第2話

奥のドアが再度開くと、今度はマイクを持った男性が出てきた。

オールバックの髪形で、蝶ネクタイを付けている。

室内の明かりがやや絞られ薄暗い中、蝶ネクタイの男はまっすぐ正面を向いて声高らかに言った。

「裁判長の入場です」

室内の照明は落とされ、先ほどの奥の扉にスポットライトが当てられる。

入場曲らしき音楽が流れだしたが、全く聞いたことはなく、「かわちの~おっさんのうた~」の部分だけが耳に残った。

その曲が流れる中、ガウンを着て、テッカテカの顔をした真っ黒い顔のおっさんが入ってきた。

ゆっくりと法廷に入ってきた裁判長らしきおっさんは、自分がいる柵の前までくると、いきなり右手を振り上げ強烈なビンタを食らわしてきた。


(え?)


吹っ飛ばされそうになるのをなんとか耐えながら、いきなりの出来事に面食らっていた。


(・・・え?なんで?)

裁判長から挨拶代わりの一発の意味が全く分からなかった。


(そもそも、何の気なしに一連の流れを黙って見ていたが、ここは裁判所じゃなかったのか?自分は裁判に被告として呼ばれてここにきたはず。何か、プロレスかボクシングを見にきたわけではないはず。なのに・・・なんだこれ?しかも俺にビンタ?なんで?)


マイクを持った蝶ネクタイは進行を続ける。

「続きまして、原告の入場です」


また会場内の照明が落とされ、傍聴席で控えていた原告にライトが当てられた。

入場曲は、なんとなく聞き覚えのある「キャンディ・キャンディ」だった。

どうやって選曲したのか知らないが、この男には全く不釣り合いだ。

原告は下を向きながらも、ガサツな感じで柵の中に入っていく。

横に居た女性も一緒に入っていった。


このまったく意味の分からない流れの中、戸惑いながらもすっかり傍観していたのだが、不意に不安が沸き上がってきた。

もしかしたら、次は自分が呼ばれる番なんじゃないだろうかと思ったからだ。

何の準備もしていなかった。

まさかこんな感じだとは思ってもいなかった。

もしかしたら、関係書類の中に何か説明の紙が入っていたのだろうか。

でも、確かに全部の書類に目を通したはずだし、見落としもないはず。

ましてや、裁判所に来てからも何も言われていない。

それでも、一連の流れを見ていると、裁判長、原告ときたなら、次は間違いなく被告の自分だろうと思えた。

入場曲は勝手に決めてくれていて、自分は呼ばれたら柵の中に入っていけばいいのだろうかと考えていると、照明が全て点けられた。

人の気配を感じ、傍聴席を見渡せば、いつの間にか沢山の人が入室していた。

しかもカメラを持ってパシャパシャと撮っている。

ここは本当に裁判所なのかあらためて疑念が湧いてきた。


「それでは、両国の国歌斉唱をさせていただきます。みなさま、ご起立願います」


(何だよ!俺、呼ばれないじゃん!いや呼ばれなくてホッとしたのはしたけれど、何か呼ばれると思ってドキドキしていた自分が超恥ずかしい。てか、マジで何なのこれ?)

傍聴席の皆が一斉に立ち上がったのに合わせて、戸惑う気持ちのなか仕方なく立ち上がった。


君が代が流れると正面の壁にスポットライトが当てられ、ゆっくりと日本の国旗が上がって行く。

裁判長が引くほど号泣しながら一生懸命大きな声で歌っている。

何も始まっていない中で、なんであんなに泣いているのかまったく意味がわからなかった。


君が代が終わると別の音楽が流れだした。

たぶん、原告の国歌らしかった。


(え?あいつ日本人じゃないの?君が代じゃないの?てか、何この音楽。ラップ?まじで国歌なのこれ?)

どう考えてもラップみたいな歌入りの音楽だった。

原告を見ると、無表情でまったく歌う気配もクソもなかった。

正面の壁では、本人の顔写真が大きくプリントされたTシャツがゆっくりと上がって行く。


(・・・)


誰も斉唱できない国歌が終わると、室内が明るくなった。

蝶ネクタイが進行する。

「皆さまご着席下さい。それでは、花束の贈呈です」


大きな花束を抱えた、ハイレグの水着を着たワンレンお姉ちゃんが、二人奥の扉から入ってきた。

お姉ちゃん二人が柵の前まで近寄ると、傍聴席の観客二人が立ち上がり、柵まで近寄ると花束を受け取った。

二人が席に戻るまでの間、周りの人たちが喜んで拍手をしたり、握手を求めたりとまるでスターのような扱いだった。


(え?なんで?あの二人じゃないの受け取るの?普通、花束って選手が受け取るものじゃなかったっけ?てか誰なのこの人達)


またしても意味の分からない流れに、驚きと戸惑いが止まらない。


お姉ちゃんたちが下がると、蝶ネクタイが続ける。

「続きましてベルトの返還です」


そのアナウンスに動いたのは原告側だった。

紙袋の中から普通のズボンのベルトを取り出して、蝶ネクタイにそれを渡した。

原告は手提げ紙袋をぶっきらぼうに隣の女性に渡すと、女性はそれを綺麗に畳み、原告のスエットズボンの中にねじ込んだ。


「続きまして、チャンピオンフィギアの返還です」


(なんだ、チャンピオンフィギアって?)


そのアナウンスを受けて裁判長は、ガウンのポケットからなにやら出すと、蝶ネクタイにポイっと投げた。

その行動に原告が突然声を張り上げた。


「おい!なに投げてるんだ!俺の宝物を雑に扱ってんじゃねえ!俺の、俺のキンケシ、便器マンを」


原告の反応に裁判長も切れたのか、何故か置いてあったパイプ椅子を持ち上げると、原告の頭目掛けて振り下ろし頭をカチ割った。

原告は痛恨の一撃を喰らい、頭から出血して跪いた。

原告が頭から血を流すその姿は、昔テレビで見たプロレスラーのブッチャーを連想させた。


(あわわわ、なんかやばいことになってきたんじゃないの?頭から血出ちゃっているよ・・・)


「それでは、スポンサー様のご紹介をさせていただきます」

蝶ネクタイは何事もなかったような感じで進行していく。


「貸した金はきっちり回収、株式会社松冨士」


「電話一本で即融資、スマイル金融」


「過払いなど存在させない、株式会社ブラック」


「パチンコ雑誌の広告でおなじみ紹介専門業、合同会社カス」


(なんだこれ?しょーもない企業ばかりじゃん。そもそもスポンサーってどういうこと?裁判所ってスポンサーいいの?)



蝶ネクタイはスポンサー企業を読み上げ続ける。


「どんな奴でも弁護してやる。とにかく金をくれ、愛・夢・金法律事務所」


「弁護士が多すぎて全然稼げない、リーガル街角」



既に100社以上読み上げている。


(・・・ながっ!!なにこれ?どこまで続くの?一体全体、このスポンサーはどこに対してのスポンサー?裁判所全体?それともこのわけわからない茶番に?それにしてもこんなにスポンサーつくものなの?ろくでもないところばかり)


裁判長を見てみると、花束を持ってきたお姉ちゃんにちょっかいを出してニヤついており、原告の方は連れの女性が割れた頭にタオルを巻いて応急処置をしているようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る