第11話 ラートリア・ビネガー
……イマイチどうして上手く事が転んだのかさっぱりなのだが、まあここは進展を喜ぼう。
「私の生まれ故郷、ビネガー男爵領は果物と楽器が名産の領地でした」
森を歩きながら、ラートリアは語り始める。
語りに集中したいという意識の表れか、森の木々は間隔が大きくなっており、また何か採収できそうなものは一切見当たらない。
「果樹を使った楽器なのですが、ほんのりと香る果物の匂いが上品だと多くの上級階級の方々がお求めになっていました。男爵でしかない我々には難しいトラブルも多々ありましたが、その度にミューベン公爵家が間に入ってくださって、どうにか平穏な日々を過ごしていました──まああまりに影響力が強すぎるので、少なくとも子爵になるよう言われてはいましたが、父は小心者でこれ以上の爵位は無理だと断っていました」
つまり公爵家が間に入る程の価値があって、トラブルがあったってことだろ?どんなプレミア商品だよ。
ん?待って、父って言った?もしかしてラートリアって貴族?
「そんな危ういバランスにあったビネガー男爵領ですが、毎年
えーっと、
そうなると今日は9月2日だから、確かに男爵領では祭りの時期になるな。
「全く落ち着きのなかった私は収穫祭の準備で領が忙しなくなる中も遊び回っていました。ゲルマンという幼馴染みの家へお邪魔したり、森へ入ったり、果樹園で隠れんぼしたり、市場で買い食いをしたり。大体8つまでは」
お祭りの準備期間でその振る舞いって……いやまあ、子供はそれが正しいのか?
「ゲルマンのお父さんは楽器作りの職人で、ゲルマンはその徒弟でした。でも私が7つの時の収穫祭で卒業試験としての楽器を発表して、見事合格したんです」
へー、すごいんだな。ラートリアの幼馴染みだから、同じくらいの歳なんだろうか。
「すっかり人気職人となったゲルマンはお父さんと共に働いていました。ただ順番待ちがどうのとかで、貴族たちとトラブルになるようなこともあったそうです」
なーんかフワッとした言い方だなぁ。
「そんなこんなでビネガー男爵領は陞爵することになりました。さすがにミューベン公爵家でも庇い続けるのは厳しくなってきたのでしょうね、いつの間にか子爵という話が、伯爵を叙爵されるという話になっていて、父はあたふたしていました」
おー、いきなり2ランクアップかー。
と、呑気に聞いていたのだが、ラートリアの顔が反対に暗くなっているのに気付いた。
「……しかし、その日が来ることはありませんでした。彼らとの2度目の収穫祭を迎えようという、秋のある日のことでした。ビネガー男爵領は、
「!」
「何故
と、そこでラートリアが首を傾げる。
「……そこから先のゲルマンの記憶がありません。すみません、不完全で」
「いや、いいよ。大筋は掴めた」
ゲーマーの勘が、明らかにその
つまりこのクエストは
「あ、そうだ。その後にこれを拾ったんです」
と、ラートリアは思い出したように言うと、左肩に提げていた楽器ケースを肩から外し、俺に渡してきた。
「これは?」
「ゲルマンの卒業試験の作品です。森で拾ったんですが、普通のリュートとは違うので私には使いにくく……でも簡単な演奏はできますから、天使様が使ってください」
「いいのか?大事な物じゃないのか?」
「天使様になら問題ないです。大事に使ってくださいね」
そういうことなら、ありがたく……売却しないよな?大丈夫だよな?
────────────────
装備『《遺物》銘潰しのリュート』を手に入れました。
《遺物》は売却できません。奴隷としての価値が高まり、価格が増額します。
現在の所持金は-385,000Creです。
────────────────
借金増えた!?おのれ、こんな罠があるとは!?
《遺物》とやら、それだけの価値はあるんだろうな!?
見た目は普通っぽいが……あ、何か大きな傷があるな。
────────────────
装備『《遺物》銘潰しのリュート』 500/500
分類:撥弦楽器(熟練度0/1000)
演奏効果強化(極小)。重量:1。売却不可。譲渡不可。
銘が潰されているため、作成者がわからないリュート。
通常のリュートと比べると弦が固く丈夫であり、本数も少なく、また弦が張られている間隔も広い。
クエストの結果により装備が変化する。
────────────────
うーん?これは、弱いのか?
正式版GDOで初めて見る装備のアイテムなので判断が付けにくいが、α時代の初期装備と比較しても弱めだと思う。
ただ最後の1文、『クエストの結果により装備が変化する』というのが気になる。
──ジ──ジジ──
「ん?」
今、何か聞こえた気がしたが……
──《遺物》の取得を確認──
──第27番NPCの好感度を確認──
──挑戦者を同定しています──
いや、明らかに機械音声みたいなのが聞こえる!
「天使様?どうかしましたか?」
突然周りを見渡し始めた俺を、怪訝な顔で見るラートリア。どうやらラートリアには聞こえていないようだ。
「あ、ごめん、何でもないよ」
──挑戦者の情報を確認──
──挑戦者の行動パターンを確認──
──挑戦者の思考パターンを確認──
歩きながらそっと耳を澄ませて音声を聞き分けていく。
──難易度の調整を完了──
──推定成功率算出、妥当と判断──
──時層転移、時間加速を実行──
「あ、光です!もうすぐですよ!」
機械音声が途切れた辺りで、森の出口が見えてくる。
光を抜けるとそこは──
「あ──」
穏やかな風が吹く町だった。
微かに香る甘い匂い。ワイワイガヤガヤという騒がしさは不快ではなく、活気という言葉が当てはまると思った。
道行く人々の表情に影はなく、平和な日々を謳歌していた。
「あ、ああ──」
ラートリアの頬に光る筋が描かれる。筋は顎先に集まって雫を作り、ポタリポタリと土に落ちる。
「また、この光景を見られるなんて──」
「……ここが、ラートリアの故郷なんだな」
「はいっ。ビネガー男爵領です天使様っ」
濡れた花のように笑うラートリア。
「天使様のお陰で、またここに来ることができましたっ。ありがとう、ございます!」
「ならこの辺りを案内してくれると助かるかな」
「っ、わかりました!」
ラートリアが目元を拭って、改めて笑う。
「不肖、このラートリア・ビネガーが、故郷、ビネガー男爵領を案内させていただきます!」
その宣言と、共に。
──ユニーククエストを開始します──
本番が、始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます