第一章 在りし香りと旅の夢 前編
第4話 ミニチュア地球の片隅で
長い……本当に長い旅路だった。
ここに辿り着くまでに、一体どれほどの死を乗り越えてきたことか。
どれほどの時を費やしただろうか。
風が長すぎる髪を靡かせて、木々のざわめきが、そして川のせせらぎが、優しく耳を撫でていく。
黄昏の空は美しく、まるで太陽と月と星々の全てから祝福されているようで。
大きな切り株に腰掛けて、ふぅ、と一息吐いて、万感の想いを込めて俺は呟いた。
「マップ……優しくなさ過ぎだろ……」
目の前に浮かぶ真っ黒な球体。その横には『踏破率:0.0003%』という残酷な数字。
たった1回のデスポーンに4時間以上を浪費したという事実に、さすがの俺も乾いた笑いが止まらなかった。
今の俺のウィンドウログを調べれば、そこには死因とランダムリスポーンの通知で溢れかえっていることだろう。
ミンストレルから下された妥当な死刑宣告に、どうせ今ならデスペナもないからいっかー、と腕試しを兼ねた自殺を行ったのだが、見通しが甘すぎたと言わざるを得ない。
最初にリスポーンした場所は、光も届かない深海だった。
何も見えない中、突然全身に凄まじい圧がかけられて、口の中が苦塩っぱいのに悶えていたら、あっという間に死亡報告のウィンドウ。
その後も火山、雪山、雲上、砂漠、洞窟、遺跡、花畑、濃霧、エトセトラ。
死ぬまでの時間に差こそあるが、全て生存していた時間よりもリスポーン待ちの方が長かった気がする。
「いやぁ、生存可能な領域が少なすぎなんだよなぁ……さすが、人類文明が滅んだ世界」
事前公開されていたホームページ曰く、GDOのマップはミニチュア化した地球をそのまま使っているのだという。
その面積は約3万平方キロメートル。現実の関東地方と同じくらいになる。
俺の目の前に浮かんでいる黒い球体はそのマップだ。厳密に言えば全てが真っ黒なのではなく、まず俺がいるのであろう場所が赤く点滅していて、あとは限界までズームすればたまに黒くない円い部分があるのだけど……まあ誤差だ。99.9997%はまだ行ったことのない場所なんだし。
まあ何が言いたいかというと、こんなにマップ広くなければ時間を無駄にしなくて済んだのになぁ、という愚痴である。
ちなみにαバージョンはこんな非常識な広さにしていない。なんなら1キロ平方もなかった。
……ひょっとして、『放浪する者』のクリア条件が一番厳しくないか?踏破率10%とか……
「……ま、
愚痴苦情文句はこれで終わり。さてと、得たものでも確認しようかねぇ。
というわけで球体を消して、代わりにログからウィンドウを1枚引っ張り出す。
────────────────
HPが尽きました。
死因:テラレプス・オーラウムによる組織破壊。
キャラ経験値を0獲得しました。
ジョブ経験値を10獲得しました。
アーツ経験値を0獲得しました。
職業『音楽家志し』がLv:1になりました。
SPを1獲得しました。
技能『観察』を獲得しました。
技能『軽業』を獲得しました。
技能『跳躍』を獲得しました。
称号『兎の天敵』を獲得しました。
称号『罰当たり』を獲得しました。
【※注意※】
楽器を使用していないため、アーツ経験値が獲得できません。
楽器を装備していないため、獲得できるジョブ経験値に制限があります。
────────────────
それは1番最初の死亡報告だ。戦闘を生存して勝利できなかったため、エネミーの素材などの戦利品は得ることができなかったが、それ以外の成長を為すことはできた。
順に見ていこう。
「死因は『テラレプス・オーラウム』、希少種か。そりゃあんだけポップすれば出てくるよな」
希少種。まあいわゆるレアエネミーだ。一定確率でポップするこいつらは通常個体よりも強く設定しており、ちょっとした中ボスになるし、
「そんで次は、あの数相手にしたにしてはしょっぱすぎる経験値……まあ仕方ねえか」
キャラ経験値は現状マイナス200%なので、これが入らないのはいいが、アーツ経験値とジョブ経験値もしょっぱい。
アーツ経験値は武器の熟練度を上げるものだ。武器の使用回数に応じて手に入り、熟練度が一定値に達すれば専用の技能が解放されるのだが、そもそも武器を使っていなければ意味がない。
徒手空拳の熟練度とかは設定してなかったんだっけ?覚えてないけど、表示されてないなら未実装なのだろう。
一方、ちょっと手に入ったジョブ経験値は職業レベルを上げるものになる。職業レベルが上がればステータスも伸びるし、専用の技能も手に入る。現状、俺の中では唯一に近い強くなる手段だ。
まあこれも、少しずつしか伸びないし、気長に構える必要があるだろう。
