第12話 ユニーククエスト
「あっはっはっはっ、いやぁ早速とは、流石ですねぇ」
「富岳院、あなた本当に何もしてないんでしょうね?」
とある会議室にて、突然大笑いし始めた男性を女性が咎めていた。
「誓って何もしていませんよ、本当に。私が手を加えたら面白くないじゃないですか。これは間違いなく彼の運が掴んできた機会です。ただ、まあ──」
男性が女性に1つの数字を見せる。
「推定成功率33.7%。ユニーククエストの難易度は成功率が40%になるように調整するよう指示してるはずなんですが、『被虐体質』が作用したみたいですね。これは面白い、予想外でした」
「それ本当に予想外?」
「ご想像にお任せしますよ──おや?」
会議室に新しい通知音が響く。それを見て男性が拍手した。
「素晴らしい、あなたもですか」
「これは──これでも手を加えていないと?」
「くどいですよ竜宮院……まあ、真のユニーククエストなんて1000を超える数を用意しているんですから、こういうこともあるでしょう。想定よりもハイペースなのは確かですが」
「はぁ……」
女性は溜め息を深く、吐いた。
「す、すみません……」
「いやいや、気持ちはわかるよ」
久しぶりの帰郷にテンションが上がっていたラートリアだが、周りからの奇異の視線に耐えかねて顔を赤くしていた。
「でも本当に嬉しいんです。私はてっきり、草だらけの廃村に出るものだと覚悟していましたから」
「ああ、滅んだ跡地ってことね」
「はい。これは、時間が巻き戻ったのでしょうか?それとも私の夢だからでしょうか?」
「うーん……」
俺はちらりと視界の右上を注目してから、ラートリアに告げた。
「時間が巻き戻ったんだと思うよ」
「本当ですか!?いや、そんな都合のいいことが──」
「そこなんだよね。そんな甘くて単純な話じゃあないと思う」
「……と、言いますと?」
「とりあえず1つ。俺たちはあと2回時間を巻き戻せる、と思う」
「それは天使様の御力ですか?」
「うーんと、神様からの配給品、かな?」
俺の視界の右上には新しいマークが追加されている。
砂時計に、反時計回りの矢印が重なったマークだ。それが2つある。
砂時計と反時計と見ればそれは時間の巻き戻しだが、複数あるということはこれは残基と見るのが正しいだろう。
つまり今を1回目として、3回。3回で何かをしなければならない。
「──そしてそれは恐らく、
「なるほど……でもそれはつまり、神は見ていたということなのですね……故郷を、皆を、ゲルマンを、家族を、救える機会が与えられたんですね」
「まあすごく難しいだろうな。でも俺だけじゃなくてラートリアも呼ばれたってことは、ラートリアの力も必要なんだろうな。というわけで、協力してくれるか?」
「是非もありません!それこそこちらが土下座をしてでも頼み込む立場ですから」
「しなくていいからな」
そんなやりとりをしていると。
────────────────
『ラートリア・ビネガー Lv:?』がパーティに加わりました。
────────────────
再びウィンドウと共にラートリアのHPバーが視界左上に追加される。
あ、名前に家名が加わってる。細かいな。
「それじゃあ案内よろしくな」
「はい、では──こちらから行きましょう」
「ところで、俺達の身分はどうする?過去に戻ったってことはもしかしたら、当時のラートリアがいるかもしれないだろ?その状況でラートリアって呼ぶのもマズいよな」
「あ、それもそうですね……では、天使様はリアとお呼びください。旅の楽士リアということで」
「リアね。じゃあリアは俺のことはドットレスってちゃんと呼んでくれよ。リアに拾われた孤児ってことにするから」
「え、え!?そんな畏れ多い!?」
「いやだってさぁ、こんな奴隷か孤児にしか見えないような格好の奴を天使様って呼ぶのって結構おかしくないか?」
「あうう、て、天使様が光輪を出していただければ──」
「滅茶苦茶目立つじゃんか!」
「うぅ……ド、ドットレス、様」
「様も要らないだろ……」
「が、頑張ります……」
「ホントに頼むよ……」
「ここが一応大通りになります。まあ町の中では一番道幅が広くて申し訳程度に舗装がされているというだけですが」
「向こう正面に見えるお屋敷が領主の家?」
「はい。その少し手前には大きな広場があって、お祭りの時には領民は皆そこに集まるんです。確かゲルマンの店もそこにあるはずです」
「ふーん……とりあえず重要そうな所は後にして、反対側のこっちをお願いできる?」
「わかりました」
「──はいよ、毎度あり!嬢ちゃんもちびっ子も祭り楽しんでくれよなぁ!」
「ありがとうございます──はい、どうぞ。せっかくなので領の果物を食べて欲しかったんです。このマルスは他よりも瑞々しくて蜜が甘くて、こっちのヴィーティスも大粒で仄かな酸味があるのが特徴なんです!」
「え、あ、うん。美味しそうなリンゴとブドウなのは分かるよ」
「このアミグダとディオスピロだっていい熟れ加減ですよ!セレーサスは──」
「わかった!わかったから!もう十分貰ったからこれ以上は多いって!」
「す、すみません……私、また……」
「まあ、うん……うん。あ、果物はどれも美味しかったよ」
「うう、気を遣わせてしまってすみません……」
