第18話 VRの「やつら」程、賛否の分かれる存在はない
夜になった。
昼は町とは言えど人の喧騒があるビネガー男爵領だが、夜になれば虫の鳴き声すら聞こえない静寂の帳が降りる。
「──夜中は、こんな雰囲気だったんですね……」
いつもよりも小さくなっている今リアが呟いた。
「夜に外に出たことはないのか?」
「ないですね。家でも、工房でも、夜は建物の中にいますから」
「……まあ、この暗さならわからんでもないなぁ……」
街灯や電気の偉大さがわかる。家々から漏れる光なんてものはなく、しかも月もたまに雲に陰るため、明かりは星々だけになり、綺麗ではあるのだが真っ暗になるのだ。
「むしろ、何で人影の目撃情報なんてあったんだ?」
「少ないだけで、まったくいないわけではありませんから」
「リア、何か光出せない?」
「私の魔力ではあまり……『
「うーん……あ、そうだ」
俺はステータス画面をいじる。すると頭上に天使の輪が出現し、僅かに手元の視界が確保できた。
「これならないよりマシだろ」
「な、何と言うべきか……」
今リアがすごい顔をしているが、使えるものは使わないと。
「それで、人影ってどの辺りで見られるの?」
「それなら、南から東にかけてですね。南の方がやや多めですか」
「それじゃあ南の果樹エリアから行こうか」
夜であっても果樹から広がる香りは変わらない。
「……昼にも思ったけど、苦手だわここ」
「いい匂いですのに」
「何事にも好き嫌いはあるってことで。じゃあ探していきますか」
視野がままならない中、人影の捜索が始まる。
まあ頼りになるのは目よりも耳だが、影にどこまで効果がある──ん?
「って、時間はいらなかったな」
「はい?」
「静かに……あそこ」
今リアの手を引いて近くの果樹に隠れる。
そして指を差した方向には、なるほど、人の形をした周りよりもさらに黒い部分があった。
「そういや、果樹に被害とかはあった?」
「いえ、特には」
「じゃあただそこにいるだけ?」
見たところ、動いているようには見えない──と、そこで今リアが鼻を覆った。
「どうした?やっぱりリアにもこの匂いは──」
「いえ、何か腐ったような臭いが……」
腐った。
人影。
ピッタリとハマってしまった2つの言葉とその正体に思い至ると同時に、カサリ、カサリという足音が聞こえてきた。
動いていないんじゃない、近付いてるからそう見えただけか!
「ざっけんな、今度はゾンビかよ!」
「──ぁ──」
ついに呻き声が聞こえるまで近づいてきたゾンビ。
ベースは……山賊か?目は白く、涎を垂らし、そして黒い靄が纏わり付いたゾンビだ。
あと、果実の香りと腐臭が混じって、気分が酷いことになった。
「倒しますか?」
「できればいいけど……」
俺は必死に考える。
「タイミング的にはそこまで強くはないだろうけど、相性もあるし……よし、リア」
「はい」
「『
「そこまでしますか!?」
「いや、ゾンビを舐めたらマズいよ?」
VRのゾンビ程、賛否の分かれる存在はいないと思う。
まずアンデッドとしてのリアルさ。リアルにしてもマイルドにしても文句が絶対に出てくる。
続いて強さ。ゾンビと言われて最初に思い浮かぶだろう、一般人をアンデッドにした普通のゾンビだが、強さを想定するのが非常に困難だ。
噛まれたら感染するのか?耐久は?力の強さは?
特に海外版VRだと見た目詐欺が酷かったりする。噛みつきで腕1本持っていかれたこともあったな……
……思わず遠い目をしてしまったが、さて、こいつはどうだろうか……
「──仕方ありませんね。『
今リアが演奏を始めると、俺の体がピカピカに光り始める。
「アンデッドには聖属性がいいのですが……抽出属性は使えないので、こちらを」
「十分!」
俺はゾンビへ向かって走る。
前傾姿勢だったゾンビは俺に気付きやや背を伸ばした。
そして腕を持ち上げ、振り下ろしてくるが、動きが緩慢な上に大振りであるため簡単に避けられ、そのまま顎に一発──!?
拳を構えたままバックステップ。直後目の前を尖った石の先が過ぎていく。
ニタニタと嗤うゾンビ。その手には黒曜石のナイフが。
「おいおい、フェイント入れてくるのかよ……」
こいつ賢いぞ……想定は悪知恵を覚えた初心者プレイヤーぐらいでいても妥当か?
「──ぁぁああぁあぁああ!」
打って変わって素早い動きでナイフを繰り出してくるゾンビ。
微妙に大振りだから避けやすいのが幸いか。当たらないと見て腰にナイフを構える。突きだな──じゃねえ、そのコースはマズい!?
「ふざけんな!やってくるのが嫌すぎるぞ!?」
突っ込んでくるゾンビを最低限の動きで回避して足をかける。うまく引っかかり転ぶゾンビが
「あああああああああ!」
ジタバタと抵抗するゾンビ。首からは細く白い煙が立ち上っている。光属性に反応してダメージを受けているようだ。
よし、このままトドメを──そう考えた瞬間、体が思い切り蹴飛ばされた。
「あ"?」
「ぁぁぁ」
新手!さっき叫んだ時に呼んだのか?何なんだよこのゾンビども!?
