第6話 うーん、好感度……

「んお?あ、ハジメじゃん、おはよー」

「おはようっす、ハジメ」

「琥珀、天人、おはよう」


翌日。ネバーランドの共用スペースとなっている職員室にて、子供達に混じってボケーッとアニメ鑑賞をしていたところ、例の2人に遭遇した。まあ毎朝の出来事なのだが。


「うーん、正直今日は朝早くからGDOにインしててこっちでは見ないかもと思ってたけど……やっぱりこの光景が見られないと考えると、それはそれで違和感があるねぇ」

「これ終わったら潜るつもりだけどな。開拓地の方はどんな感じ?」

「まあボチボチ?今のとこ建築関係はβとそこまで大きく変わってはなさそうだから、予定通りギルドと教会を建てるかな。昨日は慣らしで素材集めしかしてないし」

「あ、あれから東兄妹と福ちゃんも合流したっす。いやぁ、ハジメに会えなくて残念がってたっすよ」


東兄妹に、福ちゃんか……


「SNSで連絡は取り合ってても、実際会うのはかれこれ2年ぶりか?富岳院さんが来るようになる少し前に退院したんだよな、あいつら」

「そうっすね」

「てことは丸々、えっと、GDO関係の時期から外れてたのか」

「いやぁ、曝露したときの驚き様は面白かったよねぇ」

「琥珀がわざわざビデオ通話で連絡したんだったな。まあいいリアクションではあったよな」


どうしよう、今思い出してもちょっと笑えるのに、実際対面したら笑わない自信がない。


「ちなみにハジメ──ドットレスのアバターについては秘密にしてるよ」

「え、おい!?」

「そのぐらい自分でネタバラシして欲しいなぁ。それにぃ、何だかんだ気に入ってるんでしょー?」

「傍観者だからって、愉しそうにしやがって……」

「否定はしないんだ?」

「実際ちょっと役には立ったからなぁ……」


昨日のラートリアとの会話だが、幼女の見た目であったこともプラスに働いていると俺は考えていた。あからさまに不気味な幼女じゃなければ警戒心ってあまり抱かないよね。俺だけ?


