episode6:【隣の隣】
前回は宿の話をしたが、今回はホテルについての話になる。恋人同士で利用することが多いラブホテル。一口に恋人といっても、いろいろな組み合わせが存在する。私見だが、恋愛は自由でいいと思う。好きになってしまった気持ちにブレーキをかけるのは難しい。好きなら、とことんその気持ちを貫けばいいと思う。──どんな犠牲も覚悟の上で。
高速道路に面した場所に、そのホテルはある。そこに行きつくまでに、道幅は狭く、カーブもきつい。その上、川の上を架かる小さな橋を二度ほど渡らなければいけない。何より橋の老朽化が進んでいて、小さな車でも通るのが怖い。時間帯も深夜1時を回っており、何か出そうな雰囲気が漂っていた。おまけに街灯もなく、不気味な闇が周辺を包み込んでいる。私一人なら、絶対にこの道は通らない。どんなに近道だと言われようとも、絶対に通らない。
この道を走っている段階から、私の直感は叫んでいた。
── ヤバいぞ、ここ……。
ホテルに着き、部屋を探す。普段なら、「よし! ここにしよう」と彼が即決するのだが、なぜかこの日は「決めて」と私に決定権を投げてきた。いつもと違う彼の様子に驚きつつ、どこにしようか……いくつもの部屋のパネルを見つめる。全体的にシックで落ち着いた印象の部屋ばかりだった。「どこにしよう……」口ではそう呟いているのだが、なぜか左上にある部屋しか視界に入らない。他の部屋を見ようとしても、なぜか左上の部屋に視界が戻る。
普段の私なら「絶対にここは嫌だ」という場所が真っ先に視界に入り、「この部屋は嫌だ。それ以外なら、どこでもいい」と主張する。それなのに、この日は「ここにする」と左上の部屋を指さしていた。なぜ、その部屋に惹かれたのかは分からない。
彼も同意し、エレベーターで部屋の階まで移動した。扉が開いた瞬間、私と彼の声が重なった。
「まじか……。ホラー映画みたいな廊下だな」
廊下の明かりは消され、点いているのは非常用出口の表示だけ。暗い廊下に緑の光が煌々と光っている。もはや、ホラー映画のワンシーンでしかない。暗い廊下から部屋に入ると、明るさに少し目がくらんだ。
仲良くソファーに腰かけて、他愛もない会話をして笑い合う。それがいつもの流れなのだが、すぐに彼はベッドにダイブした。「疲れた」と口にはしていたが、甘えたな彼は大概「癒して~」と私に抱きついてくる。でも、この日はその甘えたも出ず、「なんか疲れたから寝る~」と私のことを置き去りにして、先に夢の中へ。
置いてけぼりを食らった私は、その後を追うようにベッドへもぐり込む。隣にきた気配を察知した彼が寝ながら抱き着いてくる。「かわいい奴め」と頬を緩ませ、幸せに浸る。ゆっくり穏やかな時間に目を閉じる。至福の時間だ。まどろむ中、隣から大好きな彼の体温と彼の匂いがする。落ち着く……。重くなっていく瞼。その瞬間すら愛おしい。
── ミシッ……バキッ!
寝落ちする手前、私と彼が横になっているちょうど真ん中からその音はした。「……なに、今の……」ベッドに横になった時、軋むような音はしなかったのに……。急に鳴ったベッドの音に怖くなる私の横で、彼は大きないびきをかいて寝ている。気持ちよく寝ている彼を起こすのは可哀想だ。……きっと気のせいだ、気のせい。寒気がするのも、冷房のせい。早々寝て、この現実から逃避しよう。
再び目を閉じ、まどろみの中へ。
── カタッ……カタンッ……カタッ……
今度はお風呂場のほうから音がした。「なんなの、もう!」眠いのに音のせいで眠れない。だんだんと怖いよりも寝たい気持ちのほうが勝っていった。人が寝ようとするたび、奇妙な音は部屋のあちこちから聞こえ、睡眠の邪魔をしてくる。おまけに、彼の体内にいるいびきモンスターも勢いを増し、気づくと朝を迎えていた。
「おはよー! あー、よく寝た!」
「……全然眠れなかった」
「まじ!? 大丈夫?」
心配する彼に「君のせいでもある」と言い、とっとと身支度を整え、ホテルから出る三段をした。
ホテルを出てから、奇妙な音がしたことを彼に話すと、「そんなに疲れてなかったんだけど、気づいたらいつの間にか寝てた」と彼も自分の異変に気づいてた。
不思議な体験をしたホテルの話を思い出し、後輩にしたら、「あー……そこのホテルですか」どうやら、その界隈では有名な場所だったらしい。
「よく何もなかったですね」
「……何、その言い方! 怖いよ、怖い!」
「さすが、先輩! だって、あの場所──」
恋にトラブルは付き物だ。好きな気持ちに歯止めをかけるのは難しい。どんな犠牲も覚悟の上で、とことん恋愛を貫けばいい。──どんな結末を迎えようとも……。
「先輩たちが泊まった部屋の隣の隣の部屋で、若い女性が不倫相手の男性をめった刺しにして、自ら命を絶ったそうです。……ほら、ここ。その女性が立ってますよ──横たわっている男性の上に」
隣の隣【完】
続・怪奇日常 望月おと @mochizuki-010
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