第19話 嵐の前、もしくは台風の目

体感では十数秒、ゲーム的には3ヶ月の処理が終わって、俺は再び目覚める。

季節は夏。乾燥している土地柄故か、ジメッとした空気はないが、ジリジリと焼いてくるような日光が窓から襲い来て熱い。




「ここ最近、多くの騎士が領内を出入りしています」


今リアからの最初の情報はこれだった。


「騎士?」

「はい。いくつかの子爵に伯爵の騎士団が東西の森の探索をしているようなのです。理由は盗賊団の捜索だそうなのですが、それにしては数が多すぎます」

「盗賊団ねぇ……そんな凶悪な奴らの噂は?」

「探しましたが、ありませんでしたね」


そうなると、盗賊団捜索はカバーで、本命があるってことかな?


「盗賊と言えば、ゾンビは?討伐されたの?」

「いえ、あれからパタリと目撃されなくなりました」

「そっか」


結局あのゾンビは何だったのだろうか。

アンデッドといえばネクロマンサーだが……これ以上後出ししてくるのは止めてほしいんだが……


「これ以外は、せいぜいが現王家のスタンドラ公爵家の醜聞ぐらいですね。聞きますか?」

「ここにさらに王家の醜聞とか……関係ありそう?」

「いえ、全く」

「じゃあいいや」

「わかりました──あ、それと天使様」

「ん?」


席を立とうとしたところを今リアに呼ばれる。

何かと思えば、今リアは頭を下げた。


「今日は工房の手伝いが忙しそうで、同行するのが難しいです。すみませんが……」

「あ、そうなんだ。了解。まだ夏なのに忙しいんだ」

「最近ゲルマンがいつも以上に打ち込んでいまして。次の収穫祭に向けているのでしょう」

「次の収穫祭か……」


俺がそう言うと、今リアの顔が曇る。


「あっと言う間にそんな時なのですね……」

「俺には1週間ぐらいの感覚だけど、リアは1年だもんな」

「そうですね。天使様に出会った日がつい最近のようにも感じますが、もうそんなに経つんですね」

「あはは……あ、それと呼び方気を付けろよ」

「え?あ……」

「ん?」


今リアの視線が上下する。

俺の頭に何かあるのだろうかと髪を触るが、特に何もない。

……いや、ちょっと待てよ?今の俺って、まさか──


「──あ」


ステータス画面を開いて、現在セットしている称号を見てみて、俺は速攻で変更した。

しかしこれは……


「……すみません、隠せませんでした」

「待って、これは俺が悪いから謝らないで」


土下座しようとする今リアを言葉だけで止めて、俺は天井を仰いだ。


「……何か言ってた?」

「皆さん驚いてはいましたが、特には」

「……そっか。なかったことにしよう」

「さすがにそれは……」


何だよ今リア、無理とでも言いたげじゃないか。やらなきゃわからないだるぉ!?

