本当のスタート

@oka2258

身分違いの結婚

「汝、ジュリアン・スミスはユノー・ラグナスを妻とし、生涯愛することを誓うか」


神父の問いかけに、「はい、誓います」と答えながら、ジュリアンはやっとここまで来たかという思いを胸に抱く。


教会の後ろに並ぶ席を見ると、新婦とその実家の関係者が多数並び、ジュリアンの方はこの王都でできた友人以外は商売上の取引相手が義理で顔を見せているくらい。


彼の懐かしい故郷からは親兄弟も幼馴染達も誰も彼の晴れ姿を見に来ている者はいない。

残念だが仕方が無い。


ジュリアンはユノーに誓いのキスをしながらそう思った。


そもそもジュリアンは田舎の農家の次男だった。

幼いときから頭が良く、野心家だった彼は、親兄弟達が止めるのを振り切り、十代半ばで村との取引がある商会を頼って王都の本店で働くこととした。


短期間に商売のやり方を覚えたジュリアンは、以来十数年、創意工夫と人一倍の努力で顧客を掴み実績を上げる。


しかし彼を妬む同僚やその悪口を真に受けた主人に嫌気が差して独立すると、嫌がらせを仕掛けてくる古巣との競争に打ち勝ち、顧客を貴族にも広げてさらなる発展を遂げた。


そんな彼に、大手の取引相手である貴族のラグナスは特産物の開発や領地の発展を依頼した。


ラグナスは真面目な男であったが、礼儀や旧例を固く順守する気位の高い貴族であり、領地経営も先祖伝来の旧法によった為、時代に取り残され財政は窮乏していた。

そのため、家政は傾き、困ったラグナスは遂に商人に助けを求めることとし、まだ他の貴族の息がかかっていないジュリアンに目をつけた。


ジュリアンはラグナスの領地を調べると、山が多く通常の穀物では他の産地に太刀打ちできない。そのため、山間地の斜面にブドウを栽培することを提案。自ら品種を探し、試験栽培を行い、農民に手本を示した。


栽培に成功すると、ワイン作りを行い、ラグナスの伝手を辿って王に献上したり、貴族に売り込み、高級品との評判を得る。


ジュリアンがラグナスの屋敷に呼ばれた。

いつも身分を意識し、堅苦しく上からの姿勢を崩さないラグナスが満面の笑みで迎える。


(それはそうだろう。

あのワインの販売の利益を見れば鬼でも笑顔になるはずだ)

ジュリアンは心で思う。


二人で成功を祝した後、ラグナスは一つの提案をした。


「スミス、貴様まだ妻帯しておらんな」


「はい。

仕事に忙しく妻を探す余裕もなかったので」


「ならばちょうどよい。

我が娘ユノーを娶らんか。

年回りも良い頃だろう」


(俺ももう三十路を過ぎている。それと似合いの年頃といえば売れ残りだな。

何か問題があるのかも知れないが、ラグナス家とのつながりを深めて貴族の縁を持つことは商売の上でプラスになる。


それにしてもすぐに貴族の誇りを口にするラグナス様がよく商人風情に娘をやる気になったものだ)


ジュリアンは計算すると「喜んで」と返事する。


「良かろう。

では早めに婚姻しよう」


顔を見ることもなく結婚が決まった。

ジュリアンはこれまで商売一筋で女関係は玄人と遊ぶくらい。

貴族のお嬢様との付き合いなどない。


(まあ、なんとかなるだろう。

ラグナス様はメンツを気にする方。商人から追い出されたなど外聞が悪すぎる。あまりに酷い相手ではないだろう)


結婚が決まってから、初めて対面してデートをする。

ジュリアンはあちこちと調べて貴族令嬢の好みそうなデートプランを作ってきた。


始めてみた相手は、多少年は食っているかもしれないが、中肉中背で健康そうであり、容貌も世間的には十人並みかも知れないがジュリアンの好みの優しそうな女性であった。


ジュリアンは(なかなか可愛いじゃないか)と内心評価する。


しかし、デートでは相手のユノーははじめに自己紹介したくらいで、話は弾まず、ジュリアンは一人で話していた感じであった。


(やはり商人風情に嫁がされるのが不満なのか。

デートではできるだけ気取って貴族らしくしていたのだが、似合わないことをして肩が凝った。

そんなに嫌なら決まる前に父親に文句を言ってほしかったぜ)


