第17話 邂逅
再び季節が進んで春。
目覚めた俺は今リアから情報を聞く。
「と、言われましても、冬は交通が少なくてあまり入ってこないんです」
「まあまあ、些細なことからでもいいから」
申し訳なさそうな顔をする今リアを促す。
「そうですね……ああ、ドットレス様が眠ってから大体1ヶ月ぐらいでまたルシア様がいらっしゃいましたよ」
「え、あの誘拐娘また来てたの?」
「ルシア様です。誤解は解けたのではなかったのですか?」
「いやぁ、俺あいつとは気が合わない自信があって──それで?」
「騎士数名を伴って来ていたのですが、眠っている相手を連れ出すのは卑怯だとそのまま帰って行かれました」
「あー……助かったのはいいけど、正々堂々ってそういう場面で発揮する必要ないだろ……」
まあ、その真っ直ぐさは評価しても良いのかな。
「他に貴族関連は……ああ、そういえばここ最近ゲルマンが仕事を休んで出かけているみたいです」
「ゲルマンが?」
「父の家、つまり領主の館の方ですね。週に2、3度はそちらへ向かっています」
ふーん?
「そういうのって前からあったのか?」
「月に1、2度程度ならあったのですが、ここまで頻繁なのは初めてだそうです」
「リアは?付いていかなかったのか?」
「さすがに私が行くと、騒ぎが大きくなりそうですから……」
「それもそっか……」
まあブライエンさんにエレーナさんに即バレしたんだから、実の両親相手とかもう、な……
「そういえば音楽隊は?冬に小屋に行ったときは見かけなかったんだよな」
「それも領主の館ですね。収穫祭以降はずっとそちらで過ごしています」
「あ、そうだったのか」
「ただあれ以降一度も演奏など公には出てきていませんね」
「まさか1度の舞台で満足したとか……?」
いや、そんな軽い空気感じゃなかった。
なんだろ、新曲作ってるとか?
「ああそうでした。ゲルマンが館に通い始める少し前から、夜中に不審な人影が見られるようになったそうです」
「夜中に人影?盗賊とか?」
「さあ。捕まえたという話はまだ聞かないので」
「ふーん……捕まえるって、ビネガー男爵領って騎士とか警邏とかいるのか?」
「数人ですがいますよ。一応町の出入り口にも門番としているのですが……」
「ああ、俺たち飛び越えて来ちゃったからな」
ワープ機能あると、門番NPCって一番関わり少なくなるよな。
「──これぐらいですね」
「人影がモロに怪しいけど……事件とかはなかったんだよな?」
「そうですね……強いて言えばいくつかボヤ騒ぎがあったぐらいですが、冬場ですし、数も例年通りだそうでしたので」
「暖を取るための火でボヤ騒ぎかー」
「ここは雨が少なくて乾燥しやすいので、小さな火でも大火事になったりしますから、冬場は気が抜けません」
なんかそれ、収穫祭の時にブライエンさんが言ってたっけ。
……うーん、そうだな……
「冬と同じく、また周りを見てみようか。できれば夜中の人影も確認できるといいけど」
「遅くに出かけるのなら、私も付いていきますね」
「そう?じゃあその時はよろしく」
相も変わらず領主の館は入れず。
これ、分岐とかあったのかな。お世話になる場所が『ブライエン工房』か『領主の館』か、とかでさ。
ゲルマンが通ってたり、音楽隊が滞在してたり、幼女リアもいたりするから、キーであるのは確かだと思うけどな。
……忍び込めないかな?