……落ち着こう。ちょっと混乱していた。


「……ブライエンさんとエレーナさんに話しておくか」

「そうしましょう」




結論から言えば、滅茶苦茶あっさり流された。

ブライエンさんは一言「そうか」とだけで、エレーナさんは「あらあら~、そうだったのね~」のみ。この夫婦大物過ぎる。


それよりも。


「──あの、ブライエンさん」

「何だ?」

「その、楽器を彫ってるそれは……」

「道具だ」


そう言えば作業風景をしっかり見たことはなかったなと思って見学していたら、ブライエンさんが使っている物が気になって仕方なかった。


どう見てもそれは剣だった。GDOでは初めて見る金属光沢を剣身から放つそれからは、うっすらと赤いオーラが見えた。

サイズ的には両手剣、その中でもさらに大きい方だろう。それを片手で握るブライエンさんの視線は切っ先に集中しており、それで楽器の模様を彫っていた。


「剣、じゃないんですか?」

「そうとも言うな」

「何で剣で彫ってるんですか?」

「この方が速いからな」

「そ、そうですか……」


俺がこの剣を気にしているのは、この異様な風景以外にも理由がある。

そもそもαでは俺は、剣を実装していないのだ。剣だけではなく槍、弓などの一般的に武器と呼ばれるものは全てだ。

この辺りは初期職業の候補が彫刻家、美術家、音楽家、小説家しかないことにも絡んでいるけど、それはともかく。


要は何故剣が目の前にあるかだ。ブライエンさんを質問攻めしたいが、作業の邪魔をするわけにも……


「そういえば、リアが聖剣とか言ってたっけ」


ならばこれは聖剣なのだろうか……うーん……


「……また折を見て聞いてみよう」


作業中の職人を邪魔することは、寝ているドラゴンの尻尾を踏むことにも等しい。俺はそんな経験からそっとその場を離れた。


──職人ついでにもう1人、奥にゲルマンの姿もあったが、鬼気迫ってまるで余裕がない様子に、言葉をかけるのも躊躇われた。




今日も今日とて『即鍛錬の調エチュード』を奏でながら領内を歩き回る。

色々と騒ぎがあっても町の様子は変わらず穏やかで、一方果樹エリアはひたすらに用水路から水を汲んで撒いていた。流れてくる分だけでは足りないのだろう。


「そんじゃあ森を覗いてみるか……」


今リアの情報を元に、森を重点的に探してみることにする。

森の入り口にはテントが張られて簡易的な駐屯所が建てられており、数人の大人が慌ただしくしていた。

騎士と言っても、身につけているのは木製や皮製の軽鎧に薙刀のような槍鉋。金属の甲冑などはなく、やはりあの剣は特殊なものなのだと改めて認識する。


さすがにここでは演奏するのはマズいかなと思い、さて、それじゃあこっそり森の中に入ろうかと爪先を向けると、俺は1人の騎士に呼び止められた。


「止まれ。何をしにここへ来た?」

「えっと、散歩?」

「ならばさっさと立ち去れ。今この森に盗賊団が潜伏しているという情報がある」

「……そうですか。分かりました」


説得する材料を探したが、特に思いつかなかったので、ここは大人しく立ち去ろう。

踵を返して、そうしたら今日はどうしようか考えていた時、また呼び止められた。


「ちょっと待て、お前の持ってるそれを見せろ」

「これですか?」


俺の持っているのは『銘潰しのリュート』だ。さっきまで演奏していたため、そのまま出していた。

でもこれを?訝しむが逆らう理由もないため、俺は騎士にリュートを見せた。


「──これは……」


数秒リュートを眺めていた騎士だったが、再び顔を上げるとそこには疑惑の念が張り付いていた。


「どういうことだ?何故君がそれを持っている?」

「何故って……」


これは今リアからの貰い物だが、本当は未来で──とか、信じて貰えるわけがない。

そうだな……


「……ゲルマンからもらったんですよ。失敗作でもいいからってお願いしたら」

「ゲルマン・ブライエンか?嘘を吐くな!そう簡単にブライエン工房の楽器が手に入るわけがないだろう!」

「ブライエン工房って。まあ、作ってるのは確かにそこだけど……」


そもそも動物たちの楽器の銘は”Bremen”であって、ブライエン工房を示す”Brien”ではない。

よって厳密には動物たちの楽器は『ブライエン工房作』とは言えないのだが……


「詳しく話を聞かせて貰う。来い」

「ちょ、はあ?」


手首を掴まれ、駐屯所へ引っ張り込まれる。振りほどこうとしてもさすがは騎士、解けない。


「大人しくしろ!」

「出来るかよ!そもそも盗賊団探しが何だって楽器に執心すんだよ!」

「黙れ!孤児風情が騎士に楯突くなど──」

「何の騒ぎ?」


と、そこへ横から別の騎士がやって事情を尋ねてくる。

こいつよりは話が通じるか?そう思ってそっちを見て、俺は絶望した。


「お、お前は……」


長い銀髪などはありふれていても、螺旋を描くように横に突き出る獣耳は見覚えがありすぎる。

というか、体感時間では一昨日出くわした相手だ。それが金属鎧・・・を身につけてそこに立っていた。


「ルシア様。この者、盗賊団に関わりのある者かと思い、連行している次第であります」

「はあ!?」

「分かりました。ですが彼女は私の客人よ、粗末に扱うことは止めなさい」

「この孤児が、ルシア様の客人ですか?お付き合いを改めた方が」

「それがそうもいかないのよねぇ。ともかく、彼女は私が預かるわ。あなたは下がりなさい」

「はっ、了解しました」


騎士からはあっさり解放された俺だが、それはそれとしてこいつも苦手なんだけどな……

肩を落としてルシアを見ていると、向こうが俺の視線に気付いた。


「……何よ」

「……まあ、助けられたことには礼を言っておくよ。ありがとう」

「ふん、冬の間もそのぐらい素直だったらよかったものを」


ちょっとイラッとするが、我慢する。

ルシアは一度、俺の頭上をチラッと見てから、また俺の顔に視線を戻した。何か今日はその動きされるのが多いな……他に何か別のが浮いてたりするのか?


