第20話 守るべきものが壊れた日
~Side ドットレス~
9月4日。この日は『ネバーランド』でのやり取りもそこそこに、俺はすぐにGDOにログインした。
ビネガー男爵領は一般的なフィールドとは違う隔離された領域になっているようなので、俺がいない間にも時間が進むなんてことはないのだが、逸る気持ちを抑えられなかった。
なにせこれから臨むのは領地存亡の危機、クライマックスだ。高ぶっても仕方ないだろう。
「おはよう」
「あ──おはようございます」
いつも通り今リアに挨拶したら、とても緊張した顔で返された。
「天使様が起きてこられたということは、今日、なのですね……」
「え?ああ、そういうことか」
俺達プレイヤーはイベントがある日まではスキップできるけど、その間もしっかり生きてるっぽくて事情も知っている今リアには、いつ来るかわからない滅亡の日というのはストレスだろう。
「情報精査は手早くいこうか。何かあった?」
「そうですね……収穫祭に先んじてやってくる商人たちのお陰でありすぎるほどにあります。どれが有用なのか……」
「マジか。でもこの局面ならある程度決め打ちしてもいいかな。どう?まとめたメモとかある?」
「あ、はい。こちらです」
と、今リアが渡してきたのは2枚の羊皮紙のメモ。すごくびっしり文字が書かれている。
それを斜めに眺めるように読んでみて……ん?
「あの騎士達って、カバラ侯爵の指示で来てたの?」
「あ、それは噂レベルですね。ちょうど1月前にほとんどの騎士達は撤退したのですが、その時に来ていた商人から聞いた話です。他の人からは聞けていませんね」
「うーん……」
知ってる名前が結びついたから引っかかったけど、過剰反応かな?
「騎士と言えば、来たときよりも帰る数が少ないようにも見えると、住人たちの話です。まあ何人かは領に残るのでしょうね」
「ふーん」
まあ騎士たちはどうでもいい。
「──あ、幼女リアとゲルマンは今は領地の外か」
「そうですね。工房の作品の運搬で先月から」
その後もいくつか詳細を尋ねたが、結局関係しそうなものはなかった。
むしろ気になったのは……
「ところでリア、このメモ全部覚えてるのか?」
「まあ、それぐらいは」
「マジか」
そういえば今まではメモすら出していなかったが……
「今回は情報が多く集まる予想がありましたから、メモを用意しました」
つまり今まではメモなしで……え、今リアやっぱりチートキャラでは?
「……あの、天使様がしてはいけない目になってますが……」
「ああ、ごめんごめん。さすがだなぁって思ってただけだから」
どんな目をしていたんだろうか。
「そしたら今日の予定を──」
考えていこうか、そう言おうとした口を閉ざして、俺は微かに耳が拾った音に集中する。
──経過を集計しています──
──集計完了。パターンA’を適応──
──クライマックスを開始します──
ゾゾゾっと背筋が震え上がる。機械音が宣言した瞬間、突如として工房を地震が襲った。
といっても震度2程度の小さな揺れであり、これ自体は脅威になるようなものではないが──
「ッ!」
「リア!?」
顔面蒼白になった今リアが床に膝をついて頭を抱える。
「母なる大地の揺れ……これ、覚えがあります、
今リアが叫ぶのと、外から悲鳴が聞こえてくるのはほぼ同時だった。
「っ、リア!落ち着いたら避難誘導に回れ!」
俺は窓を開け、そこから外へと飛び出した。
空に黒煙が伸びている。怒号悲鳴が入り交じる。たった1週間でも世話になった町が、襲われている。
「絶対にクリアしてやるからな!」
煙や悲鳴から考えて、襲撃は西から起きている。西の森へと俺は駆け出した。
だがそれは、ほんの数歩で中断させられた。
視界の端が光る。それを認識した瞬間には足を強く押し付けて急制動。目の前を小さな火種が弾丸のように横切っていき、建物の壁を破って燃やす。
「にゅぅぅぅ」
「にぎゅううう」
気味の悪い鳴き声があちこちから聞こえてくる。屋根の上、道の上、俺を包囲する奴らの姿は、間違いなく普通ではなかった。
白い兎耳、額に短い角。この2つを黒猫に付け加えたと言えばイメージがつくだろうか。
付け加えられたパーツは見覚えがある。角兎だ。でもあの猫は何だ?しかも魔法を撃ってくるってことはマモノ?
