課題と挫折

 薔薇の蕾に、夜も蝋燭の光を当て続けてみても、青い薔薇にはならなかった。

「また、失敗か…」

何度目か分からない挫折に、トラバントの心は折れかけていた。

「気弱なことを言っちゃダメだ! おじいちゃんは、人生をかけて青い薔薇を作ろうとしたんだから。僕だって、もっと頑張らなきゃ!」

大声で叫び、食卓に両手を置いて立ち上がったトラバントの耳に、「きゃっ」という声が聞こえてきた。驚いて玄関を開けると、そこには、サテリットが立っていた。

「どうしたの、こんな夜中に」

「トラバントは今、一人暮らしでしょう。だから、ご飯を持っていってあげたら、ってマリアお姉ちゃんが…」

銀色の髪を頭巾に入れ込んだサテリットは、大きなバスケットをトラバントに見せた。

「うわあ、嬉しい。ありがとう、サテリット」

「私も、そろそろ、運動したほうがいいってお医者様に言われたから。それにしても、どうして、あんな大声を出したの? びっくりしちゃった」

「青い薔薇がなかなか咲かなくて…。あれ?」

 トラバントは、ふと、サテリットの持っているバスケットを見つめた。その中には、何と、青い薔薇があったのだ。

「サテリット、どういうことだい!」

「いったい、何が?」

「ここに青い薔薇があるじゃないか。もう、すでに出来上がっていたなんて!」

勇んで手に取ってみて、トラバントは、間違いだと分かった。

「あ…。違う。白い薔薇が、青くなっているだけだ…」

「どうして、青くなったのかしら?」

「家の屋根は青いから、反射して…。いや、でも夜だよな。そんなことが起きるかな…?」


 トラバントとサテリットは、一緒に空を見上げた。

そしてそこに、美しい満月が出ていることに、気づいたのだった。

「満月だ…。でも、普通の色だよね。どうして白い花が青く見えるんだろう」

「だって、今日は「青い月」の日だもの」

「え…っ?」

「今日みたいな特別な満月のこと、私の故郷では…ここからずっと遠い遠い北国では…そう「青い月」って呼ぶの」

「でも、あの月は、いつもと同じ色だよ」

「えぇ「青い月」の光は青くない。でも、照らされた物が、青く染まる不思議な月なの」

「そうなんだ! 次の「青い月」はいつか分かる? もしそれが分かれば、おじいちゃんの夢はきっと叶うよ!」

興奮して話すトラバントに、サテリットは苦笑した。

「とりあえず、家に入れてもらっていいかしら」

「でも…」

「あなたはまず、ご飯を食べた方がいいわ。おじいちゃんが亡くなられてから、あまり食欲がないのか、随分と痩せてしまった、って村の人も噂しているわ」

そう言われたら、トラバントも口答えするわけにいかない。サテリットを招き入れて、そっと玄関の扉を閉めた。「青い月」の光が、トラバントの家の青い屋根と白い壁を、あたたかく照らしていることに安堵しながら。


 サテリットによると、次の「青い月」は、三か月後に現れるということだった。ただ、雲に隠れてしまうと光が届かないから、当夜の天気にも左右されることが気になった。本当に大変な挑戦だ。でも、前よりは、明らかに先に進んでいる。

「おじいちゃん、待っていて。あと少しだから…」

トラバントは、「青い月」が沈んでいくのを見ながら、小さく拳を握るのだった。

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