episode:5【夢の中の話…?】


「……え、しばらく家に戻るな?」


 急に掛かってきた母からの電話。私以外の家族全員、感染症にかかってしまったらしい。たまたま、私は旅行に出かけており、家族と接触していなかった。だが、明日から仕事に行かねばならない。今ある荷物やお土産も家に置きに行きたい。一時帰宅し、必要なものだけを持って、すぐさま家を出た。


「……今日から、どこに泊まろうか」


 時期的にお盆と重なる。どこも料金は普段より高い。致し方ないのだが、一週間ほど宿生活を強いられる身としては、なるべく安いところで長く滞在できる場所を確保したいところ。ネットで宿を探し始めたが、やはり時期が良くない。考えることは皆同じで、安い宿は予約でほぼ埋まり、泊まれても、一・二泊。


 「困ったなぁ……」画面をスクロールするたび、こぼれるため息。いろいろなサイトを見ていると、ついに三泊できる宿を見つけた。ガッツポーズをしながら、急いでネットから予約を入れる。これで、三日間は安泰だ。宿生活四日目になる前に、次の宿を見つけなければいけないが、そう焦る必要はないだろう。気持ちの余裕もでき、今日からお世話になる宿へ車を走らせた。


 ネットで見たところ、最近できたばかりのようだった。内装も綺麗で、一人で泊まるには少し広いかな、という印象を受けた。あくまでもネットの画像なので、実際は思っていたのと違うかもしれないが……。


 自宅から職場まで離れているため、車での通勤時間が往復で約1時間少しかかる。この際だから、職場から15分以内で通える宿にした。朝があまり得意でないから、近いに越したことはない。もともと会社の近くに住んいたのだが、訳あって自宅から通うことにした。


 宿に着くと、ネットの画像通りの真新しい建物が出迎えた。外観は【大丈夫】そうだ。この【大丈夫】は、画像と大差がないのほうではなく、「嫌だな」という気配がしないというほうの【大丈夫】。外観の時点で、「嫌だな」と思う場所は少なくない。幼少期から見えるわけではないが、この「嫌だな」はある。友人が住んでいたアパートにも「嫌だな」と感じ、そのアパートには一回もお邪魔したことがない。


 チェックインを済ませ、部屋へと向かう。カードキー式の部屋。扉を開けてすぐのところにある、キーボックスへカードを入れると、部屋に明かりが灯った。「おぉ!」あまり宿に泊まらない私は感動の声を上げた。最新システムを体験すると、技術の進化の素晴らしさを感じるし、これを開発した人がどこかにいるわけで、なおさら感動してしまう。人間というのは、本当に凄い生き物だ。


 この部屋も大丈夫。特に嫌な感じはない。荷物を部屋に置き、生活しやすいように環境を整えていく。たかが三日間ではあるが、されど三日間だ。ここで生活する以上、物の配置は重要になってくる。大雑把な性格ではあるが、変なところにこだわるのはA型の性分だからなのか……。


 旅行の疲れもあってか、早々お風呂を済ませ、この日は早めに休むことにした。


──宿生活二日目。仕事も終わり、宿へ帰宅。読みかけの本を取り、しばらく読書を楽しんだ後、友人から電話がかかってきた。相変わらず、友人はお酒を飲むと、私に電話してくる。素面しらふの私との温度差は、えげつない。


 「あははは! それでねー」何がそんなに楽しいのか、ハイテンションで笑いながら、くだらないことを言っている。素面で聞く身にもなってほしい。


「なんでお菓子って、こんなにおいしいんだろうねー。食べ過ぎて、どんどんブヒブヒ──あはははは! ブヒブヒって、響きだけで笑えるー!」

「……そう」


 塩対応で聞いていると、急に静かになった。


「ん? どうしたー?」

「……なんなの、もう! うるさいなぁ!」


 「は?」私の声は友人に届くことはなく、通話画面は終了していた。一体、なんだったのか。友人もアパートで一人暮らしをしており、背後から微かにテレビの音が聞こえていたくらいで、誰かと一緒にいる気配はなかった。話していたのは、私と友人だけ。誰に対しての「うるさい」だったのだろう……。背筋が寒くなるのを感じ、今日も早々お風呂を済ませて、さっさと寝ることにした。


 小さいころから、寝てる間に見た夢は起きてもほとんど覚えている。大人になった今でも夢の内容は人に話せる。ただ……現実か夢なのか、はっきりしないことも。


 部屋のベッドで寝ていて、ふと目が覚めた。しかし、体は動かない。目だけが開いているだけの状態。体の不思議な感覚に「これが金縛りか……」と冷静に分析していると、右のふすまがスッと開いた。【何か】が確実に部屋に入ってきた。だが、その【何か】の姿は見えない。だんだんと近づいてくる気配がする。すると、頭上を【何か】が歩き始めた。だが、体の自由はなく、それを見ることはできない。気配から、人じゃない何かな気がする。──四つん這いで歩く生き物……?