「──それで?あなた、ここには何をしに来たわけ?」

「森に散歩がてら、情報収集かな」

「はあ?盗賊団の話は聞いてないの?」

「聞いてるから来たんだよ」

「あのねぇ、遊びじゃないんだけど?」

「そんなつもりで来てるわけねえだろ」


呆れたように言うルシアにうんざりしたように返す俺。


「……そう、よね」


てっきりもう一言二言返ってくるかと思っていたが、何だか納得されてしまった。


「でもあなた、見た目はそこらの孤児となにも変わらないんだから、森に入った後も騎士達と揉めるわよ。どうするの?」

「うっ、それは……」


正直もう諦めてもいいかなーと思ってたりもするが……いやいや、襲撃直前のタイミングでの変化を調べない手はない。

でもどうする?隠れながらはさすがに無理か?そうあれこれ考えていると、


「仕方ないわね、私が同行してあげるわ」

「はあ?」

「何よ、不満なの?これでも騎士達には広く知られてるし立場も上なの。面倒事はあらかた回避できると思うけど?」

「ええー、騎士達に広く顔を知られてて立場が上な別の人はいないの?」

「あなた本当に失礼よね!?他の人だと、それはもう忙しい隊長クラスしかいないけど、自分で説得できるの?」

「……よろしくお願いします」

「最初からそうしなさいな!」


屈辱である。




森の中、無言のまま歩みは進む。どこを歩いても同じような景色だし、隣にこいつがいて、演奏してなくて、そしてたまに騎士達と出くわす以外は変わりない。

……それ、結構違うな。


「──ねえ、あなた」

「ん?」


単純作業のようで暇だなーと思ってたところで、ルシアから声をかけられる。


「前に言ってたわよね?大事な用事があるって。何なの?」

「それ、教える必要あるか?」

「何、そんなに秘密にしたいことなわけ?」

「別にそういうわけじゃないが、信用されるかどうかはまた別だしな」

「それぐらい突飛なことってわけ?」

「まあな」


未来から来ましたとか、普通はとても信じられない話だろうし、実は天使なんですっていうのも同様だ。個人的には天使の光輪だけで信じてくれたゲルマン一家はちょっと特殊だと思っている。


そう、思っていたのだが。


「それは、あなたが天使だというのに関わりがあるの?」

「……リアから聞いたのか?」

「いいえ。春のゾンビ騒動の時、私は夜の見回りをしてたから。あんな派手にやってたら遠くからでもわかるわよ」

「なるほど……光輪程度で何で皆そう簡単に信じるのかねぇ」


ゲーム的な処理だろうか。NPCだけが感じる何かがあったりするのだろうか。

頭上アクセサリー『エンジェルヘイロー』。効果は何もなかったはずだが。


……ところで。


「お前、もしかして前の収穫祭からずっといるの?」

「そうよ」

「帰れよ。まさか家に居場所がないとかじゃないだろ?」

「あなたを連れ帰らないで戻れるわけないでしょ」

「その命令、まだ続いてたの?」

「公爵家からの命令よ?簡単に撤回されるわけないじゃない。むしろ時間的猶予を与えられているだけ温情があると思いなさい」

「へいへい」


本当、何だって公爵家なんかに狙われるんだろうか。ドットレス・ミューベンとか、俺のPNに勝手に家名を追加しないで欲しい。


「それで、結局用事って何なのよ」

「随分と熱心だな。そんなに気になるの?」

「その用事のせいで私も男爵領に留まってるんだから。ならさっさと解決させて連れ帰るのが得策でしょう?」

「俺にとってはストーカーに付きまとわれてるようなもんだけどな」

「誰がストーカーよ!?」


お前だよ。絶対間違ってないと思うんだけど。

何か言ってやろうかと思ったところで、前方が明るくなってくる。どうやら森の探索も終わりのようだ。


「もう終わりか。結局騎士達とすれ違うだけで何も見つからなかったな」

「森は反対側にもあるでしょ?そっちも行くつもり?」

「いや、東のこっちだけでいいや。西も変わりないだろうし」

「……そう」


気のせいか、ルシアが残念そうにしているように見えた。


「じゃあこれで解散だ。付き合ってもらってありがとう」

「感謝するなら、早く用事を済ませる事ね」

「善処する」


こうしてルシアと別れ、残りの時間は工房で自己鍛錬に励み、俺はログアウトするのだった。




今思えば、色々と後悔の残る夏だった。

『東の森をくまなく回って何も見つからなかった』。これの異常さに気付いていれば、ルシアを信じて俺の目的を話していれば、西の森にも行ってみていれば。


あんな思いは、しなかったかもしれないのに。

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