第9話 NPCに世界の設定を語る図
「……何をミスった?」
俺は敷物の上に置かれたベリーの房を睨んで、ただ独りぼっちで呟いた。
必要なことではないが、ミンストレルやジャガイモに言われて俺はいつも12時頃には昼休憩を取るようにしている。2人曰く、「人間らしい生活を忘れてはいけない」のだそうだ。
そして帰ってくれば、ラートリアは既におらず、房と敷物と、ラートリアがパーティから離脱したことを伝えるウィンドウだけが残されていた。
「少しグイグイ行きすぎたか?俺もよくわからない状況で慌ててた……のか?」
ギャルゲーはジャガイモの得意分野だったか。俺はそこまで興味が持てなくて手は出していないが、こんなにリアルなVRゲーなら、ギャルゲーも経験になるか?
……ああダメだ、思考が迷走してる。
「探すべきか?ウィンドウのログには……まだそこまで時間は経ってないな」
離脱のウィンドウが出たのが5分前らしいから、まだ近くにはいるだろう。
……いや、現れた時みたいに突然消えたらどうしようもないけど……いやいや、まだそうと決まったわけじゃない。
「……探そう」
状況的には告って、フラれて、もう一度話しかけにいくのに近いが……いやいや、そこまで深刻でもないだろう。ラートリアの性格なら、黙って行くならそれなりの理由があるはずだ、きっと。そうであってほしい。
幸い痕跡はあった。河原の石を濡れた靴で踏んだのだろう足跡が、川の上流の方へと続いているのでやや早足で辿っていく。
ザァァ、と轟く音の下に、ラートリアはいた。
そこまで大きな滝ではないが飛沫はそれなりにあり、ラートリアの体をしっかりと濡らしており、長髪がぺったりと体に張り付いている。
「──立ち往生?」
どんな言葉をかければいいかしばらく迷ったが、結局普通に接することにした。
滝が流れ落ちてくるのを見上げていたラートリアは俺の声を聞いて肩を震わせると、バツの悪そうな顔で振り返った。
「……天使様なら、どうやって越えますか?」
「俺?俺ならそうだな……迂回して緩やかな道を探すか、木登りだな」
「崖を登ったり、飛んでいったりは?」
「俺は空は飛べないぞ。あと滝の崖って、ゴツゴツしてそうで意外と滑るんだよなぁ」
何度も落ちたなぁ、と他ゲーでの経験をしみじみと思い出していると、ラートリアがギョッとした目を向けてくる。
「もしや……経験が、おありで?」
「こっちではしたことないけどね」
「では神界で……神界にはそのような場所が?」
「さあ?」
GDOに神界というフィールドがあるのかは知らない。
「…………」
「…………」
瀑布の落ちる音が場を支配する。話が途切れてまた言葉をかけづらい雰囲気になる。
…………ええい、ここで黙ってても何も進まないんだ、せめて理由だけでも聞かなければ。
「……はぁ。で、俺の何がダメだったの?」
「え?」
「いや、俺の何かが嫌だったから離れてったんじゃないの?」
「ま、まさかそんな!滅相もありません!」
これは気を遣われたのか、本気なのか。本気だといいけど……
「……いえ、その、ソールラムスの件で」
「あ、やっぱり警告無視して戦ったのが悪かった?遭難中だってのに無駄に消耗させちゃって、本当に申し訳ない」
「違います!!!」
「うおっ」
これまでにないほどの声を張り上げたラートリアに俺は思わず飛び上がった。いつもならここで謝罪が入りそうなものだが、気付いていないのか、ラートリアの懺悔は続いた。
「私が!私が、思い上がったのが間違いだったのです!私でも天使様の助けになれるのだと、そう錯覚したのが愚かの極みだったのです!これまでも、私は、私は、それで、再び、同じ過ちを……」
「ちょっ!?」
ラートリアの足から力が抜け崩れ落ちるのを、慌てて抱えて受け止める。
顔を見れば焦点が定まっておらず、呼吸も速い。
「……わたしは……ふさわしく、ないのです……」
それでもラートリアは話すのを止めない。
「……てんしさまが……わたし、ごときの……せいで……」
「わかった。わかったから一旦休んで落ち着け。顔色も悪くなってきてる」
俺の膝枕なぞ誰得か知らんが、滝壺の石や泥の上に寝かすわけにもいかないので、仕方なく俺の膝の上に頭を乗せて寝かせる。
「またミスったな……変にトラウマを刺激したか……」