「あれ?何かあったんだ?」

「おう、聞かせてやるよ。地獄の4時間耐久デスポーンの虚無について」


まあデスポーンについては端折って、俺はラートリアについて2人に伝えた。


「俺はNPCの作成は数人したけど、その中にはいなかった。2人は?」

「うーん、おいらは知らないっすねぇ」

「私も。そもそもβでは開拓地1つ分とその周囲しかフィールドがなかったからねぇ。今は開拓地が98もあるみたいだけど」

「ちょーっとキリ悪いっすよねぇ。どうせならあと1つ2つ加えてもよかったと思うんすけど」

「それも気になるけど、今はこっちを考えてくれ」


いやわかるよ?そういう中途半端な数字って意味がありそうで気になるもんだから。

うーんと、そういえば──


「そもそもNPCってβではどういう登場をしてんだ?」

「開拓地を発展させると登場する感じだったよ。建物建てたたりとか──例えばギルドと教会はそれぞれ1人ずつで、宿屋だと2、3人とかだっけ?」

「確かそんなもんだと思うっす。あとは建物のレベルを上げても増えたっすね」

「そいつらってどこから来るんだ?」

「さあ?いつもフラッと出てきてたよね?」

「βでもNPCの出現の瞬間を見ようと監視網を敷いたこともあったっすけど、毎回どのプレイヤーも見ていない死角から出てくるんすよね」

「幽霊みたいだよね。足はあるけど」


琥珀の言った幽霊という言葉が俺には引っかかった。

もしかしてだが──


「……なあ、もしかしてNPCって、過去の人間か?」

「え?あ、あぁ、なるほど、そういう考えもあるのかな?」

「どういうことっすか?」


天人が首を傾げる。


「ラートリアはカバラ侯爵領を目指して旅をしてるとか言ってただろ?でもGDOは人類文明が滅んでる設定だから、侯爵領も耕作地もないはずだ」

「ああ、存在しないはずのものを目的にしてるから過去の人間かもしれないってことっすか」

「そうなると思いつくパターンはタイムスリップしてきたか、それこそ幽霊みたく実は死んでいるかってとこ?そこは見当つくの?」

「持ってた食べ物は食べれたし、ラートリア自身も食ってたからタイムスリップ説が優勢?でもなんか未練っぽいのも持ってそうだし、わかんねぇ」


まあゲームだから、の一言で片付けられる問題ではあるんだけど。


「「「わあああああああ!」」」


と、考えていたとき、周りの子供達が一斉に沸き立つ。どうやらアニメで新必殺技がお披露目されたようだ。


「兄ちゃんも今のやって!」

「くるって回ってぶおんって飛んでパーンチキーックへディーング!」

「待て待て、何言ってるのかわからないから」


ぶっちゃけ見てなかった俺に再現を求められても困るのだが、俺に拒否するという選択肢は与えられていない。なので話を逸らさせてもらおう。


「ま、まあまた今度な。アニメ終わったらGDOにいくって約束だったろ?」

「「えーー!」」

「兄ちゃんいつ帰ってくるのー?」

「ネバーランドにか?それとも開拓地か?」

「かいたくちー!」

「そっちはまだ分からないんだ、悪いな、できるだけ早く戻るから」

「俺早く兄ちゃんと遊びたーい!」

「私もー!」

「はっはっは、しばらくはミンストレルとジャガイモと遊んでろ」


適当に言いくるめたらするりと子供達の輪から抜け出して、俺はメニューを操作する。


「外部アクセス、ログイン、〈Grimm Dreamers Online〉!」




「うーん……カバラ侯爵……どっかで聞いたことある気がするんすよね……」

「およ?もしかして有名なの?元ネタがあったり?」

「どうっすかねぇ。あまりアニメとかゲームとかでは聞いたことないはずなんすけど、妙に引っかかるというか……」

「調べてみる?」

「……いや、思い出すか守護神様を待つっす。ネタバレは嫌っす」

「それもそうだねー」




チラチラと木漏れ日が光る森の中。ゆったりとした旋律が耳朶を打つ中で目覚めた俺は、幹を背に地面に座り込んだ体勢だった。


「ログアウトした時と、同じ体勢でインするのか……いや、もしかしてずっと体が残っていたか?」


なんだか体が重く固まってるような気もするので、首を鳴らして立ち上がると、肩からパサリと何かが落ちた。


「……朱色のジャケット……これは……」


拾えばそれは見覚えがあるもので、確かラートリアが着ていた上着のはずだ。

そのまま視線を上げれば、案の定、切り株に腰掛けたラートリアがヴァイオリンを弾いていた。


穏やかな風に長髪とワンピースの裾を靡かせて、一筋の木漏れ日に照らされる中を、目を閉じて一心に奏でる様子は、出来過ぎなほどに絵画のようで、俺は一瞬息を呑んだ。


しばらく演奏を堪能していると、ラートリアが弓を下ろして目を開けて──俺と視線がぶつかった。


「──あ」

「ああ、おはよ──」

「もも申し訳ありませんッ!私ごときのお耳汚しで天使様を起こしてしまうなど──」

「ちょ、ストーップ!」


しまった、すっかり聞き入って油断した。

サッと青くなった顔のまま切り株から下りて土下座しようとするラートリアを止める。


「とてもリラックスできるいい曲だったよ!耳汚しなんかじゃないから!ほら服もヴァイオリンも汚れちゃうから!」


なんとか褒めて褒めて立ち直らせたが、それはそれで気を使わせたとやや落ち込むラートリア。

この流れはマズい気がするので、話題を変えよう。


「というか、早起きですね。いつもこんな時間に?」


実際は午前8時とかで早起きと言うほどでもないが。


GDOは時間加速システムを採用していないため現実の時間と完全に同期している。研究用のVRに多く見られるタイプで、GDOも例に漏れず、といったところだ。

それはともかく。


「あ、はい……日課で、いつもこんな時間には」

「日課ですか、すごいですね。あまり聞いたことのない曲でしたが、どういった曲なんですか?」

「私の故郷で長く演奏されている曲です。題は『マルクトの大河』。故郷の近くを流れるワルザー川をイメージしたものだそうです」


へぇ、もしかしてGDOのオリジナル楽曲──ん?まるくと?マルクト!?


「……その川、何か特別な逸話があったりするので?セフィラ、セフィロトとか」

「セフィ……?す、すみません、私は聞いたことがないです……天使様のお役に立てないなんて……」

「あ、いえ、こちらも好奇心で聞いただけなのだから土下座しないでいいから!」


ネガティブキャラ。隙あらば謝ろうとするから大変だよ……


にしてもマルクトか……確かセフィロトの樹を構成する10のセフィラの中にあるものだよな?細かいところは覚えてないけど。

セフィロトは個人的には大物のイメージがあるし……このクエスト?に関わってくるのか……?


「……あ、あの」

「ん?あ、なんですか?」


ラートリアに呼ばれて思考を止める。意外だな、ラートリアの方から呼ぶとは。


「その、えと、あの、わ、私が落ち着かないので、その、丁寧な口調は、止めてもらえますか……?」

「へ?」

「ひぅッ、えと、えと、さっきのが素だと思ったので、私ごときに丁寧にしなくても……す、すみません、天使様に意見など──」

「だから土下座は止めてくれってば」


こいつ意外と図太いな?

図太くて、ネガティブキャラで、でもとても優しい人だ。


「……ま、俺に敬語禁止するならラートリアもですます口調じゃなくて普通に話してもらいたいものだけど?」

「そ、それはご勘弁をぉ……」


そう返される気はしていた。




「さて、森の出口を探すわけだけど、一晩で何か思い出したこととかある?」

「い、いえ、何も……すみま──」

「ストップ。謝るのはまだしも、土下座は本当に止めにしてほしいな。話もそこで途切れるし、そもそもそこまで卑下する必要もないし」


強引なやり方だが、さすがにこれは譲れない。ちょっとイライラしてきたところもあるし。

ただ怒りが滲んでしまったか、止められたラートリアはビクリと肩を跳ねさせ、怖ず怖ずと姿勢を戻した。顔は気まずそうだった──ごめんね。


「で、話を戻すとして。闇雲に歩き回ったら余計に迷子になっちゃうよね。こういう時は来た道を引き返すのが鉄則だけど、それはお互いわからないので省くとして──」

「えと、で、ではまずは水を確保しませんか?私の水筒も残り僅かでしたので」

「そうだな。ついでに食料とかの採取もできるとなお良し、と」


まあ実際はガチの遭難サバイバルはしないと考えている。クエストとして強制するにはさすがにゲームの趣旨からは外れるからだ。そういうのは趣味の楽しみ方である。


「それじゃあ、よろしく、ラートリア」


さっき怖がらせてしまった分優しく接しようと、俺はラートリアに手を差し出した。

ラートリアはそれにまたビクリと震えたが、俺がそれ以上何もしないのを見ると、恐る恐る両手で握手した。


先は長い。

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