第14話 収穫祭
『ブライエン工房』。
ゲルマンの親父さんのお店の名前である。
ブライエンは親父さんの名前であり、ブレーメンの由来であるとか。
ちなみにブライエン、身長はどう見ても2メートルを超えている。3メートルはないと思うが……
ぶっちゃけ見上げるのに首が痛くなりそうだ、ゲーム内だから平気だけど。
奥さんは白い馬獣族のハーフで、名前はエレーナ・スーホ・ブライエン。スーホは家名ではなく部族名なのだとか。普通に美人さんでした。
ゲルマンもすぐに気付いた今リアの容姿に、ご両親2人も驚いたような反応をしていたが、特に何も言わずに俺達を受け入れてくれた。ありがたい。
それで肝心の工房での手伝いとは何かだが……
「──ミューベン公爵様にも待っていただいているのです。というわけですので、大変申し訳ありませんがお時間を戴くことになります」
今リアはエレーナさんと一緒に貴族相手に接客業。俺は裏方で荷運びや会計手伝いだ。
正直今リアに接客業が出来るとは思っていなかったのだが、最初こそ妙なところでビクビクしていたのだが、今ではご覧の通り、まるで思い出したかのように貴族相手に毅然と、一歩も引かない対応をしている。
「これでも、旅をしている間はギルドの受付のバイトで稼いでいましたから」
なるほど、確かに会話中に「あれ、今リアってギルドに詳しいな」と思ったことはあったが……
というかギルドの受付嬢はバイトなのか。
あ、俺はどうかって?
初めての会計作業に苦戦中です。何故か少量でもジョブ経験値が手に入るのは望外だったけど。
リアルでは9月3日。GDOが配信されて3日目の朝になった。
「──で、ラートリアって子はどうなったの?」
『ネバーランド』で尋ねてきた天人と琥珀に、ザックリと昨日の経緯、説得やユニーククエストについてを話したら。
「うわさっすが人誑し」
心外な評価である。
GDOにログインすると、そこは昨晩よりも賑わいの声が増して聞こえてくる寝室だった。
ビネガー男爵領に来て
GDOでは時間加速システムを採用していない。が、それは別に出来ないという意味ではない。
このクエストが始まる直前に時間加速を始める云々のアナウンスがあったことからもそれはわかるだろう。
問題はその加速倍率だ。俺の知る限り、公開されているVR作品の中では5倍が最大だ。
だが俺は昨日、13時を少し過ぎた辺りからユニーククエストを開始した。何時のビネガー男爵領と接続したかわからないが、とりあえず丸々3日分72時間は過ごしたはずだ。
ログアウトしたのは4日目の夜で、現実の時間は19時頃。
計算すれば、倍率は少なくとも12倍となる。
これは十分、驚異的な数字なのだが……
「……何か、絶対この程度遊びですらないんだろうな……」
四天王グループの力を考えると、12倍なんて匍匐前進のようなものではないかと思える。
ちなみに加速されていても記憶はキチンとある。これは使い道が広がりそうというか、また四天王グループの名前が広まりそうというか……
「っと、無駄な考えはここまでにしておくか」
ようやく俺は起き上がって部屋を出る。
今日はこのクエストで大事な日の1つだ。なにせ──
「収穫祭が、始まるからな」
まだ収穫祭の準備をしている1日目の段階で人はそれなりにいたが、収穫祭本番となると馬車の数が倍以上にはなっているだろう。
貴族の馬車はそのまま領主の館へ行くのだが、商人のはそのまま広場で留まる。結果、工房の前は大渋滞であり、わずかな距離しかないはずの広場の中央まで行くのは大変だった。
中央は即席の宴会場になっており、ステージがあったり、それを見物する長椅子が並べられてある。席は8割近く埋まっており、この調子だと立ち見の人も現われそうだ。
「ふふ、この熱気、懐かしいですね……」
隣に立つ今リアが目を細めて眺めながら言う。
「家での演奏会はいつも飽き飽きで、だから広場のお祭りがいつも羨ましくて。ようやくその機会を見つけて、そして──」
「あ、リアおねえちゃーん!ドレスちゃーん!」
北の道から、幼女リアがイーゼルに乗ってやってくる。俺達を見つけて両手を大きく振っていた。
危ない、と思ったら、同じくイーゼルに乗っているカッツェリーラが落ちないようにバランスを整えている。お前万能だな。
「おはよう幼女リア」
「よーじょりあ?」
「あ、間違えた。えっと、ラートリア」
同じ名前の奴が2人いると呼ぶとき紛らわしい。
「よーじょりあ?わたしはよーじょりあ!」
「あ、気に入ったようですなによりです……」
ま、ちょっと語感似てるよね、幼女リアとラートリアって。
「おはようございますにゃドットレスさん、リアさん」
「おはようカッツェーリラ。何か朝から疲れてる?」
「にゃ、自分はいつもこうですにゃ」
「苦労してんな……なんか奢るよ」
「にゃ、カッツェは魚がいいにゃ」
にゃっはっは……という乾いた笑いに涙が光る。
「リアおねえちゃん!ドレスちゃん!」
幼女リアがイーゼルから飛び降りて俺たちの手を取ってブンブンと振り回す。
「きょーはみんなをねむらせちゃうから!」
「え、俺ら寝るの?」
「とーさまがえんそーちゅーにねるのはリラックスできてるしょーこだって!」
ラートリアパパ……
「そ、そっか……」
「あはは……楽しみにしてますね」
同じ父を持つ身で覚えがあるのか、今リアが曖昧に笑う。
ちなみに幼女リアとまともに話すのは初日以来だったりする。意外と捕まえられなかったり、リハ中だからと追い出されたり。
「──にゃ、みにゃさんそろそろ時間にゃ」
「そうだった。ありがとうカッツェ」
カッツェーリラに促されて、広場の波を掻き分けてステージへ向かう。俺たちは長椅子ではなくステージ上の特別席を用意されているようで、そこに座る。
幼女リアが現れたことで場は一瞬静まり、そして新しいざわめきが生まれる。
耳を澄ませて拾っていけば、幼女リア自身の話題、そっくりな見た目の今リアの話題、一緒に現れた動物たちの話題もそれなりにあるようだ。
しばらく待てばさらにゲルマンと父のブライエン、母のエレーナも登場する。ブライエンは席には座らずステージの中央に立ち、周囲を見渡す。それだけで場が静まった。
「──今年も、この季節がやってきた」
ブライエンが語りだす。どうやら収穫祭の司会のようだ。
「このビネガー男爵領は雨が少ない故、ワルザー川の恵みで生きている。つまりこの実りはかの大河に許された繁栄なのだ──皆よ、今年も実りを祝い、大河に感謝を!」
なんか宗教のような文言だが、これがビネガー男爵領の土着信仰なのだろう。実際ここはあの川がなければ生きていけない程頼り切っている。
「これより祭りを始める!」
ブライエンの宣言に場が沸き立つ。
状況が状況でなければ、俺も同じくお祭り騒ぎに乗りたかったが──
「……視線が痛い」
客席からの「なんで孤児がいるの?」という視線に俺は縮こまっていた。
借金返したら、最初に服装を整えよう。
俺は強制売却してしまった服に誓った。
振り返れば、ここがまず悔やまれる。
この時、もう少し開き直っていれば──
「あら?あらあら?どうしてかしら?まあいいわ?」
狂気は嗤い、
「あれは行方不明の厄災姫!?何故ここに!?領主様に伝えなければ──」
正義感は走り出し、
「──ぁ──ぁぁ──」
悪意は静かに歩み寄る。
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