再び、同じ過ちを。それが何を指しているのかは知らないが、決して良い思い出ではないはずだ。
そういうのはもうちょっと好感度を稼いでから、相手から切り出してくれるのを待つのが相場なのに……
「……俺、こんなに付き合いが下手だったんだな……」
はぁ、と溜め息を吐いて。
ラートリアの調子が戻るまで、俺はこの後の展開を考えるのだった。
「──大変申し訳ありませんでした」
「いや、そこまでしなくていいから」
呼吸は正常に戻ったが、顔色は真っ白でさらに悪化したラートリアが土下座をして謝ってくるのを、俺は肩を持って立たせる。
土下座は禁止って言ったのになー。
「ほら、これでも食べて。これぐらいの量なら受け取ってくれる?」
返されたルブランベリーの実の房からいくつかもぎ取って、ラートリアの手に握らせる。
ちなみに房はずっと手に持っていた。インベントリに入れると強制売却されるので……敷物、お前はいいやつだったよ……
「……天使様も強情ですね」
「別に俺が持ってても溶かしちゃうだけだしなー。それに好きだろ?これ」
「……そう、ですね。好物でした」
諦めたように笑うと、ラートリアは実を口に含む。
「……あの、天使様。私は──」
「えっとさ、さっき考えてたんだけど」
ラートリアが躊躇いがちに言いかけたところを、申し訳ないがこちらから話しかけて潰す。
ついでにステータス画面を開いて、俺は称号を適当なものに変更した。
頭上から天使の光輪が消滅する。
「一度俺の立場を説明しようかなって思ったんだ。どうにもそこら辺がすれ違いの原因な気がするし」
「すれ違い、ですか?」
「そ──ちょっとここから離れようか。寒くなってきた」
滝の飛沫についに体が震えてきたので、俺はラートリアを連れて逃げるように下流へと向かうのだった。
「──この辺りでいいだろ」
川から少し離れた、泥になっていない草の上に座る。それに倣ってラートリアも俺の正面に座った。
「さてと、じゃあ簡単に説明してくぞ」
これから俺は、ラートリアにGDOの設定を話していく。まあそれは公式で公開されているものだから、ふわっとしたものだが。
ラートリアが頷いたので、俺は最初の説明を始めた。
「まず天使についてだけど、厳密に言えば天使っていうのは
「え?なら天使様はどうして光輪を?」
「俺は特別に今からでも光輪が出せるけど、全ての
確かGDOの初回ロットが6万本で、βテスターは300人だから、割合としては0.5%ぐらいか?あれ、意外に少ないな。
あ、αテスターの俺らもいるから、もう少し増えるか?いや、αのみって俺だけか……ともかく。
「まあつまり、俺とラートリアは同じ人間だってことだよ」
「……それは、敬う必要はないと仰りたいのですか?でも天使様が神界で選ばれた方だというのは変わらないように思えるのですが」
「それを言うなら──いや、これはもう少し後にしよう」
口に出しかけた言葉を呑み込む。これを言えばまたラートリアがプチ発狂するかもしれないから、要注意だな……
「でも選ばれたっていうのも違うと思うんだよね。神界は人手不足だし。そうだな……志願する機会があったかどうかの差でしかないと思うぞ。ラートリアも機会があれば
「私が、天使に……?」
いや、これは完全に予想だけど。
「……想像したこともありませんでした」
「いや、俺がなれてラートリアがなれないことはないでしょ。俺より圧倒的に有能だし」
「ですが天使様はソールラムスの単独討伐に成功しています!私にはそれはとても無理ですよ」
「その理屈だと神界には脳筋しかいなくなるんだけど……」
というか、
「そもそもあのウニの討伐はラートリアがいないと不可能だったぞ?」
「まさか。あんなに翻弄していたではありませんか」
「まあ確かに素のAGIで回避はできてたけどさ。あいつ俺の動きを学習してたし」
「え、あ、ああ。マモノですから、知能が高いですからね、そういうこともあるのかもしれませんね」
「そ。そんで俺ができるのは結局効きにくい素手攻撃のみ。あれだとその内追いつかれてたか、俺がスタミナ切れてお陀仏してたかだったよ。あと、あれだ。万が一クラゲ形態まで行けてたとしても、魔法で死んでたな」
「そう、でしょうか?」
