第8話 諦める者、諦めぬ者

~Side ラートリア~


「す、すごい──」


私は目の前の光景が信じられません。意識していなければ、思わず演奏の手も止まってしまったかもしれません。

相手は『茨の悪魔』とも呼ばれるマモノ、ソールラムス。マモノの中では弱い部類でも、ギルド中級者でも死者が出る強さ。

それを、そんな相手を、まさか──


「っし!随分スリムになってきたんじゃないかウニ野郎!」

『@@@@@@@@@!』

「図星だからってムキになんなよぉ!」


こうも翻弄するなんて。

目にも止まらない速さはありません。全てを薙ぎ払う強さもありません。あらゆる攻撃を弾く硬さもありません。かつて見た、ギルドの頂点のような、理不尽はありません。

他の人と違うのは、頭に浮かぶ天使様の光輪のみ。


だけど天使様には技術がありました。まるで形を持たず捉えられない水のように、まるで未来でも見えているかのように、スルリスルリと隙間を抜けて、マモノの纏う枝の鎧を焼き貫いて、確実に『茨の悪魔』を追い詰めています。




初めて天使様を見たとき、最初に光輪に目が行って、まず感じたのは得体の知れないものに対する恐怖でした。

天使様、とは言っても、それは神話の存在であって、決して身近な存在ではありません。

生きている内に会うはずのない方々を、まさか旅路の途中でお目にかかれるとは想像もしていませんでした。恐怖の中で私は、ああ、死ぬんだなぁと思っていました。


そんな天使様は非常に腰が低く、そして思っていた以上に人間らしく感じました。

話が通じない存在ではなく、偉ぶった存在でもなく、私なんかに丁寧に接してくれました。

そこまでしていただいて愚鈍な私は、ようやく天使様のお姿を認識しました。


人間ではまだ齢1桁程度の神秘的な幼子。小魔族だとしてもまだ成人はしていないだろう姿の天使様は、ご自分のことをひよっこだと仰いました。

最初は私の緊張を解く冗談かと思いましたが、その後の振る舞いは本当に、それこそギルドの初心者のようにも感じました。


そしてあの見捨てないで欲しいという発言。


『こんな奴ら、最初から見捨てておけば──!』


幼馴染みのそんな言葉が頭を過ぎりましたが、そこからは私の中で天使様の扱い方に迷いが生まれました。

男勝りな部分はあっても、見た目相応に何も知らない無垢な幼子。愚図な私なんかを慕ってくれる姿を、私のせいで不幸に・・・・・・・・したくはなくて、関わってしまった以上、目一杯お助けしようと陳腐ながらも決意しました。




……ですが、やはり天使様は天使様のようでした。

無垢で愛らしい幼子の姿に、一体誰が想像するでしょうか。


「おい行動パターン少ないぞ!そんなんでゲーマーが満足すると思ってんのか!?」

『@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@ッッッ!!!』


炎神奉納楽フィアンマ祝福の調キャロル』。

聞く者にに火属性を付与する演奏ですが、元々私はこれを攻撃のためではなく防御のために選びました。

ソールラムスの攻撃は四方八方から枝を伸ばして貫くもの。本体部分はともかく、伸ばしてくる枝であれば身に纏う火のオーラに焼かれて、即死は回避できるはずです。


つまり、始めから逃げるつもりだったのです。ソールラムスに挑むと宣言した天使様を非力な私には止める術がなく、一度痛い思いをすれば引いてくれるだろうと勝手に考えていました。

でも天使様は、そんな私の浅慮を軽々と飛び越えていきました。逆にその枝を焼き切って迎撃し、鎧も焼き貫いています。素人目に見ても苦しんでいるソールラムスが、その奮戦が有効である証拠です。


とりあえずやってみる、困難でも喜々と挑む。

まるで昔の私のようなその姿が、何よりも嫌悪しているはずのその有り様が、何故か眩しく感じます。


「お?ウニ辞めて今度はクラゲか?」


そこへ、ソールラムスが新たな行動を起こしました。枝で守っていた本体が明確に露出し、枝を台座のような形に変えます。


『@@@@@@!!』

「え!?」


そのような形態変化でさえ聞いたことのなかったのに、その場から動かないはずのソールラムスは、枝の弾幕の勢いはそのままに、加えて台座をムチのようにしならせ、伸ばすと──体当たり?頭突き?何と言えばいいのでしょうか、本体部分で天使様に殴りかかります。