「そしてSP獲得。まあこれはキープだな」
ジョブレベルやキャラレベルが上がると手に入るものにSPというポイントがある。これを使えばステータスを伸ばせたり、技能を獲得できたりするのだ。まあ今は1しかないし、キープだが。
「そんで技能と称号……なんか物騒なのが見えるなぁ」
称号の方は追加もあるので、まずは技能から。
────────────────
技能『観察』(1/10)
視覚から得られる情報にプラス補正(極小)。
まずは観察。全ての初歩だ。
しかし知識がなければ、見たもの全ては解るまい。
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技能『軽業』(1/10)
非ライド状態の空中移動速度にプラス補正(極小)。
飛んだり跳ねたり、縦横無尽。
危険など知ったものか。
────────────────
技能『跳躍』(1/10)
跳躍距離にプラス補正(極小)。
ホッピンステッピン&ジャンピンッ!
────────────────
他ゲーではスキルとも表記される技能には、所持しているだけで発動するパッシブなものと、MPを消費して発動するアクティブなものに分けられる。GDOではこの2つは獲得の仕方が異なる。
パッシブなものは今回のように、その技能に即した行動をしていると手に入れることができる。獣人だと手に入れやすく、魔人だと手に入れにくいのだけど、まあ今回は魔人でも手に入るぐらい行動したってことだろう。
一方アクティブなものが、さっき出てきたSPを消費して獲得する物になる。当然獲得には前提条件を満たす必要があったり、技能によって必要なSP量が違ったりするが、これは魔人なら必要量が少なくなり、獣人だと多くなる。
小魔族という歴とした魔人なら、アクティブ多めな構成が筋なのだろうが……まあ、SPは貴重だしな。
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称号『兎の天敵』
表示効果:なし。
常時効果:兎系統のエネミーからのヘイトにプラス補正(極小)。
獲得条件:兎系統のエネミーを100羽自分の力のみで倒す。
彼らは君を種の敵と認識した。
油断なさるな。彼らはもう、以前までの彼らではない。
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称号『罰当たり』
表示効果:なし。
常時効果:一部NPCの好感度判定にマイナス補正(極小)。
獲得条件:エネミーの死体に一定ダメージを与える。
敵対していたとはいえ元は命。ぞんざいに扱っていい理由にはならない。
────────────────
さて、続いては称号だ。見ての通り称号には2つの効果があり、1つは所持しているだけで発動する常時効果。パッシブ技能のようなものだが、技能と違ってレベルはないため効果が小さい。
もう1つはステータス欄に1枠だけある表示枠に設定することで発動する表示効果。まあ、あの戦いで獲得したものはどちらも表示効果がないものなので、あまり意味はないが……あ、これがあったか。
────────────────
称号『準神天使』
表示効果:なし。
常時効果:天界のシステムの恩恵を受けられる。
獲得条件:神の祝福を得て大地に降り立つ。
勇敢なる開拓者たちに祝福を。
────────────────
称号『平行世界の記憶を持つ者』
表示効果:全ステータス+2。頭上アクセサリー強制装備。
常時効果:なし。
獲得条件:テスト協力ありがとうございました。
平行世界で見た夢は、きっとあなたの力になるだろう。
────────────────
この2つは俺がキャラメイクをした直後に手に入れた称号だ。『準神天使』はプレイヤー全員が持っているものだが、『平行世界の記憶を持つ者』は獲得条件的に、αテスターとβテスターに配られたものだろう。
ここで『平行世界の記憶を持つ者』を見てみれば、表示効果が存在する。全ステータスがプラス2され、何かアクセサリーを装備させられるとか。
このアクセサリーは『エンジェルヘイロー』という、まあ要は天使の輪っかだ。
能力は特にないオシャレアクセサリーだが、恐らく現段階で頭上にこれが浮いているのは間違いなくテスターなので、初心者はこの人達に質問しましょう、という運営の意図を感じる代物である。
補正がプラス2というのも絶妙だ。1なら要らないが2は少し考えさせられる。3はテスターと非テスターの間に格差が出来てしまうことを考えると、唸らされる。
というか、これを表示してれば兎相手にもう少し立ち回れたのでは?