そんな思考は雨のように飛んでくる魔法の弾丸に強制中断される。
火に水に風に土。様々な属性の弾丸には幸いにもホーミング機能はないようで、動き続ければ当たりはしなそうだ。
それにしても、今まで働かなかった『被虐体質』が効いているようで、地響きを鳴らしてこいつらが集まってきているのがわかる。
ならば俺の役割は囮だ。領地の住人が逃げ切るための時間を逃げて逃げて逃げまくって稼ぐ。
いけるか?まあ数が多いだけで攻撃軌道は直線だ、包囲さえ抜けれれば余裕だろう。
「っし、やりますかあああっづ!?」
【部位欠損:右耳】【状態異常:火傷(20)】
右上のHPバーにそんな表記が加わる。
「……危ないですよ、ブライエンさん」
体は兎猫に向けたまま、僅かに振り返って後ろを睨みつける。
そこにはブライエンさんが、例の剣を両手で構え、気のせいでなければ
「……すまんな」
「はい?」
「
瞬間、ブライエンさんの体が燃え上がると同時にかなりの速度で接近、大剣を振り下ろしてきた。
すぐに下がりながら称号を変更すると頭上に光輪が現れる。空ぶって地面を砕いた剣だが、直後大地が灼熱し、爆発した。
「は!?」
もろに爆風を受けてしまって吹き飛ばされ、背中から家屋に激突する。1ドットでもHPが残ったのは奇跡としか言えない。
しかし、これはまだ始まったばかりだ。ハッとして斜め前へ転がると、俺がいた場所を無数の弾丸が貫く。
「……はは」
思わず乾いた笑いが出てしまう。
そうか。これは、ブライエンさんから逃げながら、ついでに弾丸も避けろと。そういう場面なのだ。
「はぁ~……何だこの難易度」
弱気な言葉とは裏腹に、俺の顔は、俺自身がわかるほどに笑顔だ。
「いいぜ、やったろうじゃねぇかよ、えぇ!?」
俺の狂相にブライエンさんは、静かに剣を構え直した。
時間稼ぎに付き合ってもらうぞ、ブライエンさん。
~Side ラートリア~
ついにこの日が来てしまいました。
何度もこれが幸せな夢であればと祈ってきましたが、それは叶いません。ならば私は今度こそ、愛するビネガー男爵領を救うのです。
このために私は新しい曲を練習して、なんとか実用に耐える水準まで持っていきました。
『
「煙が上がってるのは……西ですか」
それなら南に誘導していけばいいのでしょう。北は山脈で徒歩で通過するのは厳しいですし、東は……東は?東でもいいのでしょうか。
工房を出ようとする直前、同じように玄関を出て行くブライエンさんの背中が見えました。ブライエンさんも誘導に協力してくれるよう伝えたかったのですが……仕方ありません、エレーナさんにだけでもお願いしましょう。
まだ領内に残っていた数名の騎士達が避難を手伝ってくれていました。その中には見知った顔もいます。
「ルシア様!」
「リア!?何で来たのよ、こっちは危ないわよ!?」
「私も避難誘導を手伝わせてください!力になります!」
「そう?なら頼むわよ!今は1人でも手を借りたいんだから!こういう時にあいつは何をしてるのよ……」
少し遠いところで大きな炎が爆ぜます。この様子では、あっという間に領地は燃えてしまうのでしょう。それは悲しいことですが、今は屈する場合ではありません。
天使様に任された、そして私の意思でこなすと決めたのですから。
「まあいない人のことはいいわ。とにかく東の森に誘導していくのよ!」
「え、東、ですか?」
「
「あ、ああ、そうですね、分かりました」
なるほど、そう聞けば確かに南よりも東の方が誘導先としてはいいのでしょう。
しかし……何故でしょう?何故私の胸は、こんなにモヤモヤとしているのでしょうか。