 ふと、急に体が軽くなった。その瞬間、私は目を開いた。開いていたはずの目を……。今のは、夢だったのだろうか。部屋を見渡す。まず気づいたのは、この部屋に襖などなかった。さきほど見た襖がある場所は壁で、その前には机が置いてある。


「なんだ、夢か……。今、何時だろう?」


 スマートフォンで時間を確認すると、午前2時20分を少し過ぎた──丑三つ時だった。また背筋に悪寒がし、布団を頭から被って眠った。


 会社に出社してすぐ、後輩を呼び、「何か憑いてない!?」と見てもらったが、後輩は笑いながら、「大丈夫ですよ。先輩には何も取り憑きませんから」と軽く流した。


「そうじゃなくて! 本当に何もいない!?」

「はい」

「それなら、いいんだけど……。実はさ──」


 昨日起きた出来事を後輩に話した。


「先輩に憑いてるとかじゃなくて、その部屋自体に【何か】いるのかもしれないですね」

「まじかー……」

「あれ? どこに泊まってるんでしたっけ?」

「○○町のとこ」

「……あー」

「何、その【あー】は! 絶対、何かある【あー】じゃん!」

「まぁまぁ」

「やっぱ、何かあるんだ?」

「私だったらですよ? 私だったら、その町には絶対泊まらないです」

「そんなに強調しなくても……。そんなにヤバいのか……」

「あまりおススメは出来ないですねー。いつまで、泊まる予定でしたっけ?」

「……今日までです」

「あー……ドンマイです」

「ドンマイって言うな! 君が言うと、重みがあるんだよ!」

「すみません!」


 今日は何も無いといいのだが……。その願いが通じたのか、最終日は特に何も起こらず、ぐっすり快眠できた。


 宿生活四日目、次の宿泊先へと仕事終わりに車を走らせる。もうあんな体験はしたくない。話のタネになるのは確かに有難いことではあるのだが……。ホラー好きであれば、「お! ラッキー!」と大喜びできるだろう。しかし、私はそうじゃない。何回も言っているが、私はホラーのたぐいが大の苦手だ。できることなら、関りたくないし、巻き込まないでほしい。でも、向こうから勝手にやって来る。「よ! 遊びに来たぜ!」みたいなノリで。


 ぶつぶつ文句を言いながら、車を走らせること、15分。前回は北よりだったが、今回は南東よりに宿を抑えた。前回同様、三泊四日。今回も割と新しい宿にした。お洒落な外装はネットの画像と同じで、嫌な気配もない。


 チェックインを済ませ、部屋へと向かう。ここもルームキーはカードタイプだった。部屋に入ると、稼働したばかりの空気清浄機が忙しなく仕事を始めた。なんだか、ばい菌扱いされているようで癪に障った。


 この日は何に疲れたのか、22時前には夢の中にいて、朝のアラームで目を覚ました。環境が変わると眠れないたちなのだが……。


──宿生活五日目。またおかしな出来事に見舞われた。

 

 前回見た夢と同じ現象が起きた。寝ていたら、突然目が覚めた。瞬きはできるのに、体は固定されているかのようにピクリとも動かない。前回と違うのは、寝ている部屋が今泊まっている部屋だということと、今回は襖は出てこなかった。


 また頭上を【何か】が通っていく。四つん這いのような動きで進んでいく、【何か】。気味の悪さが全身を駆け巡ったそのとき、場面が切り替わり、私は会社で後輩と話していた。というか、完全にフラッシュバックだった。以前に同じ会話をしたことがある。


「大丈夫ですよ。先輩には憑りつけませんから。だって、幽霊が入り込むキャパないですもん」

「本当!? それを聞いて安心した!」


 そして、また硬直状態の今へと切り替わる。と同時に左肩に激痛が走る。これでもかとベッドへ左肩がめり込んでいく。上からものすごい力で押されている。でも、何か見えるわけではない。それなのに、確かに【何か】に押されている。体は動かなくても痛みは確実にあり、そこに【何か】はいる。


 「大丈夫ですよ。先輩には憑りつけませんから」後輩の言葉を思い出した途端、なぜか火事場の馬鹿力が沸き、金縛り状態ではあるが右手をどうにか動かすことができた。「大丈夫、私には憑かない!」妙な自信が体を動かす原動力に。「大丈夫! 私には憑かない!」呪文のように何度も心の中で唱える。左肩にいる【何か】の首辺りを右手で掴んだ。動物っぽい感触。掴んだ【何か】を思いっきり、右側の壁側へ投げつけた。


「ふざけんなっ! 痛いなぁ、もう!」


 勢いよく、ベッドから起き上がる。……夢、だったのか? 左肩には鈍痛が残ったまま。まさか、現実……? 


 やたらと時間が気になり、スマートフォンで確認すると──


「……午前2時20分」


 またあの時刻──丑三つ時。やはり、何か私に憑いているのか……。見える後輩だが、すべてが見えるわけではなく、見えない場合もあるらしい。音は聞こえるのに、姿は見えないことも。特に動物は姿を隠すのがうまいようで、憑いていても分かりにくいそうだ。


 約一週間の宿生活の内、場所は別々だが、二回もおかしな出来事が起こり、それも同じ内容のことが。夢なのか、現実なのか……。


 あと、もう一つ変わったことがあった。


「先輩、どうしたんですか? 玉ねぎ省いて」

「なんか玉ねぎ食べると、体調悪くなるんだよね」

「あれ? 昨日もそんなこと言って、チョコレート受け取らなかったですよね?」

「物は受け取らなくても、気持ちはちゃんと受け取ってるよ?」

「……はい」

「ごめん、冗談だって! なんかさー、チョコレートを食べると、気持ち悪くなっちゃって……。前まで全然平気だったのに、なんでだろう……」

「あのー……もしかして、ですけど」

「んー?」

「──【猫】、かも。憑りついたものによっては、同じものが苦手に……」

「え、そうなの!? 猫かぁ……。確かに猫っぽかったんだよね。掴んだ感触は」


 残念なことに、苦手な食材が増えてしまった……。人には憑かれないが、私は動物に憑かれやすいということも判明した。人も嫌だが、動物も困ったものである。


夢の中の話…?【完】

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