『青い薔薇』
隕石を持ち帰ってから、二人はあらゆる種類の白い薔薇を準備した。そうして二度目の「青い月」の夜を共に迎えた。もう間もなく、月がのぼってくる。「青い月」の光が、祖父の遺したこの庭に降り注ぐことだろう。あと少しで青い薔薇が見られると思うと、トラバントの心臓は高鳴るばかりだった。
「隕石があったところの土は、水はけがよいからね。他の土より何度も何度でも、水をあげないといけないね」
「そうね。私の故郷の土みたい」
「え…?」
ジョウロをもって水をやりながら、トラバントは目を丸くした。近くの家々のあかりが、サテリットの顔を柔らかく照らしている。
「ほら。私の故郷は、ここよりずっと遠い、北の国だって言ったでしょう。そこでは、年中、雪が降っていてね。おかげで、土は、水を沢山吸収できる性質に変わっているの」
「この隕石の土みたいに?」
「そうよ。そう言えば、私の故郷の村でも、ずっと昔、とても大きな隕石が落ちたって聞いたことがあるわね。そのおかげで、大きな湖ができたって」
トラバントは目を見張った。
「サテリット! 僕、図書館に通って、気づいたことがあるんだ」
「なあに?」
「青い薔薇の伝説は、雪の降る国に多く残されているんだよ。つまり、もしかしたら、雪の降る土地の土と、「青い月」の光。この二つが青い薔薇に大事なんじゃないかな」
サテリットも目を丸くし、数秒して「やったわね!」と大声を発した。病弱だった子とは思えないほど、元気な声だった。最近は本当に、体調も良くなっているらしい。
「それなら、いつでも、青い薔薇を咲かせられるかもしれないわね」
「ああ! まだ実験だけれど…。ほら、そろそろ、「青い月」がのぼるよ」
二人は、同時に空を見上げた。そこには――「青い月」が。
「うん! 雲に隠れてもいない。あとは、この月の光が、薔薇に降り注いでくれれば…」
トラバントとサテリットは、再度、庭の薔薇たちに目を向ける。先ほどまでそこには白い蕾の群れがあったはずだ。
だが今は、「青い月」の下で、蕾は青に変化しようとしていた。それから、花弁が一つ一つ開き、青い光が、ぽうっと灯り始めた。
庭に、青い絨毯が敷かれたかのように、すべての白い薔薇が一斉に青く開花したのだ。
「何て美しいんだ…」
トラバントとサテリットは、息をのんだ。
その美しさは、祖父の言った通り、夜空を照らす月のような神秘的な美しさを持っていた。草木を濡らす雨のようなあたたかい優しさを持っていた。
「おじいちゃんの言ってたことは、本当だったんだ」
トラバントは思わず、涙ぐんだ。祖父が亡くなった日から、何度も眠れない夜があり、何度も泣いた。でもこの日は、嬉しさによる涙だった。祖父の願いを叶えられたこと、サテリットと一緒に叶えられたこと。それがとても、嬉しかった。
「サテリット、本当に、ありがとう」
「どうしたの、急に」
「君がいてくれなかったら、途中であきらめていたかもしれない。でも、君が隣で本を読んでくれて、隣で庭を整えてくれたから、僕はここまで来れたんだ」
トラバントは、そっと一輪の青い薔薇の花へと手を伸ばす。
「この花は、君のおかげで、咲いたんだよ」
「同じ言葉を、あなたに返すわ」
サテリットが微笑んだ。それは、まるで、トラバントのすべてを包み込むように。
「体が弱くて学校に行けない間、ずっと、先生が私に、宿題を届けて下さっていたの。その度、青い薔薇を咲かせようとしている、おじいさんと孫の話を聞かせてもらったわ」
「そうだったの?」
「ええ。学校に行けないって、辛いわよね。自分だけ置いてきぼりにされた気分。でも、あなたもいるんだって知って…私も頑張ろうって思えたの」
サテリットの指が、トラバントの手に触れた。トラバントはゆっくりと、サテリットの手に触れかえす。
「ありがとう。トラバント。あなたは、私の希望よ。…この青い薔薇のようにね」
微笑んだサテリットは、何よりも美しかった。もしかしたら青い薔薇よりも、ずっと。
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