~Side ドットレス~
「フゥッ!」
「っ、つぅぉおおオオ!」
熱波が俺の体を撫でる。
避けられたことに安堵する間もなく、今度は無理矢理地面を蹴って転がり、飛来する弾丸の束をまとめて躱す。
弾丸を躱せば刃が真上まで来ているので、受け身の要領で体を跳ね起こして、勢いそのままバックステップ。真後ろにいた兎猫を飛び越えて刃と爆風を回避。風に体を乗せて少しでも距離を稼ぐ。
方向感覚なんて、既にない。想像よりも鬼畜な時間稼ぎに、そんなことを覚えておく余裕なんてない。せいぜいが、兎猫が多そうに見える方へ走るだけだ。
弾丸は学ばないからいい。でも斬撃を振るうブライエンさんは──
「……よく避けるな」
そう褒めながら、剣の軌道を修正して振るってくる。
少しずつ、肌を焼く熱が強くなっている気がする。それは火力が高まっているからなのか、それとも少しずつでも距離が詰められているからか。
剣を振るおうとするタイミングで、俺は横にズレる。
するとブライエンさんの真後ろから飛来した弾丸が、ブライエンさんを貫き俺を掠めていった。
俺のミス?いや違う。最初は焦ったこの事態も、別の意味でさらに焦ることになる。
ブライエンさんの体がさらに激しく燃え上がる。そして炭となり、灰となり、爆発するように炎が登ったと思えば、そこにはなんともないブライエンさんの姿が。
「ほんと何なんですかそれは!?」
「聖剣の力だ」
そして再開される決死の時間稼ぎ。
「大体!ここは乾燥してるから火を使っちゃいけないとか聞いたんですが!?いいんですか!?」
「構わん。この炎は家屋なんぞすぐに焼き尽くす。飛び火する間もない」
「理不尽!」
まあ、まだ一撃重視の大剣でよかったとは思う。これで手数の多い双剣とかならとうに俺はリタイアだ。
「……すまんな」
「ん?」
ブライエンさんは手を止めないまま、謝罪してきた。
「この
「あれですか、公爵の命令に背いて匿ってるから、とか?」
「ああ。責任もって預かると言ったのでな」
「厄介ですね。そういう仁義というか、義理というか」
「本当に面倒だ……そろそろ妻もリアさんも逃げた頃合いだろう」
ブライエンさんが大剣を正面に構えた。
「森諸共、消えてもらう──『ΦθολατεΧΡυλε、ΣαγρfθγεΧοwν、ΔεαδΧΟΡΧΛθφε、Durandal、Wακε』!」
「デュランダル!?」
ノイズだらけで全くわからない言語をブライエンさんが叫ぶ。
現れたのは1つの太陽だった。そうとしか言えない熱が放出され、俺の【火傷】のスタック数値が跳ね上がっていく。
森はまだ少し距離があったにも関わらず自然発火し、近くの兎猫は命の危機がヘイトを上回って一目散に逃げていく。
「……ここまでかぁ」
瞬間に悟る。これは回避不能で防御不可の即死級範囲攻撃だと。逃げている兎猫共々、このあたりは焼け野原になるのだろうと。
まあいいか。クエストの大筋は理解できた。2周目でもう少し上手く立ち回れば完全クリアも可能だろう。この1周目は成功だ。
そう満足した気分で俺は眩しさを眺めて──
『■■ゥ■■■■ァ■a■■a■■■!!!』
「……は?」
突如響いた悍ましい叫び声、そして視界左上の『ラートリア・ビネガー』のHPバーが吹き飛んで──
────────────────
結末が確定しました。
1周目の総合評価:バッドエンド
2周目を開始しますか?
────────────────
真っ暗な視界の中、そんなウィンドウのみが表示された。
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