……俺は何も気付かなかった、いいね?
ちなみに、俺が死にまくり続けたことで新しく手に入った称号もある。
────────────────
称号『死を知る者』
表示効果:なし。
常時効果:なし。
獲得条件:累計50回死亡する。
天界に連なる者は不死身だ。だが死なないことと死を恐怖しないことは同義ではない。
────────────────
称号『死に挑む者』
表示効果:なし。
常時効果:デスペナルティ軽減(極小)。
獲得条件:累計200回死亡する。
死への恐怖は薄れだし、その意思は倫理を殺していく。
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称号『死に触れる者』
表示効果:なし。
常時効果:リスポーン待機時間減少(中)、被蘇生効果減少(中)。
獲得条件:6時間以内に30回死亡し、1度も蘇生をされない。
そこは冥界への入り口。天界の民が何用か?
────────────────
称号『死に塗れる者』
表示効果:なし。
常時効果:リスポーン待機時間減少(中)、被蘇生効果減少(中)。
獲得条件:『死に触れる者』を所持した状態で6時間以内に60回死亡し、1度も蘇生をされない。
一人彷徨い落ちていく。引き返すなら今の内だ。
────────────────
称号『死に浸る者』
表示効果:リスポーン待機時間減少(中)、被蘇生効果減少(中)。
常時効果:リスポーン待機時間減少(中)、被蘇生効果減少(中)。
獲得条件:『死に塗れる者』を所持した状態で6時間以内に90回死亡し、1度も蘇生をされない。
どうやら冥界に気に入られたようだ。その魂、天界の民には勿体ない。
────────────────
称号『死に溶け合う者』
表示効果:リスポーン待機時間減少(大)、被蘇生効果減少(大)。
常時効果:リスポーン待機時間減少(中)、被蘇生効果減少(中)。
獲得条件:『死に塗れる者』を所持した状態で6時間以内に120回死亡し、1度も蘇生をされない。
死に魅入られた堕天使よ。これより汝に試練を課す。
ありとあらゆる死を巡れ。命の価値を理解せよ。
しかるべき時に門扉を叩け。さすれば冥界は歓迎しよう。
────────────────
6つも手に入ったが、最後のものについては明らかなフラグ臭がすごい。
と言ってもこのフレーバーにある条件の考察は、今することじゃないな。眠らせておこう。
「──さてと。周りには誰もいないよな?」
キョロキョロと周囲を見渡して、改めて誰もいないことを確認すると、俺はステータスの表示称号を『平行世界の記憶を持つ者』に変更する。直後、頭上にシンプルな光輪が出現した。
「これからのことを考えると、少しでもステータスを補強した方がいいよな。死にまくるのも何かしら得られそうだけど、確実じゃないし……やっぱりなるべく死なない方向で頑張るのは同じだよな」
さーて、これからどう金策をしようか、と俺が腰を上げようとしたその時だった。
「天使、様……?」
「ッ!?」
ちょうど今誰もいないと確認したばかりのはずなのに。
俺の視線の先には、1人の女性が立っていた。
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