「最初のラートリアに戻ってきたな……それはともかく、あの果物屋のおっちゃんは知り合いだったのか?」
「え、あ、はい。いつも会えば果物をくれたんです」
「爺さんと孫みたいだな」
「まあこんな小さな町では皆が家族のようなものですから。あ、そうだ天、えと、ドットレス様、今がどのタイミングかというのがわかりました」
「え、本当?」
「はい、もうすぐ息子さんが結婚だと仰っていましたので。今から1年後にこの領地は滅亡するはずです」
「1年前か……1年前?」
「はい。この光景が1年後には失われると思うと、切なくなりますね……」
「あ、いや、まあ、うん、そうなんだけど……」
「?」
「──この辺りからが畑の区画ですね」
「匂いが濃くなってきたな。これ以上近いと咽せそうだ」
「そうでしょうか?いい香りだと思いますが」
「リアは慣れてるからだろ……というか普通匂いって花が咲いてる時に出てくるもんじゃないのか?なんで実ってる時に出てくるんだ?腐ってる、わけないもんな」
「うーん、それは私も知りませんね。その手の学者様が来れば分かるのかもしれませんが」
「そういう土地柄なんかねぇ」
「あ、この用水路はワルザー川から引いてるんです。辿れば大きな川が見れますよ」
「ワルザー川ってああ、朝演奏してた曲の元ネタとかだっけ」
「『マルクトの大河』ですね。雄大な流れと曲調がとても合っていると思いますよ」
「っし、周辺はこれで回れたか」
大体このビネガー男爵領の地理が分かってきた。
形は尖ってない扇形というか台形というか。南に果樹園が集まり広がっている。
東西には森があり、北は山脈。東の森を流れるワルザー川はその山から流れてきているのだろう。
領主の館が北の方にあり、その手前南側に大きな広場があって、幼馴染みのゲルマン某の店がその辺りにあるのだと。
時期は収穫祭の前日で、タイムリミットは1年後らしいのだが……
「その1年間ってのも長いよな……」
過去追体験型のクエストなら長くてもリアル時間3日間拘束が限界だろう。
一応ログアウトはできるようだが、その間の時間の流れがどうなるのか皆目見当が付かない。
「まあ別に、最悪ログアウトしなくても俺は平気だしな……」
1巡目と今回のことを呼ばせてもらうが、1巡目は情報を集めるのを優先して、クリアできるならクリアを目指すぐらいが良いだろう。
「それじゃあ、広場の方に行ってみようか」
「わかりました」
と、北へ歩みを進めようとした、その時だった。
「──い待て、走るなお嬢!」
「ふっふーん、おそいゲルマンがわるいんだよーだ!」
道の先から聞こえてきた声に、俺も、ラートリアの歩みもピタリと止まる。
そこには赤毛の青年と幼い少女がいた。走る少女を追いかける青年はとても大柄で、何も知らなければ人さらいの現場のようにも見えるだろう。
しかし2人の会話に出てきた名前が、そして少女の見た目が、即座にその想像を否定する。
リンゴのように赤いドレスを身につけて笑顔で走る彼女は、プラチナブロンドの長髪も、やや高い鼻も、青緑色の瞳も、白い肌も、何もかもが隣の女性と似ていた。
向こうはこちらに気付いていないのかそのまま俺達を抜き去り、ぐにゃぐにゃと曲がりくねりながら、最終的には東の森の方へと進んでいるようだ。
「──今の、もしかして」
「行きましょう天使様!今のは間違いなくゲルマンです!」
「あ、ああ、うん」
足早に、2人を見失わないように追跡していく俺達。
「……なあ、東の森には川が流れている以外に何かあったりするのか?」
「え、何を言ってるんですか?そんなの──えっと、ありませんよ」
「?」
奇妙な返しだ。ラートリアが何か隠し事をしているというわけではないのだろうが、何かあるにはありそうだ。
ゲルマン君の巨体のお陰で森の中でも見失うことはなく2人を追跡することが出来た。
2人がやってきたのは、煙突まで蔦まみれの木造小屋だった。大きさはそれなりにあるようだが、窓が割れていたり、表と裏の扉がどちらも開けっぱなしだったりと、事件でもあったのかと思うような有様だ。
近づいてみれば、微妙に臭い。ビネガー男爵領のフルーティで本来は良い匂いなのに濃すぎて咽せそうな感じではなく、腐臭、獣臭さといった悪臭の類いだ。
「ッ……」
突然、ラートリアが頭を抱えて苦悶の表情を浮かべる。
「臭い、そんなにキツいか?」
「いえ、いえ、それは平気です──ああ、収まってきました」
「大丈夫か?」
「お騒がせしました──あら?」
ふと、ラートリアが視線を上げる。小屋の開きっぱなしの入り口、そこから1匹の黒猫が顔を出していた。
「んにゃ?ラートリア様にょ……お姉様、かにゃ?」
「喋った!?」
「そりゃあカッツェーリラは特別にゃ猫にゃにょで喋るぐらい簡単にゃにょにゃ」
「カッツェ?だれかいるの?」
続いて入り口には幼女ラートリアの顔が加わる。
「わ!キレイなおねーさん!」
「いやお前、あれは……」
その上にゲルマン君の顔が生え、そして──
「ヒヒュルル、ブルル」
「わっふ、わっふ、はっはっ」
「コ?」
馬、犬、そして鶏の姿まで現われる。
「カッツェ……イーゼル、ハンド、ハンスまで……」
呆然としたラートリアの呟きは、隣の俺にだけ聞こえた。
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