「え?」

「……その反応は君もやっているんだな」

「はい、まあ、一応」


図らずGDOの話題になり、やや歯切れの悪い返答になってしまう。


「そうか君もか、少し意外だな。君はもっと、戦闘が前面に出されたものを好むと思っていたが」

「確かに戦闘が好きですけど、別にプレイ方針ってだけで、俺も他のこともやりますよ」

「だがGDOは戦闘ばかりではあるまい?むしろ戦闘以外の部分も大きく占めてくる。あの四天王グループの出しているとあって、AIも最早私らと変わらない以上、そのコミュニケーションが最重要と言ってもいい」

「……そうですね、それを痛感してますよ」

「……ふむ」


耳の痛い指摘だ。特に俺は今までの環境が特殊なのもあって、顔見知り以外との会話は苦手だ。

今リアはゲームのNPCだから、と少し強気で臨んではいるが、やはり苦しい者がある。


と、そこで我妻選手が俺のことをじっと見ていることに気がついた。


「──どうしました?」

「いや、もしかして君は、私と同じ境遇ではないかと思ってね」


同じ境遇?開拓地のまとめ役とか?でも我妻選手が苦戦するか?確か別ゲーでギルマスしてるからそれはないか──まさか。


「我妻選手も、ユニーククエストを?」

「やっぱりか!ああ、そうだ。いやぁ参ったよ。3周ある内の1周目は、無残にも失敗してしまったからね」

「俺もです!1周目は、バッドエンドになってしまって」

「君でもそうなのか。ユニーククエストがプレイヤーによって難易度が変わるという予想もあながち──参考にだが、私のは『ロミオとジュリエット』がベースのクエストなんだが、君は?」

「俺は『ブレーメンの音楽隊』ですね」


我妻選手が顎に手を添えて考える。


「なるほど、ユニーククエストはいくつか種類があるようだな。いやすまないね、βではユニーククエストなんてなかったから、情報が欲しくてついね」


さらりとβテスターであったことを自供したが、これは昔に琥珀達から聞いている。


「やっぱりなかったんですね。こちらも情報は欲しいですから……そうだ、我妻選手のクエストの概要とか教えて貰えますか?ネタバレは回避しつつ」

「難しいな……1周目の時点ではまだ見えてない部分が多すぎる。今のところ私のは制限時間内に全てをこなすタイムアタック形式だと思ってはいるが」

「タイムアタック……俺は事件1年前に飛んで未来改変ですかね」

「過去に飛んでというのは同じだが、1年?長いな。私は2週間程だよ」

「まあ俺も実質10日ぐらいですよ動くのは。俺はそこで、キーとなるNPCとこじれてしまって……」

「なるほど、そこはクエストというか、中心となるNPCの性格で異なるのだな。私はそのNPCがロミオ君だから、今のところは平気そうだが……彼のメンタルケアも重要か」


だが、と我妻選手は俺に苦笑する。


「君の場合はケアは難しそうだな。1年の内10日しか行動しなくとも、恐らくNPC達は動いているのだろう?」

「多分そうですね」

「つまり君の見ていない期間が圧倒的に長いというわけだ。これは逐次のケアは効果が薄かろう」

「どうすりゃいいんだ……」


俺は頭を抱える。そして期待をこめて我妻選手の方を見ると、我妻選手は。


「私にも言えることだが、君もユニーククエストの舞台となった場所の情報を洗ってみるといいかもしれないな。情報の取りこぼしがないか探る地道な作業だが」

「取りこぼし……」


そういえば結局領主の館へは行けず仕舞いだったな……あそこに何かあるのだろうか。でも手段がな……

……ん?そういえば、肝心のブレーメンの音楽隊とほとんど接点がなかったような……

カバラ侯爵夫人についても、あとあの誘拐女についても、知らないことが多い……


「なんだ、まだまだ切り口はあったのか」


ラートリア──今リアにのみ気を取られていたが、落ち着いて洗えば不明瞭な部分は多い。

そのあたりにヒントがあるのかもしれないな……


気が付けば隣にいた我妻選手は既におらず、代わりにメールが1通。


『今日君と出会えた事は本当に幸運だ。今度はGDOの中で会いたいものだ』


その文面に頬を緩めるのも束の間、俺のGDOでのアバターを思い出して身震いする。


「ま、まあ、大丈夫だろ……多分」




どうにか気持ちを立て直した俺はその後GDOにログインした。

今リアのことはそれでも気になるが、今は俺も情報を集めようと心機一転、したのだが──


「──あれ?おきた!おきたよ!とーさまー!かーさま-!」


いきなりこの状況は何なんでしょうかねえ!?

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