第13話 幼馴染みのゲルマン

……狭い。

小屋に招かれた俺はまず最初にそう思った。


8畳ぐらいのリビングにはソファとテーブルと暖炉があるのだが、そこへさらに動物が4匹と人が4人。その内ゲルマンと馬がかなりのスペースを占めていた。


「おねえさんたちもみんなにあいにきたの?」


最初に口を開いたのは、ニコニコ笑う幼女ラートリアだった。


「え、えーっと──」

「そんなところかな。面白そうな噂を聞いたから」


急展開にテンパる現代ラートリアに代わって、俺が応える。


「うわさ?」

「『ブレーメンの音楽隊』」


ピクッとゲルマン君の眉が動く。


「どこから漏れた?」

「さあ?本当に噂で聞いただけだから」

「…てん、ド、ドットレスさ、ん。知ってるんですか?」

「…いや、カマかけ」


小声で尋ねてきた現代ラートリア──長いな、今リアにしよう。尋ねてきた今リアに同じく小声で返す。


「…そうなんですか?」

「…まあこちらでは有名なお話だしね」


『ブレーメンの音楽隊』。ロバ、犬、猫、鶏がブレーメンを目指して旅をする童話だ。ロバと馬の違いはわからないけど、馬、犬、猫、鶏が見えたからもしかしてと考えたのだった。