「間違いなく。だからあれは俺の単独討伐じゃなくて、俺とラートリアの戦果だぞ」
だから少なくともベリーの房は受け取って欲しいのだが。他の素材は強制売却してしまったし……
……意外にいい収入になったのは黙っておく。
「なんならラートリアがいれば俺じゃなくても倒せた説まである」
「さすがにそれは言い過ぎです!」
ラートリアがブンブンと首を横に振る。
そうか?AGIさえあればいけると思うんだけどな。ステータス的には出生の補正が0な分、俺は弱い部類だし。
「全然あり得ると思うんだけどなぁ……」
「天使様も自己評価が低いですね……」
「そうかぁ?」
なんかミンストレルとジャガイモみたいな反応するなぁ……
「いやでも、よく考えてみてよ。小魔族、元公爵家、音楽家志し、レベル0、そして
「いや、ですから──今、何と?」
「ん?小魔族、元公爵家、音楽家志し、レベル──」
「どど、どういうことですか!?」
「うぉわっ!?」
あ、そう言えばまだステータスの話はしてなかったな。
「小魔族はまだいいです。れべる?という神の言葉はわからないですが……でも天使様、元々は公爵家だったんですか!?」
「え、あ、うん。あ、別に公爵家とか貴族じゃないと天使になれないとかじゃないよ?」
「あ、はい。いえ、そうではなく。どちらの公爵家だったのですか?もしかして、ミューベンですか!?」
……おおう、なんだかキラキラした目をしてらっしゃる……
「いや、どこのかはわからないかな」
「え?ですが元公爵家と──」
「そうわかるだけだよ。俺は天使になる前のことはわかんないんだ」
「え」
いやまあ、正確にはこの世界の住人じゃないから細かいことはわからない、なんだけどね。
「そう、なのですね……」
あ、ヤバい。気まずい雰囲気になりそう。
ここは話題を振って──
「ああすみません、失礼なことを──」
「その、ミューベン?って?」
「──あ、ええと。ミューベン公爵家は四大公爵家の1つで、音楽に精通するところなんです。天使様が音楽家と仰ったので、つい」
また土下座しそうなところを止めて、ラートリアが説明する。
「ふーん。四大公爵家ってことは、似たようなのがあと3つあるんだ?」
「はい。美術家のカラニスム、彫刻家のスタンドラ、小説家のリテラシアですね」
「ちゃんと対応してあるんだな」
俺が作った設定ではない。これは後々イベントで絡みそうだな?
「他に公爵家ってあるの?」
「いえ、今はその4つだけですね。昔はもう少しあったらしいのですが、四大公爵家以外は全て取り潰されたか、爵位を落としたらしいです。また侯爵から昇爵されたのもいないとか」
「なんか随分と特別そうだね」
「当然です。この4家が王を輩出する家ですから」
「……なんか血生臭そうな話が出てきたなぁ」
王位継承を巡って内乱とかありそうなんだが。
「いえ、王位はそれぞれの家が順に担っているようですよ。ですので継承争いなどはないようです……暗殺騒ぎはたまにありますが」
「十分だよ」
「ですが、そういう不慮の事故で任期が短すぎた場合は同じ公爵家が続けて王を擁する決まりらしいので、あまり多くはないです、よ?」
「本当かよ……」
すごく裏がありそうな話だ。
「ちなみに今はどの家が王位を?」
「スタンドラ公爵家ですね。正直、あまり良い噂は聞きませんが」
「そ、そうか」
……話が逸れてたな。これ以上は何かいらんフラグが立ちそうだ。
「話を戻そう、って言っても粗方話したかな。えーっと、何話したっけ?俺は人間です、元公爵家らしいです、ラートリアしか勝たん……後はまだこの世界に来て2日目でしかないってことぐらいか」
「え、それでは天使様が最初に会ったのが私なのですか?」
「えー、あー、うん。まあそうかな」
NPCとしては、だけど。リスポーン地獄の説明は面倒だし要らないだろう。
「そう、だったのですね……」
「うん──で、ここからなんだけど」
「はい?」
俺の立場を下げるだけではいけない。必要なのは──
「さっき言いかけたこと。ラートリアは俺が選ばれた人だって言ったけど、本当に選ばれたのはラートリアだと思うよ」
ラートリア自身の、己の立場の認識を上げることだ。
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