第10話 徴税
サークレット親子の家で、豚のように肥え太った貴族が酒を注がれ赤ら顔で笑っている。
左右には村の綺麗どころな娘たちがおり、机には丸焼きにされた豚とパン、そして酒瓶。
因みに酒には薬が入っている。
毒ではない。
今夜一晩無駄な事をせずにぐっすり眠れるように、酒が回り易くなるお薬だ。
たんと飲ませ、絞める時まで大人しくして貰おうじゃないか。
やや離れた所で神経質そうな顔をしつつ、黙って座っているのが徴税官だ。
彼は村のこの土臭さが気に食わないらしく、寄ってくる女達にもそっけない。
税の取りこぼしや、村々で誤魔化されたなら、領主から罰せられることになるのは彼なので、気苦労も分からないでも無いが。
まあ精々騙されて貰おう。
普段都市では居場所の無い、末端の貴族様は実にご機嫌だ。
貴族であれば平民にどれだけ無体を働いても問題無い、と思われがちだがそうではない。都市とは貴族の勢力図。そこで暮らす人々は何かしらの加工業や商会に携わっている者が大半で、そのどれもが有力貴族の後援を受けている。
つまり、平民だと蹴飛ばした者が格上貴族の傘下であったなら、どういうことだと叱られてしまう訳だ。
無論身分差による法の保護は段違いなので、直接やり返したりすれば極刑は免れない。
とはいえ彼ら末端の貴族は、普段から都市の片隅で鬱屈しており、ちやほやされるのに慣れていない。年に一度の徴税は、彼らにとって唯一の愉しみと言える訳だ。
食に色、ささやかながら歌に演奏、若者の見せる演武には貴族からの褒美も出た。
徴税を別とすれば、貴族公認の元で騒げる日でもある為、それなりに村も賑わう。
そうやって昼を跨いだ辺りで徴税官が席を立った。
彼の部下達が隠し畑や不当に金品を隠していないか、その捜索を終えて戻って来たからだ。
「俺達は行くが、アンタはどうする?」
部屋の隅で様子を伺っていたグィンが聞いてくる。
徴税官から呼び出されたのは村の代表者であるご老体、彼の父だけだ。
「行こう。徴税官の人となりも知っておきたい」
「なら、人を増やすから、最後に出て来い」
言われるまま従って表に出ると、既に調査結果を読み上げている所だった。
元々あった畑、そして新規に耕された畑、最後に森の奥で見付けたというのはキャンプ地のものだろう。
「また随分と増やしたものだ。倉も潤っているようだな」
得意げに語る徴税官。
彼からするとしめしめといった具合なんだろう。
畑の面積から税率を計算するこの領地のやり方なら、村は開墾を進める程に税で搾り上げられることになる。
これだけ温暖で肥沃な土地なのに、村が栄えていないのはそのせいだ。
誰が九割以上も持っていかれる税の為に苦労したがる。
森に入って獣を取ったり、食物を得る方がずっといい。
けれど安定的ではない食料源では人口も増えず、結果労働力は目減りしていく。
「増えた畑では何やら麦ではないものを作っていたそうだな。まあそれも同じ比率で持っていけば良いだろう。まずは麦から、無くなったならその食物を。ふふふ」
「それなのですがぁ、徴税官様」
声を掛けて出ていったのはグィン。
話を聞いていたご老体の隣を抜けて、手もみをしながら背中を丸めてすり寄っていく。
姿が見えないと思ったら、着替えてきたのか。
泥に何度も浸けて乾かしたような、ぼろぼろの衣服と、顔にも土を付けて汚らしさを増している。
普段は徴税官に負けじと神経質そうに小綺麗な格好をしているのに、中々やるものだ。
「なんだキサマはっ、ええい近寄るんじゃない!」
「いやあっしは野良仕事を終えてきたばかりでして、どうかご容赦下さい。一応こっちの、じじいの息子でさ」
「分かった! 分かったから下がれ! なんだいきなりっ」
彼の手を見れば、普段野良仕事などやっていないのがすぐわかる。
土で汚してはいたが、村を飛び出すまでに出来た手のマメはともかく、爪先は綺麗に整えてあるからな。
そんなことには気付かない徴税官は、掴まれそうになった腕を払いつつ咳払いをした。
