第3話 欲に釣られたお客様、ご注文は数ですか?
GDOの木には兎が生るように修正されたのだろうか。
と、冗談を言っている場合でもないので状況を確認しよう。
初期地点である草原と、エネミーが出現する森との境に、森の色を塗り替える程にズラリと整列した、額に短い角の生えた茶色い毛皮の兎たち。
凝視すれば、エネミーであると示す赤い文字で『テラレプス Lv.1』と冠されるそれらは、1羽の例外もなく真っ直ぐ俺へと敵意に満ちた視線を向けていた。
敵意──
ゲームにおいてヘイトとは『エネミーからの殺意』だ。
最も一般的な意味は、パーティプレイでの戦闘時での敵からの優先順位。ヘイトが高いプレイヤーほど敵から狙われやすくなる。
また一部のMMOでは──アクティブレンジだっけ?正確な呼び方は忘れたけど、どれくらい近づけばエネミーが襲ってくるか、エネミーから逃げるときにどれくらい追ってくるかの距離にもヘイトの値が関わってくるものもある。
でもこれだけじゃこの数の暴力は説明できない。これに加えて『エネミーの出現数上限増加』と『エネミーのリスポーン時間の短縮』にも関わってそうだ。
つまりこれは『秘められた可能性』に目がくらんで安直に『被虐体質』を取得したプレイヤーへの洗礼であり、試練であり、バグでもイベントでもなく、
「さてと……」
恐ろしいことに、森の変色は目の前の一部ではなく、草原をぐるりと取り囲むように発生していた。
ログインして早速の異変に子供達も一部は怯えているが、一部は兎に手を伸ばして──あ、撫でてる。襲われないのか、あれ。
「これはあれだねぇ。拠点発展度が3未満だから襲いに来てないけど、出待ちはするよっていう」
「俺にガン付けながら子どもに撫でられてる絵面に反応困るんだけど」
「U15保護機能っすね。15歳未満はこちらが攻撃体勢にならなければエネミーから攻撃しないっていう」
「βじゃ、これで悪いことしようとした大人が楽しいお祭りに招待されてたねぇ」
「怖い怖い」
さて、これはどうしよう──ん?まだまだ兎の数が増えてる?
「なあ、これをどうにかするってさ」
「そ。絶滅・オア・デス。てなわけでよろ!」
「待って!?俺死ぬとランダムリスポーンなんだけど!?」
「大丈夫──愚痴は向こうで聞くから、ね?」
ミンストレルの死刑宣告に、俺は肩を落とした。
「……まあ、うん、だよなぁ……わかった。でも簡単に落ちる気はねぇから」
「わあお、それでこそ私達の守護神様」
「その呼び方は止めてくれってば」
黒歴史が疼く呼び名にげんなりしながらも、俺は兎たちの布陣を観察していた。
「……普通に出たら袋……AGI的に届く、よな……攻撃方法は跳躍しながらの突進だけだし……運が良ければ木材も手に入る……いや、それは望み過ぎか。よし」
「そいじゃあ、うちらは特等席から見物してるから」
「いつものを期待してるっす!」
「はいはい」
野次馬の声援を背に、屈伸しながら意識を鋭く研いでいく。
一瞬、ほんの一瞬だけ軋むように頭痛が走るが、それもすぐに認識の外へ。
屈伸運動を終えたら軽く跳ぶ。トントンと脚の調子を確認して、深呼吸して──
「──ッ!」
姿勢を低くしての全力疾走。グングンと毛皮の海との距離は縮まり、そしてゼロに──その直前。
「ッ、ラアアァァ!」
飛び越える。安全圏に出た瞬間に兎の帯を越え、転がるように森の中へと飛び込む。
直後、幾羽の殺意が頭上を抜けていき、幾羽は盾とした木の幹を揺らした。
そして不運にも俺の真横に着地した兎は──
「その体、使うよ」
「「キ──」」
さすが最初期のエネミー。頭に振り下ろされた拳1つでHPは吹き飛ばされたようで、すぐに動かなくなる。
それらの首を両手に1つずつ握り、回り込んできた跳躍中の兎を次々と殴り墜とす。
「っと、さすがに囲まれるのが早いなッ!」
ボロボロになった死骸を捨てて真上に跳躍。木の枝を掴んで勢いを付けて跳び、群れの数羽を踏み潰しながら、包囲陣から抜け出す。
「よっ、そっ、ほっ、とォ!」
『『『キュウッ!』』』
木々を盾にして、回り込んできたのは躱して倒して拳のクッションにして、本格的に囲まれそうになったら群れを踏みつけ、または拳で大波をこじ開けて無事な方へと逃げる。
これが俺が考えたパターンその1だ。攻撃が直線的で読みやすく、かつ一撃で倒れるエネミー相手だからできる動き。
しかし段々と包囲網は厚くなっていき、いよいよ逃げるのは難しくなっていく。
「……うん、やっぱり絶滅は無理だよなぁ……」
一応、安全圏へと飛び込めば戦闘終了となるが、それでは事態は何も解決しない。
なので俺は、覚悟を決めた。
「上等!このアバターの試運転、そんで久しぶりのフル回転──リハビリと行きますかねぇッ!」
再び木の枝にぶら下がり、今度は高めに跳ぶ。狙う足場は土でも地上の兎でもなく、跳躍中の兎だ。
「おぅ、らァア!!!」
足先が触れる瞬間に強引に体をねじって体勢を変え、すぐさま跳躍する。反作用で踏み堕とされた兎は断末魔の隙すらもなく、他の兎達に衝突して即死した。
「ははははははは!」
腕を、脚をバネのように、鈎のようにして、木々の幹の、枝の、兎たちの間を縦横無尽に暴れ回る。
楽しい、愉しい、たのしい、タノシイ!
久方ぶりの大立ち回り、遅延なく動くアバター、夢にまで見た理想の世界。
あぁあぁ最高だ。これほどまでに自由気ままに奔放に遊べることをどれだけ待っていたことか!
願わくば、こんな時間が永遠に続きますよう──
「──あ」
そんな時間が続くわけがなかった。
思ったほどの握力が出せずに、掴み損ねた枝へと手を伸ばして──
刹那、横一線に金色の閃光が走ったかと思えば、俺の腕は血のように赤いポリゴンへと変化し、視界も半分が失われた。
叩きつけられる背中。その隙を逃すものはいなくて──
────────────────
HPが尽きました。
死因:テラレプス・オーラウムによる組織破壊。
キャラ経験値を0獲得しました。
ジョブ経験値を10獲得しました。
アーツ経験値を0獲得しました。
職業『音楽家志し』がLv:1になりました。
SPを1獲得しました。
技能『観察』を獲得しました。
技能『軽業』を獲得しました。
技能『跳躍』を獲得しました。
称号『兎の天敵』を獲得しました。
称号『罰当たり』を獲得しました。
【※注意※】
楽器を使用していないため、アーツ経験値が獲得できません。
楽器を装備していないため、獲得できるジョブ経験値に制限があります。
リスポーンまで:残り59秒
────────────────
視界は暗転し、目の前には俺の死亡を告げるウィンドウのみが表示される。
「──フウゥゥゥッツウゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……」
深く息を吐いた直後に襲ってきた痛覚制限ギリギリの頭痛に転げ回る。
「あーこれはヤバい。人生のトップ5に入るぐらいヤバい、痛い」
極度の集中状態において、人間の脳は本来は眠っているスペックを引き出すことが出来る。
俗に『ゾーン』とも呼ばれるそれは俺も使えるが……過ぎたものなのだろうか、程度にもよるが毎度こうして頭痛に悩まされてしまう。
「痛い、けど……ハハッ、止められねえよなぁ……ハハッ」
だがスッキリした。GDO開始前に色々と悪食をしてみたが、育成の時間が短かったこともあって満足行く動作とかは終ぞできなかった。
その流れで早速初日からこれである。
「少なくとも、元名家を選んで正解だったな」
通常戦闘が濃密すぎるとボス戦が色褪せるのではないかという懸念はあるが、そんなつまらないことにはならないだろうという確信のようなものも感じている。
──カウントダウンが進む。刻々と、これから辿るであろう長い虚無の始まりが近づく。
でもそれは──
「いいなぁ、リスクはこれぐらいなきゃリスクって言わねえよなぁ」
授業料として甘んじようではないか。
────────────────
カウントが0になりました。
『放浪する者』の効果で、ランダムリスポーンを実行します。
キャラレベルとジョブレベルの合計が20未満であるため、デスペナルティは発生しません。
────────────────
暗転した視界に一条の光。
そして俺のアバターは開拓地から旅立ったのであった。
「──ふぃ~、守護神様は相変わらずの人外機動だねぇ」
「小魔族だからAGIは高めだとしても、ちょっと意味がわからないっすよねぇ。あれ、おいら達よりステータス低いんすよ?」
「称号も弱いままだったしねぇ。これには子どもたちも大喜び、妬いちゃう気持ちも湧きませんわぁ」
ミンストレルが後ろを振り返ると、自分らと同じようにドットレスの戦闘を見ていた子どもたちが大はしゃぎしていた。
「すっげー!さっすが兄ちゃんだよなあ!」
「アニメよりも凄かったね!」
「俺もいつかはあれぐらいやってやるし!」
「ちょっと兎さんが可愛そうだった……」
怖がる者はほんの一握り。ほとんどは予想通りに期待以上の動きをしてくれた誇りの兄の姿に興奮していた。
「はいは~い、注目注目~」
そこへミンストレルが柏手を打って感想合戦を中断させる。
「えー、私達の守護神様ですが、諸事情により修行の旅へと向かってしまいました」
「「「えー!?」」」
「お兄ちゃんどこか行っちゃったの!?」
「帰ってこないの!?」
「せっかくお兄ちゃんと遊べると思ったのにー!」
「まあまあ、落ち着いて」
一斉に上がるブーイングにミンストレルは苦笑する。
「守護神様がいるとさ、毎日があんなふうになるんだよ?だから守護神様は修行の旅に出たんだから」
「いいじゃんかそれでもさー」
「本当に?それでいいんすか?」
ジャガイモがいつもとは違う、真剣な声色で尋ねる。
「守護神様に守ってもらう、守護神様に何かやってもらう──それは『ネバーランド』と同じっすよ」
「あ……」
「君らは守護神様と遊びたいんすよね?ならおいら達も強くなる必要があるっす。目標は今見たあの姿の、さらにその先っす」
「ぶっちゃけ影すら踏めるか怪しいところだけどさー、だからといって最初から諦めるのも違うっしょ」
「えっと……」
「俺、頑張る!」
子どもの1人が声を張る。
「いっつも兄ちゃんに負けるのはヤダ!今度はゼッテー俺が勝つし!」
「わ、私も!お兄ちゃんに追いつきたい!一緒に遊びたい!」
「うんうん。そのためにはこの開拓地を盛り上げて、いつでも帰ってこれるようにしないとですなぁ?」
「やっとお兄ちゃん、笑うようになったんだもん、私頑張る!」
「よっしゃあ!いくらでも素材は集めてやるぜ!」
「自分で言ってあれっすけど、やっぱ愛されてるっすねぇ」
「だねぇ……あ、そうだ」
盛り上がる子供達を背後に、ミンストレルはジャガイモに尋ねる。
互いの手の中には、半透明な小鳥の姿があった。
「さっきの、撮れてる?」
「遠目のものならあるっす。ミンストレルは?」
「うちはズームしてできるだけ追いかけたものだねぇ。ブレブレだけど」
「それでもドットレスの動きの研究にはなるっす。あとで皆で確認するっすよ」
「そだねー。でもその前に、守護神様が残していった兎の素材を回収しよっか」
「っす」
第98開拓地。
後に『不夜城』とも呼ばれ、多くのプレイヤーの関心を引くようになるその地の始まりは、確かに今、踏み出されたのだった。
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