第10話 押してもらえて、一歩
~Side ラートリア~
「さっき言いかけたこと。ラートリアは俺が選ばれた人だって言ったけど、本当に選ばれたのはラートリアだと思うよ」
「…………え?」
真剣な表情で天使様が仰ったことが、愚かな私には理解できませんでした。
「……どういう、ことでしょうか?さすがにそれは飛躍が過ぎるのではないかと……」
私なんかを、神様が選ぶはずがないではありませんか。
そう私は確信していました。
しかし、それは──
「昨日から気にはなってたんだけどさ、色々とおかしいんだよね」
「おかしい、とは?」
「この世界、人類文明は滅んでるはずなんだよ」
「……は?」
天使様のその言葉で、更にわからなくなりました。
天使様は真剣さを崩さないまま、話を続けます。
「俺ら
「そ、そんな!では、では──」
「そ。王も公爵家も、カバラ侯爵領だって存在するはずがないんだよ」
「ですが!天使様はご自分が元は公爵家の人間だと──」
「あー、うん。そこを突かれると弱いんだけど、まあ滅ぶ前のどこかの時代から引っ張ってきたとかじゃない?」
即座に私は天使様の嘘か冗談であることを期待しました。しかしその表情はどう見てもそれらの類には見ることができませんでした。
「そんな……ま、待ってください、それじゃあわ、私は、何なの、でしょうか……?」
そしてそれを受け入れてしまえば、私は誰なのですか?そもそも人、なのですか?
それを教えてくれるのは天使様なのでしょうか?天使様は知っているのでしょうか──
「……ラートリアは選ばれた人間だよ」
天使様はその言葉を繰り返しました。
「選ばれたんだよ。数多大勢山程いる人々の中から」
そして天使様は真剣な顔から一転、眉を落として、
「……まあ、ラートリアが求めてる答えではないだろうけどね」
本当に私なんかが、選ばれたのでしょうか。
「……嘘、です。天使様は、嘘を吐いてます」
「…………」
「嘘、なんです。嘘だと、言ってください……」
「……ラートリア」
「怖いんです……それ以上は、止めてください……」
「……そっか」
混乱する思考の中、今は天使様から逃げたくて、立ち上がろうとして──
「また、俺は間違えたのか……」
酷く心が重くなるような、寂しそうな呟きが聞こえて。
「ごめんな、ラートリア。何だか俺じゃダメだったみたいだ……きっといつか、相性がいい奴と出会えるから……」
…………ああ。
この人は、本当に人間なんだ。
人間らしく間違えて、悩んで、不器用だからまた間違えて、無力を悔やんで。
本当に、私に似ているんだ。
「……はぁ」
私はまた
それを見て、彼女は目を丸くして。
「──無理に付き合わなくていいんだぞ?どうせまた傷付ける」
「……確かにまだ怖いです。怖いですけど、天使様が仰いましたから」
「え?」
「『俺は君と同じ人間だ』。言い換えれば、天使様が私を人間だと、保証してくれていますから」
「え、いや、それだって──」
「確証はないのでしょう?さっき遠回しに答えてましたから。でも今はそれでいいです。それに……」
あんなのを聞いてしまえば、見捨てることなんてできないじゃないですか。
「それに?」
「……ズルいです」
「へ?」
「何でもありません」
「あ、そ、そう?」
「あ、ま、わ、私程度がその、思い上がりも甚だしいですが!?」
「落ち着け?」
……何だか逆にぎこちなくなってしまいましたね。
「んんっ、そうなると今はどういう状況になるのでしょうか?」
「ああ、うん。えと……言っていいのか?」
「まあここまで来たんですから、いっそ全て話してください」
「あ、はい」
全く……文明が滅んだということは当然、私は……
「えと、1つはラートリアが幽霊としてこの世界に出てきた可能性」
「幽霊として……そうでしょうね。私は既に死んでいる方が自然です」
彼女が指を1本立てて言う仮説を自分で復唱してみますが、あまり実感はありません。死の記憶がありませんし。
……死んだ後で、死の覚悟をしたというのは、滑稽ではありますが。