「実はですねぇ、都市の方ぁとても綺麗好きだと聞いておりやすので、もしかしたらと思って呼び止めたのでさ」
「何の話だ」
「いえ、先ほど、新しく植えたものまで持っていくと仰っていたじゃないですか。あれを……本当に領主様に差し出して良いものかとおもいやして。まず現物を見ていただいた方が良いじゃないかと思うのですが」
「ふんっ、誤魔化そうとしても無駄だ。倉に納められているのは確認している。見慣れないものだが、そこらのガキから何度も食べたと聞き出してもいる」
グィンは頭を掻きながら何度も頭を下げた。
いやぁ参った参ったと、徴税官と部下の働きに恐縮してみせる。
「えぇ、まあ、徴税官様が持っていかれるのでしたら大人しく差し出しますとも。ですがやっぱり、何も知らないまま持って行って、領主様のお怒りを買ったからって、あっしらの責任だと言われても困ってしまいやすよ」
怒り、と言われて流石の徴税官も唸った。
元より神経質な性格をしている彼だ、汚い場所を避けたくて仕方なく部下を派遣しているが、逐一自分で確認したがる面はあるだろう。
「分かった。倉のものをここへ持ってこい」
「あーっ、それなんですがね、運び出す途中で肥壺持ち出してた者とぶつかって、今は倉の前がとんでもないことになってまして」
「ええい、ならどうしろというのだ!」
「是非こちらへ。すぐ近くに畑がありますので、それを見てやってくだせえ」
渋々応じる徴税官を引き連れて、一行は近くの畑へ向かった。
言葉通りに倉の方からは肥溜めの酷い匂いがしてきて、実際にぶちまけたのかと感心した。
周到さと徹底ぶりに、その他言い出しそうな別案件にも言い訳を用意してあるのが分かる。
「これですよ徴税官様!!」
やってきた畑へ飛び付いたグィンが、根付いていたそれを一気に引き抜く。
「なっ!?」
驚く徴税官とその部下達。
倉を見た者も、畑を見た者も、それがどこに成っているかまでは確認していないのだろう。
私からすればただの馬鈴薯だが、都市育ちで良い暮らしをしてきたのだろう、村の土臭さを嫌うような者達は、
「キサマらっ、根を食ってるのか!?」
「へい。土の上は小さい葉っぱが出ますがね、こんなもん食えやしないので」
「っっ、だからといってそんな……あぁぁ、我が始祖よ、精霊よ」
やや衝撃的過ぎたらしく、揃って祈り始めてしまった。
古くから地面の下は冥界へ通じているとされ、冥界の神の所有物。ましてその中にあるものを食べるのは、冥界の住民になる条件とも語られる。
外洋を渡る時代となっては古臭い考えだが、鉄や銅などの鉱物は毒素を出して川や土地を汚染する。それを冥界の瘴気だの、盗みを働いた罰だのと語られるのも、まあ分からないでもない。
その辺り、この村の者達は適応力が高過ぎる。
逞しい、と言うべきか。
「それで、あっしらは別にこれで構わんのですが、こんなものを領主様にお出ししたら、持ち込んだ徴税官様が叱られてしまうのではないかと心配でして。ああっ、ここの太った所、ここだけを切り取って持っていけばっ、見た目にはよく分からんので食えると思うのですが!!」
「いい! いらん! くそっ、なんてものを食べてるんだこの村の者はっ!」
「へへ、すいやせん」
「麦を植えろ。それでいいだろうっ」
「いやぁ麦はここじゃあ育ちが悪いんで、収穫も少ないですし、まあ領主様が仰るんで言われた分は作ってる感じでさ」
言われ徴税官は目録を見返し、今年の麦収穫量を確認した。
不足すれば来年に持ち越し、あるいは村にある物品などで補填するなどの、最低限量の麦は確保してある。
それも殆どは持っていかれる為、村人は滅多にパンを食べない。
昔は今ほど酷くなかったそうだが、領主は政策の失敗を繰り返し、その度に税率を引き上げて補填してきたという。
「それでご相談なのですがぁ」
「くそっ、畑面積だな」
「そうなんです! こいつを食う為に耕したはいいものの、こんなものを領主様にはお渡し出来ない。かといって税を納めないという訳にもいかんのでしょうが、ウチの村には碌なものがございやせんで」
