あたらしい希望

 青い薔薇の存在は、すぐに村中に広まっていった。祖父にかつて庭を作ってもらったという違う街の人や、貴族までもが、その噂を聞いて村にやってくるようになった。

トラバントとサテリットが育てた青い薔薇を見て、驚きの声をあげるのだった。誰も皆

青い薔薇を持って帰りたいと言ってきたが、二人は、事情を伝えて断っていた。

「ねえ、サテリット。誰もが青い薔薇を家に飾れるようになれば、もっと希望を持てる人が増えるんじゃないかな」

「そうね。私のように、病気で家にいなきゃいけない子も沢山いるもの。その子たちにも届けたいわね」

そう呟いた二人のことを、白い雪が頂きに降り積もっている冬の山が見下ろしていた。あの山の向こうに、サテリットの故郷はある。隕石が落ちて、水はけのよい、青い薔薇の咲く土のある土地が。

 だが、トラバントは、まだ、決断できなかった。この村を出るなんて、祖父のような何らかの名人でないと出来ないことだ。悩むトラバントに、ある日、一つの依頼が舞い込んだ。青い薔薇を作れたことに関し、新聞に記事を載せたいから、取材に行きたいというものだった。

「いいじゃない。受けなさいよ」

 怖気づくトラバントをサテリットが後押しし、結局、その依頼は受けることになった。二人を訪ねてきたのは、カメラマンと記者一名ずつ。生まれて初めてカメラと言う代物を見たトラバントは、目を見張って驚いたほどだ。

「それでは、まずは、トラバントさんにお尋ねします。おじいさまの夢を引き継がれたとのことですが、おじいさまは、どういう方でしたか?」

「祖父は…」

 と言って、トラバントは少し考えた。祖父は、どんな人だったか。それを一口でいうのは非常に難しい。トラバントにとって、とても大事な人なのだから。それでも、何か言わなくては。一つ大きな息を吸って、トラバントはこう伝えた。

「祖父は、何でも励ましてくれる人でした。『いいアイデアだ、試してみなさい』

そう言って、どんなことでも肯定してくれたんです」

「失敗したときは、どうおっしゃいましたか?」

「『それは失敗じゃない。成功するために実験をしただけだ。次のアイデアを考えよう』って。そして、何かに成功すると、大きな手で撫でてくれる人でした」

「素敵な方ですね……」

「おじいちゃんは、周りに希望を与えながら、自分でも大きな夢を持ち続けていました。そんなおじいちゃんだからこそ、僕も、青い薔薇を咲かせるまで頑張れたと思います」

 そう言ってから、トラバントは、サテリットの手を握った。サテリットも、ぎゅっと握り返してくれる。

「もちろん、サテリットの存在も、とても大きいですけれどね」

 新聞記者とカメラマンは、ほほえましくなって思わず笑ってしまった。少年少女が、お互いを大事にしていることが伝わってきたのだ。それは、青い薔薇と同じくらい大事なものだと思った。カメラマンは、手を握り合う二人の写真を、パチャリと撮った。


 その記事が新聞に載ると、噂はもっと遠くの町まで届くようになった。トラバントとサテリットを王宮に招きたいという人まで現れたほどだ。

「ねえ、母さん。俺の夢って何だったっけ?」

「そうね、あんた、昔、歌手になりたいとか言ってたよね。今は大工だけど、あんたの声、あたしは好きだよ」

そんな声が、村や町、国のあちこちで聞かれるようになった。二人の作った青い薔薇が、沢山の人々の心に希望の火を灯したのだ。


 忙しい日々の中、トラバントは、祖父の墓前に立っていた。もちろん、サテリットも一緒だ。その日は、祖父が亡くなり、ちょうど三年目に当たる日だった。村の人たちも、沢山集まってくれた。足の悪い母は、トラバントが支えている。

祖父に、青い薔薇のことを報告しながら、トラバントは、ちらりと、父を見た。

 父は相変わらず威圧的でトラバントを睨むばかり。トラバントは、ため息をついた。やはり、分かり合えそうにない、と。だが、その父は、こう言葉を継いだ。

「すまなかった」

「え…?」

 まさか、あの父親が謝るなんて! 目を見開くと、気まずそうな父の姿が映った。

「俺は、学校に行って、働く以外の道を知らなかった。それ以外の人生なんて、あると思わなかった…。だが、それは俺の視野が狭かったんだ。…すまなかった。トラバント」

「父さん…」

「許してくれとは言わない。だが、元気でいてくれ。自分の子どもに元気でいてもらうことだけが、親が一番、喜ぶことなんだから…」

 トラバントは、うつむいた。祖父が亡くなり、青い薔薇を咲かせた。それでも、父とのことは、トラバントの中で、わだかまりとして残っていたのだ。分かった、と小さな声で言うと、涙がひとしずく、こぼれた。それは、祖父の墓にそなえた青い薔薇の上に、静かに振り落ちたのだった。

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