あ、すいません、冗談です衛兵さん。すぐに立ち去ります。
領主の館を後にして、北の山脈、東の森、南の果樹園と回っていくが、相も変わらず見つかるものはなく、小屋も空振り。
南中していた陽も傾き、最後に西の森を歩いていた時のことだった。
「ド・ド・レ・レ・ミ・ミ・ファ・ファ・ソ──よし、少しは慣れてきたな」
アーツ経験値とジョブ経験値を稼ぐために、『
プレイヤーの中には育成に狂気的な熱意を注ぐ人種がいる。俺はそこまでではないが、でもやはり自キャラが着々と強くなっていく手応えというのは一種の麻薬のようだ。
この辺りはゲームというものの特徴だろう。現実と違って、どんな努力も絶対に裏切らず、数値化されているから目に見えて成果を確認しやすいというのは。
「おし、それじゃあ通しでやってみようか」
ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ド──1音1音を丁寧に弾いていく。音が濁っていないか、耳を澄ませて注意していると──
「ド・シ・ラ・ソ・ファ──」
「ふん、ふん、ふん、ふん、ふん──」
「っ!?」
突然、自分の真後ろから鼻歌が混じってきていた。気付いた瞬間前に跳んで距離を取り、振り返って警戒する。
「あら?あら?もう終わりなのかしら?残念だわ?残念だわ?」
……まったく、外を出歩いていたら厄介な女に出くわす場所なのだろうか、ここは。
それとも『被虐体質』のせいか?いずれにせよ原因は関係ないか。
だって既に遭遇してしまったから。
対面するだけで皮膚が粟立つようにゾクゾクする。失われたはずの本能が、機嫌を損ねるなと騒ぎ立てる。
見たところはオーソドックスな狐獣族のハーフだ。金色の髪、耳、尻尾、そして瞳。森の中には似つかわしくない、胸元だけが開かれたドレス。ニコニコしながら小首を傾げる仕草は愛嬌すらも感じるかもしれないが、それは毒のようにむせそうな色香を撒き散らしていなければだ。
そもそも視線が、俺を見ているようで見ていない気がする。
「……はじめまして、ですよね?」
カラカラになった喉から声を絞り出す。
狐の女性の表情は変わらない。
「そうね?そうかもね?でもね?でもね?私はあなたを見たことあるわ?」
囁くように、尋ねるように、しかし問答無用で刻み込むように女が喋る。
「はぁ」
「どこで見たかしら?そもそも見たのかしら?思い出せないわ?どうでもいいのかしら?」
「そうですか。ところでお名前を聞いても?」
「あら?あら?お誘いかしら?嬉しいわ?残念だわ?まずは名乗るのが礼儀かしら?」
こんな女に礼儀を説かれたくなかった。もちろん声には出さないが。
「それは失礼しました。俺はドットレス、今は『ブライエン工房』の世話になってます」
工房の名前を出して反応を見る。
すると、女の目が僅かにつり上がった。
「ふーん?工房?工房?ブレーメン?」
ニィっと女の口が動く。
「アレのいたところだわ?不遜よね?」
「なんのことかわからないけど、そちらは名乗ってくれないので?」
「うふ?うふふ?知りたいの?焦りは禁物よ?」
女はキレイなカーテシ-を見せる。その時だけは一切の毒気を感じなくて、突然のギャップに戸惑った。
「私はシャル、シャルボート・カバラよ?愛猫家の侯爵夫人とでも思ってくれればいいわ?」
カバラ!?マジかここで出てくるのか!
ていうか侯爵家が渋滞しすぎじゃね?いや、今はそんなのどうでもいい。
「侯爵夫人が、何故森に?行くなら工房か、領主の館とかじゃないの?」
俺がそう尋ねると、また女から毒気が滲んでくる。
いや、滲むなんてものではない。先程よりも強く、容赦なくぶつけてくる。
「仕事終わりの散歩よ?探し物かしら?アレはどこか知らないかしら?」
「アレ?」
「猫よ?」
「……もしかして、ブレーメンの猫か?」
「そうよ?そう言ったのよ?それでどうなの?」
どうする?領主の館だって言うべきか、知らないと告げるべきか?
「……さあ?この前までは領主の館に滞在してたみたいだけど、今は知らないよ」
別に嘘ではない。今、どこにいるのかは知らないのだ。
どうだ?冷や汗が頬を伝っていく。
「そう?そうなの?残念だわ?」
カバラ侯爵夫人は特に疑う様子もなく、拍子抜けするほどにあっさりと引き下がった。
と思えば、今度は口に手を当てて笑い出す。
「うふふ?時間ね?残念だわ?残念だわ?」
「時間?」
「あなた面白いわね?」
視線でゾクリと背筋が冷たくなる。
「また会いましょう?て・ん・し・さ・ま?」
「!?」
気付けばカバラ侯爵夫人の姿は木陰に消えていた。ゾワゾワとした感覚は消えており、俺は深呼吸を繰り返した。
「なんだありゃ……」
短いやり取りだったが、数時間経ったようにも感じる。
化物、と言う言葉は俺がゲーマーとして負けたように思えるから口にしないが、それに相応しいような存在だった。
そもそも、なんで俺が天使だと?
「……今だと絶対に勝てない」
直感に過ぎないが、色々なものが足りなすぎる。ステータスも装備も、技能も知識も。
「でもいつかは、絶対に越えてやる」
俺はそう誓った。
……それはそれとして、疑問が1つ。
「何で今リアは、あんなやつがいるところに行きたがったんだ?」
現時点で幼女リアとカバラ侯爵夫人の繋がりが見えない。
俺は気持ち悪さを胸に残したまま、夜を待った。
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