仲は深まらずとも時間は経過し、結婚に至る。


結婚式に親兄弟や故郷の友人を呼ぶか悩んだ。

ジュリアンは独立時に家族や友人から支援を受け、成功後は故郷にまめに寄付をして、当人は帰れずとも深い絆を持っている。


(駄目だな。

あの田舎風の粗野な酒の飲み方をして、泥酔したら今まで築いてきた俺の仮面と信用が剥がれ落ちる。

そのうち妻を連れて挨拶に行くと手紙を出そう)


さて、結婚後もジュリアンとユノーの夫婦は打ち解けなかった。


結婚を契機にジュリアンは資産に見合った屋敷を買い、それに見合った従僕や女中を雇い入れて、ユノーを迎え入れた。


ユノーは貴族令嬢らしく自らが家事を行うことなく、女中達を使って家を整え、社交界ではうまく人脈を紹介してワインの売り込みをするなどジュリアンの助けとなってくれた。


(それはいいのだけど、家の中でも貴族風に上品ぶったやり方をされると落ち着く場所がない)


ジュリアンもそれに合わせて、貴族の婿らしく上品そうな話し方や振る舞うことを余儀なくされ、ストレスが蓄積していた。


ユノーも口数少なく、顔色もすぐれないような気がする。


しかし、ジュリアンが「体調が悪いのなら医者に行きますか?」と尋ねても、何でもありませんと言うばかり。


ジュリアンは家に帰るのが苦痛で、夜まで商会にいて仕事に励む。

幸い商売はますます順調だ。


そんなある日、故郷から手紙が来た。

中を開けると、いつになれば妻を連れて里帰りするのかと親兄弟からの詰問である。


(ありゃ~)

