隕石

 あいにく、トラバントの目論見は外れた。

三か月後の「青い月」の日に、蕾が咲くように調整して、薔薇を育てたのに、白い薔薇はいっこうに青くならなかったのだ。もちろん、サテリットが持ってきた花のように、少しだけ青く染まりはする。でも、元から青い薔薇にはならなかった。


 トラバントは、失意のうちに、また図書館に通うようになった。

失敗したからと言って、挫けるわけにはいかない。次の方法を考えなくてはと思った。サテリットも、もちろん一緒に通い始めたのだった。

「本を読むことも、司書の大切な仕事の一つだわ」

姉で司書のマリアはそう言いつつも、妹のサテリットに、初めての友達ができたことを内心では、とても喜んでいた。


 その日も、いつも通り昔の本を読み漁って、夜が訪れようとしていた。このところ、新しい知識を得ることが少なくなり、どうしよう、と暗い顔をしているトラバントに、サテリットが話しかけてきた。明るい話題をふったら、トラバントの気分が変わるかもしれないと思ったのだ。

「ねぇ、この図書館の隣の空き地に、隕石が落ちてきたことがあるんだって。知ってた?」

「え? そんなことあったんだ」

「二百年くらい前の話らしいけどね。隕石の調査に来ていた博士が「青い月」のかけらだって大騒ぎしたらしいわ」

「へえ…。どうして、サテリットはそんなことを知っているの?」

「私のかかっているお医者様が、その博士の子孫なの。最近は体も良くなってきたし、隕石探しにでも行ってみたらって、教えてくれたってわけ」

トラバントは、少し嫉妬していた。その医師は若い人だと聞いている。サテリットが、もしその医師を好きになってしまったら、どうしよう! そう思った自分に、驚いた。祖父と母以外を好きになるなんて、初めてのことだったからだ。

「い、隕石探し、行ってみようか!」

トラバントは、照れて赤くなった顔を誤魔化すかのように立ち上がった。

「今から?」

「今日はもう、本を読むのはおしまい。ほら、行こう!」

トラバントが手を差し伸べる。サテリットは微笑んだ。この瞬間が、サテリットは好きだった。自分の体を気遣ってくれる手。そして、新しい世界に連れ出してくれる手…。


「あれ? ここの土、何だか、おかしいね」

 二人で、隕石が落ちたという場所に行くと、トラバントは首をひねった。

「どうして?」

「水はけがよすぎるんだ。今日の夕方は雨が降ったのに、もう乾いている。特にそこの石の周辺だけ…」

 はたと、トラバントは考えた。つまり、その石こそ、博士が言っていた「青い月」の隕石なのではないだろうか、と。

「…ねえ、サテリット」

「うん。トラバント、私も同じことを考えているかも」

二人は、目を見合わせた。

「この隕石、お庭に持ち帰ってみたら? もしかしたら、何か新しいことが分かるかもしれないわ」

「そうしてみるよ。サテリット、君も来るよね?」

「もちろんよ。あのお庭は、私の庭でもあるんだから」

 サテリットは、嬉しそうに告げる。最近、祖父の遺した庭には、サテリットが野菜を植えて育てるようになった。トラバントが、少しでも食事をしてくれるように、と滋養のあるものを植えたのだ。

 二人は手を繋ぐと、急いで家へと走って行った。それを見ていた村の人々は、互いに目を見合わせて、あたたかく微笑むのだった。

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