まああの童話では猫は喋らないが──いや、喋ってたっけ?あ、でも人語じゃないはず。


「…というか、こんなインパクトのあることを今のリアが知らないことが気になるんだけど?」

「…何と言いますか、既視感はあるんですが……」


うーん、と首を傾げる今リアは、見た感じ本当に知らない、覚えていないようだ。名前を呟いてはいても。

記憶喪失にでもなったのだろうか……そういえば最初に会った時も記憶がおぼろげだったっけ。

まあそれは追々明らかになるだろう。


「──それで、音楽隊の皆々様は何をするんです?」

「……お前、それぐらい知ってるんだろう?何で訊く──」

「あのね、わたしたちおまつりでえんそーするの!」

「あ、おいお嬢!」


明らかに俺たちを警戒しているゲルマンに対して、幼女リアはそれは楽しそうに聞いて欲しそうに喋る。

ゲルマンが幼女リアの口を塞ごうとするが、ひらりと躱した幼女リアはまず馬の前に立つ。


「このこはイーゼル!リュートをひくのよ!」


続いて鶏を指差す。


「あっちはハンス!うたごえがとってもすてきなの!」


今度は犬を撫でて。


「このこはハンド!ティンパニをたたくすがたはかわいいわ!」


最後に猫を指差して。


「あのこはカッツェーリラ!とってもあたまがよくておはなしができるの!」

「カッツェーリラにゃ。音楽隊ではピアニョを演奏するにゃ」


そして幼女はむんっと胸を張り、ドヤ顔で締める。


「わたしはラートリア・ビネガー!ヴァイオリンをたんとうするのよ!」

「ぶるるっ!」「わんっ!」「こぉっ!」「にゃ、にゃあ」


その後ろにいつの間にか並んだ動物たちが、一斉に鳴き声を上げた。


……戦隊ものかな?今リアは目が点になっていて、ゲルマンは頭を抱えていた。小屋の外で鳥が鳴いている。

俺は苦笑しながら幼女リアの前に立ち、やや見上げた。つまり俺の身長は7つの幼女リアよりも……これ以上は言うまい。


「俺はドットレス。旅の楽士のリアに拾われた孤児だ」

「へ!?あ!旅の楽士のリアです!」

「ドットレスちゃん?へんななまえー。おねえさんはわたしといっしょ!わたしもパパとママにはリアってよばれるの!」

「いやお嬢、こいつは一緒どころか……」


ゲルマンが幼女リアを止めようと話しかけるが……


「こいつとかいっちゃだめ!リアおねえちゃんはリアおねえちゃんなの!」

「いや、だから──」

「あいさつもしないゲルマンなんかしらない!」

「うぐっ!?」


……暴君相手に大変そうだ。


「……ゲルマンだ。楽器職人の見習いをしてる」


渋々と幼女リアの言う通りにしてるあたり、ゲルマンは幼女リアに甘そうである。


「よくできました!」

「はぁ……」


ニッコニコの幼女リアに溜め息を吐くゲルマン。

と思えば幼女リアはくるりとこちらを見て。


「それじゃあわたしたちはこれからリハーサルなの!だからリアおねえちゃんとドレスちゃんはまたあとで!ほんばんをたのしみにしてね!」

「ドレスちゃん?あ、ああ。楽しみにしてるよ」


完全に小屋で様子見するつもりだったのだが、ゲルマンからはともかく幼女リアからそう言われてしまえば従うしかない。


「俺が送っていく」


そう言ってゲルマンもついてきた。




「……で、お前らの目的は何なの?」


案の定、小屋から離れてすぐにゲルマンが尋ねてきた。


「え、普通に観光に来ました、収穫祭楽しみにしてますー、じゃダメ?」

「ダメ」

「ドットレス、さん。ゲルマンにお話するのはどうでしょうか?」


警戒するゲルマンの視線に耐えかねて、今リアが提案してくる。


「えー、信じてくれると思う?」

「突拍子のない話ではありますけど、ゲルマンなら……」


贔屓目が入ってそうな評価に俺は苦笑する。


「おい、そっちでばかり話すな」

「そうだな……あ、じゃあゲルマンさんがどう予想してるか聞かせてくれる?思うところもあるでしょ?」


思い返してみれば、いやわざわざ思い返さなくても、幼女リアとそっくりの見た目をした今リアにゲルマンはとても気にしていた。


「ゲルマンでいい──取り敢えずお前が孤児ってのは嘘だろ。どう見てもそっちの姉ちゃんの方が下手に出てる」

「あう」

「あー、分かる?」

「これでも貴族相手に商売してんだ、人を見る目は鍛えられてる。んん……でも、そういうことか?信じてくれるかってのは」

「と言うと?」

「あー、そこの姉ちゃん……お嬢の、将来の姿って言われても納得できそうだな。性格は全く違うけど」

「マジか」


そこまで鋭いのゲルマン?


「正直、領主様の隠し子とか、そういうマモノって方がマシだよ。でも似すぎなんだよ。見た目もだけど、細かい癖とかもさ……」


さすが幼馴染み。実は出会ってまだ2日の俺にはその癖というのはわからないが、ゲルマンは何か勘づいたようだ。


「ま、こちらとしては話が早くて助かるけど。ダメ押しの根拠としてこちら」


と言って、俺はゲルマンに装備を1つ見せる。

そう、遺物とかいうものらしい、『銘潰しのリュート』だ。


「んだ?これは……おい、これ」

「多分、あのロバのものだと思うんだよね。幼女リアがそう紹介してたし」


あの時、リュートという言葉が出てきて、ん?と思った。


「間違いねえよ。ボロくなってるけど俺の作品だ──なあ、お前、じゃねえか。未来のお嬢、あんたいくつだ?」

「えと、今年で17になりました」

「え、ラートリア年下だったの?」

「え!?失礼ながら天使様はおいくつなんですか?」

「21」

「成人してたんですか!?」

「小魔族だからな」


俺の背が低いのは種族のせいだと言いたい。


「となると、大体10年前か……」


一方、ゲルマンはリュートを色々な角度から眺めている。


「ちなみにゲルマンはいくつなんだ?」

「俺か?もうすぐ14だな」

「意外に若かった」

「うちは巨人の家系だからな。俺はまだまだ伸びるし、親父はもっとデカいぞ」


巨人の家系……ひょっとして巨魔族のことか?ハーフ限定種族で見た気がするな。


「いや年齢よかもっと衝撃的な話が聞こえた気がしたが?」

「……何かあったっけ?」

「天使って言わなかったか?」

「気のせいだ」


またあの問答をしなきゃいけないとか面倒臭い。


「はぁ……まあ俺も触れなくていいならいいけど」


と言って、ゲルマンがリュートを返してくる。


「それで?お前ら宿はどこなんだ?」

「え、宿?」

「あ……」

「は?」


あり得ないものを見たような目をするゲルマン。


「いやいや、は?まさか取ってないのか?」

「……今から探すのは──」

「空いてるわけねえだろ。収穫祭の直前だぞ」

「そっかぁ……」

「どうしましょう……」


町に来てまで宿無しですか……


「お前らなぁ……ったく、しょうがねえなぁ……」


ガリガリと頭を掻くゲルマン。そして溜め息を深々と吐いて、提案した。


「じゃあ俺の店を手伝え。そしたら場所は貸してやる」

「え、いいんですか!?」

「場所とメシだけだからな!給金出す余裕はねえんだ!」

「それだけでも助かります!ありがとうございますゲルマン!」


花開くような笑顔にゲルマンは目を逸らして。


「……ったく──」


何かを呟いた。

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