そう思っていると、彼女がまた指を立てます。
「でも個人的にこれは少し違うと思ってる。そこで2つ目」
「2つ目……私では思いつきませんね」
「まあこれも1つ目とは状況はそんなに変わらないけど」
私は立てられた2本目の指と、彼女の顔をじっと見ました。
「それは?」
「ここがラートリアの『夢』の中で、俺がそこにお邪魔してる可能性」
「私の、夢、ですか?」
とっさに自分の頬を抓ってみますが──痛いです。
「まあ一般的に、寝てる時に見る夢とは違うと思うけど、それ以外の言葉が出なかったから、取り敢えず『夢』と呼ばせてもらった」
「根拠は?」
「弱いけど2つかな。1つはウニ──えと、ソールラムスだっけ?あれを最初に見かけた時の兎の挙動がおかしかった」
そうでしたでしょうか?あまり違和感はなかったのですが。
「えーと……俺って『被虐体質』なんだよ。通じるかな?」
「『被虐体質』、ですか?」
「簡単に言えば、エネミーホイホイ?近くのも遠くのも、何を置いてでも殺しに来るんだよね、大挙して」
「え」
そんな恐ろしい体質聞いたことありません。正直今までの話で一番信じられません。
「でも、今までそんなこと……」
「そ、ラートリアと会ってからは一度もないね。でも偶々範囲内にエネミーがいなかっただけかもしれない。森の中でそれはちょっと考えにくいし、捕食された兎は明らかにおかしかったけど」
「まあ、確かに──もう1つの根拠は?」
「森歩きが順調過ぎたこと」
それは……運が良かっただけではないのでしょうか?
「最初俺が先導して歩いてたときは本当にただ遭難してた感じだったけど、前をラートリアと変わった途端花やら薬草やら、ソールラムスの危険性の実演、あと川もか。どんどん見つかったよな」
「それは、そうでしたが……」
「まあこれは、途中ラートリアが離脱したときに俺がラートリアを見つけられたって部分が少し矛盾するから、根拠としては弱いんだけどね」
そう言われるとそんな気もしてきますが……
「まああとはゲーム的なメタい感覚もあるけど……」
「?」
「ともかく、そんなところかな」
最後、よくわからない神の言葉が入りましたが、ひとまず彼女の考えは分かりました。
「そうしますと、これからどうすればいいのでしょうか?ここが私の夢ならば、カバラ侯爵領へとすぐに行けるのでしょうか?」
「いやそれは難しいんじゃないか?行ったことない場所は想像できないってことで。夢って言ってもそう万能なものでもないと思う」
「だとしたらこの夢の私は旅路を完遂できないということですね」
「あ……ごめん、そんなつもりは──」
「構いませんよ。ですがそうなると困りましたね。他に目的地──なん、て──」
──まさか。
まさか、私と彼女の出会いは──
「そういう、ことだったのですね」
「え?」
「いえ、この出会いの意味が腑に落ちたということです。そして私も、そろそろ克服する時期なのでしょう」
「え、大丈夫?悟りでも開いた?自棄になってない?休む?」
「さすがにその言い草は酷いです天使様」
ですが彼女は気付いたのでしょう、私の手が震えていることに。
気付けば私は、2つある楽器ケースの、普段は開けない1つを撫でていました。
「……天使様はどうすべきと思いますか?」
「それは、俺が決めることか?」
「……私が決めるには、怖すぎるのです。このまま夢は夢として眠りにつくべきなのか、無力を突きつけられたあの時に戻るのか。天使様になら、私は──」
「却下」
「え?」
「それはあくまでラートリアが決めること。俺はどちらの決定でも尊重する……立ち向かうってんなら、手伝うが」
「あ……ふふっ、ありがとうございます」
久しぶりに、笑った気がします。
久しぶりに、心が軽くなった気がします。
だって私は──
「では、歩きながら話しましょう。そこに着く前に、私のことをお話しします」
彼女になら、話しても良いと思ったから。
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