「そんな大振り──は!?」


ドバンッ、という音とともに水しぶき・・・・がこちらまで届きます。本体部分から射出された大きな水の球が、森の木々に衝突して弾けた音です。

マモノ。それは魔法を使ってくるケモノたちのことです。魔法を使える分知能も高く、非常に厄介でもあります。

っと、それよりも天使様は──


「っ痛……オーラなければ肩が吹き飛んでたか?」


辛うじて正面から受けることは避けたようですが、清貧なお召し物の右肩が破けています。

無事でホッとしましたが、今なら退いてくれることを受けてくれるはず。そう思って声を──


「っは、いいねぇ!仕切り直して第2ラウンドといこうじゃねえか!」


出そうとして、その楽しそうな表情に喉が止まります。

何故、そんな表情が出来るのでしょうか。何故、止まらないのでしょうか。

ああ、やはり天使様は天使様で、卑小な私では理解できない──


「ラートリア!」

「っ」


天使様が呼んでいます。一体何を言われるのでしょうか。

足手纏い?役立たず?それとも囮に──


「悪い!もう少し攻撃寄りの支援に!変えられるなら頼む!」


それは私を対等に見た、お願いでした。

どうして。そんな思いが過ぎりますが、私の手はすぐに行動に移っていました。


慎重に演奏中の曲をフェードアウト。そして、別の演奏を入れます。


「『鉱神奉納楽アチアイノ祝福の調キャロル』」


基礎属性である火属性は攻防のバランスに優れていますが、純化属性の鉱属性は攻撃特化。そして水属性に強い。なのでっ、いえ、こんなこと考えても意味は──


「うおマジか!?一撃でヒビ入ったぞ!?」

『@@@@@@@@@@@@@@!?!?』

「サンクス、ラートリア!想像以上にやっべえわ!」


どうして?どうして私なんかにお礼などを。

知識に縋るしかない、何の役にも立たなかった私なんかに。


「あ!おいごらあぁぁ!実を自分で食うのはなしだろうがああああああああ!」


天使様。


「っし、奪ってやったぞもう死ねやああああ!」


天使様。


「これで、ラストおおおおおお!」


ソールラムスの本体が砕け、ついに無謀と思っていた戦闘が終わります。

その偉業に天使様は浸ることなく、なにやら慌てて手元のルブランベリーの実を見て、そしてホッと息を吐きました。


「ありがとうラートリア。お陰で楽に倒せた」

「い、いえ」


……また、お礼を言われてしまいました。

どうお伝えすればいいのでしょうか。私なんかに礼は不要です?当然のことです?それとも……


「でさ、半分ぐらい食われちゃったんだけど、これ」


天使様が差し出してきたのは戦利品である、ルブランベリーの実がたくさん生った房です。

確かに半分ほどは食いちぎられてしまいましたが、それでもこの量は豊作と言って問題ないもので──


「プレゼント。これで俺への好感度を上げてくれたまえ」


……………………

…………え?


「プレゼント……ですか?」

「そ。俺から、ラートリアに。受け取ってくれると嬉しい」

「そんな、私なんかになんて勿体ない物を!?う、受け取れません!これは天使様にこそ相応しい物です!」

「えー、でもなー」


天使様は困ったように眉を寄せますが、一転、悪戯を企む子供のような顔をして実を1つ取ると、私の口に近づけます。


「な、何をむぐ!?あ……」


甘くておいしいです。


「食べたね?なら受け取ってよ」


そう言って、天使様は私に強引に房を押し付けると離れていきます。

それにハッとして返そうとしますが、天使様は木の上に器用に逃げ、そして仰いました。


「いいじゃんそれぐらい、受け取ってよ。これからまだまだプレゼントするからさー」




……天使様。

どうして私なんかと必要以上に親密になろうとするのですか?

どうして私なんかを対等に扱おうとするのですか?

天使様にこそ相応しい物を、どうして私なんかに……




~Side ドットレス~


「……何をミスった?」


俺は敷物の上に置かれたベリーの房を睨んで、ただ独りぼっちで呟いた。

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