不足となれば個人財産など無視して金目のものを何でも持っていくのが徴税官だ。
だが馬鈴薯の衝撃が強すぎたのか、彼なりに村の悲惨さを思い知って何か揺れている面もあるのか、しばらく黙り込んだ後に。
「…………良い。そんなものが生えている場所など畑ではない。麦畑は……去年と同じ面積だな。それに応じて持っていく。誤魔化すなよ」
「へい! へいっ、ああ、ありがとうごぜえやす!」
「分かった分かった、ああもう、分かったから!」
最初は拒否していた握手を受け、嫌そうな顔をしながらもどこか優し気な目になった徴税官。
悪いがその男、全力で貴方を騙していますよ。
えぇ、あくまで常識の違いを利用した、すれ違いとも言える訳ですが。
馬鈴薯は美味い。
物凄く美味い。
彼らが去った後で行われる収穫祭では、村の女達が考案した様々な料理が饗される予定となっている。楽しみだ。
「それとですが徴税官様。この食物を村の特産品として売り出せないかって思っているんですが」
「何だと!? 止めておけ止めておけっ、商売はお前が思っているほど簡単ではないぞ! いいか、商人共ときたら平気で嘘をつくし、税を誤魔化そうとする! あんな連中と付き合わず、お前はもっとしっかり、ここで麦を育てるんだ。なあ?」
いいえ、そいつ商人です。
「いいえっ、あっしはやりますよ! こいつでこの村をデカくしてやるんでさ! 皆嫌がってるだけで、その内こいつの良さを分かってくれやすよ!」
「私はどうしても食う気にはならんがな……その故郷を想う気持ちは大切にするがいい」
いいえ、そいつ村を飛び出して都市で暮らしてます。
「でも徴税官様……あっしはよく分からんのですが、村から物を持ち出すと、お金を取られちまうんですよね?」
「あぁ、関税か? そうだな。村というより、主な街道や都市なんかの市壁を越える時に、定められた金額か、物で支払わねばならん」
意外に面倒見が良いらしい徴税官は最早手を握ったまま丁寧に講釈を始めた。
部下も慕っている様子なので、この手の教育が得意なのかも知れないな。
「こいつを税として納められんとなれば、お金が必要になるんでしょうか?」
「だから止めておけと……まあ、完全に無税とはいかんか? いや、目録に無いものであれば積み荷であっても税は取れんが、最近は異国からよく分からんものも入ってくるから、そういった一纏めのものとして税率が……しかしこれを納められてもな」
「実は最近来た商人様が、特別に税を免除されているって方でしたが、そういうのは」
少々焦って本題へ斬り込み過ぎているが、徴税官は気付かない。
部下共々、無知な村人を慈しんでいる。
「免税特権は褒章として与えられるものだ。お前達のような者では手に入らん。それよりも、関税を軽くするにはだな――――」
まあ後はグィンの個人的な商売の話なので、聞いておく必要もないか。
馬鈴薯を植えた畑は税の対象にならない。
この判断を後でしっかり契約書として纏めることが出来れば、この村も、そして私達のキャンプでもかなり食糧事情が楽になる。
今の所は徴税官のお目こぼし、という具合だろうが。
最後にグィンの奮闘をこの目で確認しつつ、私も徴税官にキャンプでの栽培を認めさせるよう、準備を始めた。
※ ※ ※
「あら、どうしたのカーリ、そんな土塗れになって。ふふっ、もう陽が暮れてしまうから、土遊びはほどほどにしないと」
「あぁ村でグィンさんから伝言を受け取りましたよ。こっちの畑にも同じものが埋まってるって聞いて、徴税官は視察もせずに帰ることにしたそうです。っふ」
配下の傭兵や奴隷達と共に、一大喜劇を演じるつもりで準備をしていた私は、村から様子を見に来たお嬢様に『めっ』と微笑まれ、メェヌからは鼻で哂われたのだった。
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