集まったのは2体。全てがナイフを持っている。
「はっ、山賊の親分と子分みたいな顔しやがって……いや、そういうことか?」
確か『ブレーメンの音楽隊』の童話では小屋を奪われる盗賊たちがいたはずだ。
つまりこいつらがその成れの果てか?それなら狡賢さには納得できる。でも何でアンデッドになってんだよ!?つーかゾンビになるんなら知能落ちてろよ!
「しかもさっきは俺のついでにリアも狙いやがった」
新手が今リアを襲わなかった辺り、『被虐体質』のお陰でヘイトは集められてるようだが、立ち回りを気を付けないとヤバい。
「数の不利を圧倒出来るほどのステータス有利はないし、向こうは油断してくれてない。なら地道に行きますかねぇ!」
一対多の原則、数を減らすこと!
先程ダメージを与えたゾンビへと駆ける。攻撃の軌道さえ気をつければ、当たるだけでダメージを与えられるから、狙うのは大きいダメージではなく、チクチク確実に。
足さばきだけで躱していき、引っかくようにゾンビを切り刻んでいく。
「ぁぁぁああああ!」
「ぁぁぁ」
「ああぁぁ」
ゾンビもやられるだけではない。3体で波状攻撃をしてくるが、弾幕が足りない。
と、ゾンビの1体がナイフを捨て、腕を大きく広げる。俺を捕まえるつもりか。
でもナイフを捨てたのは、悪手だ。
「お借りしますよっと!」
捕まえようとにじり寄ってきたゾンビを足払いし、屈むついでにナイフを拾う。
足払いの回転に体を乗せたまま反転、迫ってきていたもう一体の腹を大きく切り裂く。
2体の動きが止まった隙に包囲から抜け、離れていたもう1体の方へは行かず、戻って包囲の外から手負いのゾンビを攻撃する。
「ぁ──」
一閃。残りのHPが少なかったのか、ゾンビはそれで倒れて動かなくなった。
……いや、違うか?
「死んだふりぐらいはしてくるよなぁ?」
肩を貧弱な体重で押さえて、他2体を警戒しながら、ナイフを何度も振り下ろす。
さあどうする?かかってこい──
「──ぁぁぁぁ」
「へ?」
ゾンビ達は逃げ出した。
想定外の行動に振り下ろす手が止まると、俺を光らせていたオーラも消滅した。
「──お見事です、ドットレス様……いささか、やり過ぎな気もしますが……」
「でもトドメはキチンと刺さないとだろ?」
「えっと……」
何かを言い澱む今リア。その言葉を待っていると
────────────────
戦闘に勝利しました。
キャラ経験値を0獲得しました。
ジョブ経験値を16獲得しました。
アーツ経験値を0獲得しました。
職業『音楽家志し』がLv:6になりました。
SPを1獲得しました。
技能『魔素変換』を獲得しました。
称号『死を辱める者』を獲得しました。
称号『野生児』を獲得しました。
【※注意※】
楽器を使用していないため、アーツ経験値が獲得できません。
楽器を装備していないため、獲得できるジョブ経験値に制限があります。
────────────────
技能『魔素変換』(1/20)
基礎属性(火、水、土、風)が使用可能になる。
最低消費MP1
魔術の入り口へようこそ。
────────────────
称号『死を辱める者』
表示効果:なし。
常時効果:一部NPCの好感度判定にマイナス補正(極小)。
獲得条件:称号『罰当たり』を獲得した状態でエネミーの死体に一定ダメージを与える。
汝、死者を敬わぬ者。生者が故に驕る者。
何故、否定する?
────────────────
称号『野生児』
表示効果:与ダメージ上昇(極小)。
常時効果:なし。
獲得条件:アイテムか装備を正しく使用せず、打撃攻撃に使用して、一定ダメージを与える。
硬い物は硬い物。それ以外に何があるんだ?
────────────────
称号的にやり過ぎと言われた。
いや、別にそんなつもりはなかったんですけどぉ……
心なしか冷たくなった気もする今リアの視線に震えていると、ゾンビの体がボロボロと崩れ、ポリゴンに変わって散っていった。
残ったのは俺がナイフとして使っていた黒曜石だが……あれ?
『野生児』の獲得条件的に、これはナイフじゃないのか?切り裂いたと思っていたのは抉ってるだけだった?
首を傾げていると、ナイフがポリゴンと化し、パリンという音と共に消えていった。
────────────────
アイテム『■■■□■■・□□□□』を強制売却しました。
5,000Creを獲得しました。
────────────────
まさかの高級品だった!?おのれゾンビども、これを知っていれば逃がさなかったもの、を……
「あ、あれ……?」
アバターの力が抜けていく。毒か?とクリアな思考でパニクるが、開いたままのステータス画面を見て納得する。
「天使様!?」
「あーごめん、リア。時間切れみたい。あとはよろしく……」
状態異常【傾眠】。そのスタック値が急激に上昇していく。
ゲーム内時間を見れば23:59。春の時間はもう終わりのようだ。
俺の意識は、あっという間に沈んでいった。
夜闇の中で光り輝く存在は、蛾でなくても視線を引く。
「……今のって……嘘でしょ……」
少女も、その1人だった。
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