ジュリアンは頭を抱える。


仲良い夫婦となれば田舎での振る舞いも大目に見てもらえるだろうが、今の関係では離縁だと実家に帰られるかもしれない。


一方で、それもいいかという思いもよぎる。

こんな夫婦関係で一生送るなど、庶民生まれで夫婦は仲良くあるべきという思っていたジュリアンには耐え難かった。


その晩、ジュリアンは早めに帰り、食事後ユノーに話しかける。


「実は一度帰省して親兄弟や友人と会ってこようかと思うのだけど…」


「まあ、私もお義父さまやお義母さまに会ってないことが気になっていました。

勿論私も一緒に参ります」


嫌そうならば一人で帰るかというジュリアンの考えはすぐに粉砕された。


ユノーがいそいそと女中に準備させるのを見ながら、ジュリアンはどうなることやらと思う。


商会を信頼の置ける番頭に託して、ジュリアンはユノーと馬車に乗って帰郷の途に着く。


馬車の車中でも会話は少なく、ジュリアンは連れてくるのじゃなかったと後悔する。


長い旅の後、ようやく着いた故郷では村を挙げてジュリアンを迎えてくれた。

彼の寄付で学校ができていて、その成功譚は子供まで知っていた。


「「おかえりジュリアン!」」


父が思いっきり背中を叩き、兄や弟がハグする。

母が涙ぐみ、姉や妹が抱きついてくる。

幼馴染達が手を引いて、村の広場に連れて行くと、そこは大宴会場だった。


すぐにビールのジョッキを渡され、ジュリアンはなみなみとジョッキを空ける。

その頃にはユノーのことなど頭から飛んでいた。


男どもはビールを飲み、肉を頬張り、大声で騒いだ。

酔いが回ると、上半身を脱いでレスリングで組み合ったり、草競馬だ。


「昔は村一番のガキ大将も都会に行って青瓢箪か。

もう相手にならんだろう」


からかわれたジュリアンは大声で笑い、「青瓢箪か試してみるか」と幼馴染と組み合う。


勝っても負けてもビールが待っている。


「ビールもいいが、俺が持ってきたワインも飲んでみろ。

お貴族様にも好評だぞ」


「それはありがたい。飲んでみよう」


「うまいが、俺ら田舎者にはビールが一番だな」


「アッハッハ、実は俺もそうだ。

都会で上品ぶってお貴族様たちの相手をするのは疲れるぜ。

しかし故郷に寄付するためにはあいつ等からぶったくってやらないとな」


「お前の嫁は貴族の娘だろう。

うまくやれているのか」


「ハッハッハ

いい女だろう。ちょっと気取っているけど俺の好みの女だ。

まだ慣れないがこれからうまくやっていくさ」


酔っていたジュリアンは調子よくそんなことを言うが、離れたところで女衆に囲まれていたユノーがこちらを見つめているのを見た。


(やべー、貴族やユノーを馬鹿にするようなことを言っちまった。

後でユノーに何を言われるか)


しかしその後は飲み比べ勝負となり、ジュリアンは倒れるまで飲んで、家に帰った記憶もない。


翌朝、二日酔い気味だがジュリアンは目を覚めし、一瞬どこにいるのか戸惑った。


「おはよう。

昨日は良く飲んでいたね。

朝ご飯食べられるかい」


母親がやってきた。


「おはよう。ちょっと飲みすぎたな。

でも久しぶりの母さんの手料理、少しもらおうか」


「あんた、昨日はユノーさん、放ったらかしだったろう。

だめだよ。新婚なんだから最初が肝心。

大事にしてあげな。

私ら田舎のオバサンも馬鹿にせずにいて、いい娘じゃないか」


「そう言えばユノーはどこに?」


「もうとっくに目を覚まして、朝食の支度を手伝ったあと、村の散歩に行ってくると出かけたよ」


こりゃまずいとジュリアンは急いで朝ご飯を掻き込むと、ユノーを探す。

道行く人に聞いて回ると、見晴らしの良い小高い丘にいるようだ。


坂道を上がっていった丘の上には大きな木があった。

ジュリアンが子供の頃に良く登っていた木だ。


その前にユノーは立って、木を眺めていた。


「ユノー、昨日は放っておいて済まなかった」

ジュリアンの言葉にもユノーは答えずに大木を眺めている。


ジュリアンももう本性がバレたと思うとなんと言っていいのかわからず、沈黙した。


「ジュリアン・スミス、私はあなたのことを貴族の婿に相応しい、礼儀正しい紳士だと思っていたわ」


ユノーはジュリアンに背中を見せたまま、冷たい声で話しかける。


(遂に来た)とジュリアンは刑を宣告されるような気持ちでありながら、この大木は懐かしいなと心の何処かで考える。


「ジュリアン、あなた、私のことを騙していたわね」

そう言った後、ユノーは突然振り向くと、ジュリアンに飛びつく。


「だけど、俺好みのいい女だと言ってくれて嬉しかったわ。

行き遅れの女を貴族との縁をつなぐためにいやいや貰ってくれたのかと心配していたの。

それで見捨てられないように少しでも貴族令嬢らしく頑張ってたわ。

でも酔っ払った言葉を聞いて、私のことが好きなのかと安心したわ」


飛びついてきたユノーに驚きながらもジュリアンは抱き返す。


「俺もユノーが商人風情に嫁がされて不満なのかと心配していた。

だからなるべく貴族の婿らしい言葉遣いや所作をしていたんだ」


「ふふっ。

地が出たあなたのほうが好きよ。

私も家が貧しいときは家の事は自分でしてたの。

これからは家事も自分でやってもいいかしら」


「勿論だ。

ユノーの手料理は楽しみだ」


お互いに笑いあった二人だったが、ジュリアンが提案する。


「この大木には幼い頃から願い事があると祈りに来ていたんだ。

二人でこの木に生涯仲の良い夫婦になることを誓わないか」


「いいわよ。

仮面を取った二人の結婚生活の本当のスタートね」


二人はその大木の前で誓いのキスをする。


旅行前と打って変わって手を繋いで帰ってきた二人は間もなく子供も授かり、誓い通りおしどり夫婦として生涯を過ごした。

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